目を逸らしてる時点でお前の負けだ
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「他にも浜名とか足立とかな、あと修学旅行ん時とか俺が入院してる時とか? まあ色々あっけど、言い出したらもう数え切れねーだろ? それにさっきもな、お前が止めてくんなかったら俺マジで熊谷殴ってたわ。下手すりゃ退学だったよな」
やめろ。
助けたわけじゃない。
モヒカンが自分の正しさ信じて脳筋ゴリラに向かっていくのをただ見ていたくなかっただけ。
ただ見ているだけの自分が嫌だっただけ。
村松の時も、井口の時だって同じだ。
他のあれやこれやそれも、全部アタシがアタシのためにやっただけなんだから。
――さっきだってそうだ。
……あんな目でアタシを睨んだお前が憎かったんだ。
怖かったんだ。
痛かったんだ。
モヒカンの正しさと強さに、自分の間違いと弱さを指摘されたような気がして。
毒ばっかまき散らして、何もしない、何もできない、そんな自分が嫌で。
嫌で、嫌で。
嫌で、嫌で、嫌で、嫌で。
嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で――――
――嫌で!!!!!
「だから感謝してんだ。お前がいるから俺が突っ走れる……みたいな? ハハ、クセーな」
「……やめろ」
逆だろうが、それ。
ああ、ちくしょう、泣いちまった。
「ナバホ……?」
「……やめてよ……」
おっと。
おいおい恥ずいじゃねーか、乙女っぽい言葉が出ちまったぜ。
クソ。
ああ、目が熱い。
顔が熱い。
手足が震えて倒れそう。
腹と胸が痙攣して、喉の奥から声が上がってくる。
必死でそれらを抑え込むことに集中するのに、どれも言うことを聞いてくれない。
しかし涙ってな決壊するとこんなにすごい勢いで出るのな。
ポロポロポロポロ
ポタポタポタポタ
うへっ、やっべ、鼻水もすげー出てくる。
しゃくりあげる音が廊下に響いてる。
チョー恥ずい。
もう立ってらんない。
アタシよ、声だけは出すな。
「ちょ、ちょ、ちょっと待てっておい、え? ええ? ええええ!?」
慌ててやがる。
面白いからもっと慌てろ。
あれ?
そうか、アタシ、モヒカンの前で泣くの初めてだ。
つーか違うか。
そもそも人前で泣くとか記憶がないな。
ちょっとびっくり。
アタシ自身が驚いてんだから、そりゃこいつも慌てるよな。
でもこいつがこんなワタワタしてんの見るの初めてだからちょっと得した気分だわ。
「やべー、人来るし。え? どうする? ちょ、ちょ、待て、待て、えーと、え? ちょ、ちょっとこっち、こっち来い!」
哀れなほどに慌てるモヒカンに手首を取られて、どこぞの無人の教室に連れ込まれた。
いや! 何するの! やめて! 乱暴しないで!
つーかもういいから涙よ止まれ。
しゃくりあげんなアタシ。
「あ~、ほれ、座れ。んで、ほら、ハンカチ。拭け。鼻かんでいいから」
かまねーよ!
いくら何でも人様のハンカチで鼻なんてかめるか。
いったいアタシをどんな奴と思ってやがるんだこいつは。
まあしょうがねーから涙くらいは拭いてやるけどよ。
「それ、俺がトイレで手洗って使ったやつだけどな」
「いらねーヒクッよっ!!」
反射的に叩き返してしまった。
しかしおかげで涙が止まった。
仕方がないからブラウスの袖で涙を拭う。
だって自分のハンカチはカバンの中だし。
鼻水とヒクヒクしゃくりあげんのはなかなか止まらん。
クソ、鼻、鼻かみたい。
ちくしょう、やっぱハンカチで鼻かんでやりゃよかった。
いや、今からでも遅くない。
トイレで使ったやつだろうが背に腹は代えられん。
「ハン……」
「ほれティッシュ」
ハンカチを再要求しようとしたら、絶妙のタイミングでティッシュが出てきた。
やっぱこいつは気が利くしそつがねえ。
「……最初にヒック出せや」
いやだな。
ホント。
素直に礼も言えない自分に腹が立つ。
……よりも前に、とにかく鼻がかみたくて、女子っぽいチンみたいな可愛いやつじゃなくて、おっさんみたいにビームと盛大に音を鳴らしてティッシュに鼻水をぶちまけた。
ああ気持ちいい。
「……うぅ~い……ヒック」
「酔っぱらいのおっさんかよ」
「うっせヒクッ、もう一枚ヒックよこせ」
結局、モヒカンが持ってたティッシュを全部使って、ひとしきり顔から溢れた体液を拭き取り、そうしてる間にしゃくりあげるのも止まると、執事級に気が利くモヒカンはわざわざゴミ箱を持ってきてくれた。
さすがにそろそろ礼を言わないと人としてダメだろ。
「わり……ありがと……んで……ごめん」
「いいよ。その……びっくりしたけどな」
それは知ってる。
あんなオロオロなお前見んの初めてだったし。
つーかマジであり得ないくらい恥ずかしい。
顔見られたくない。
「……ったく、どうしたんだよ」
「うっせ。モヒカンが変なこと言うからだろ」
「えっ!? 俺のせい!?……つーか別に変じゃねーだろ。感謝してんのはマジなんだし」
「だからもうやめてってば!」
わは、また乙女チック。
何処のラブコメだアタシ。
まったく似合わねーって。
恥ずかしくて身悶えすっからやめろ。
「いっつも助けられてんのはアタシの方じゃんか!」
え?
そうなの?
てかなに言ってんのアタシ。
「今日だって実行委員手伝ってくれてるし、委員会でも助けてくれたし、さっきだって……バカじゃん。意味分かんない。アタシがやったのに……バカじゃないの!?」
あー……
そうだ。
そういえばそうだった。
昔と今のあれこれそれ。
アタシがまずいと感じた時になんだかんだとフォローしてくれてたのはこいつだった。
「まあ……だよな。さっきのは悪い。テンパっててあれしか思いつかんかったから俺も意味分かんねえ。ハハ。だけど人として恩返しはしねーとだろ? まだまだ全然返し足りねーけど」
この野郎!
「助けてんのは否定しないんかい!」
そこはそれ、ほら、『そんな覚えはない』とか、『なんかしたか?』とかそういうのあんだろ?
奥ゆかしい鈍感さを見せてこそ光る男気だろうが!
だからお前の前では素直になれんのだ。
お前ちょっと真っ直ぐすぎんだよ。
「否定とかするわけねーだろ。ナバホが俺にしてくれてることのが多いんだし、マジで感謝してんだし」
だからもうやめろって……
ダメなんだよ。
アタシにそんな気がなかったのにお前がそんなん言っちゃダメなんだ。
「……恩返しで退学とかんなったらどうすんの。ホントバカ」
「ハハ、ホントな。でもまあ、あん時は退学んなってもいいくらいな勢いだったし」
ウソでしょ?
なに言ってんのこいつ。
「なんでよ!? ガッコやめたいの!?」
「違うよ。やめねーし。まあ、なんつーか……あれだ」
「あん?」
「あ、いや、別に」
「おい」
「……はい?」
なんだこいつ。
そういう歯切れの悪いのお互いに嫌いだろうが。
しまったー……みたいな顔されっと余計気になんだろ。
腐ってても長い付き合いなんだからそれくらい分かれよ。
「んだよ言えよ」
「……」
「テメ、ふざけんな。言えっつってんだろ」
「……言わねー」
「あっ……こいつ!」
絶対言わせてやる!
「言えよコラ。アタシに感謝してんだろ」
「言わねーよ。そこそこ返してんだろ」
「たった今、全然足りねーっつったのはモヒカンだろーが! 言え!!」
「言わねーったら言わねーって!」
ダメだ。
こいつがこうなったらややこしいんだ。
でも、だったらこっちがもっとややこしくしてやればいい。
何回かそれで成功してる。
「じゃあもういい! もうお前とは口聞かん! 学校も来ない! モヒカンにイジメられたって理由で!……いや、勝手に肩を抱かれたって理由の方がいいか」
「ひでえ!! 肩貸しただけなのに! それにぶん殴られたの俺の方だろ!?」
「お前が言いかけたこと言わないのが悪いんだろーが! 精神的苦痛って分かるか? 繊細で乙女で精神衰弱なアタシにセクハラまがいのひどい仕打ちをしたお前が! ちゃんと! 言えば! 済む話! だろ!?」
「く……メチャクチャじゃねーか……」
メチャクチャ上等だっつの。
分かってんだろ?
モヒカンよ。
アタシはこういう時に絶対に引かないって。
意味不明なことはそのまんまにしたくねーんだよ。
例え自分が意味不明であることを棚に上げたとしてもだ!
さあ言え。
ほら言え。
さっさと言え。
目を逸らしてる時点でお前の負けだ。
「あー……くっそ、しくったぁ……わーったよ。そのかしぜってー引くなよ」
「約束は出来ねーな」
「じゃあやだよ。お前、ぜって引くもん」
ちっ。
めんどくせー奴。
「わーった。じゃあそれほど引かねーから(……たぶん)」
「それほどって何!? 小声でたぶんって言った!?」
「うっせ! 早く言えって!」
「あーもう! くっそ……しゃーねーな」
よしよし。
最初からそうやって大人しく言うこときいてりゃいいんだよ。
読んでくださりありがとうございます。
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