あれ? 次どうしよう
§
一瞬だけ時間が止まり、また動き出す。
振りぬいたアタシの右手。
無表情でそっぽを向いているモヒカン。
怪訝な表情をアタシに向けるゴリラ。
シンと静まった教室に未だ残る音、それは紛れもない……
アタシがモヒカンをビンタした音だ。
今までにないくらい思い切り。
(……手が痛え)
今までしてきたどのビンタよりも容赦なく。
(……手が痛え)
なんでたった一振りでこんなに息が切れてるんだろう。
(痛い)
なんでたった一言で喉がヒリヒリ痛むんだろう。
(ちくしょう……痛い……)
「もぉアアアアアアアアアアアーーーッッッ!!!」
嫌だ。
嫌だ!
嫌だ!!
嫌だ!!!
またやった。
怒りで我を忘れてまたやった。
ちっとも悪くないモヒカンをぶっ叩いてしまった。
何でと言われりゃムカついたから。
そんな自分が嫌で嫌で絶叫した。
「おい……ナバホ……お前……」
走馬灯ってのは別に今際の際にだけ起こるものではないらしい。
狼狽したような脳筋ゴリラの声を背後に聴いた瞬間、アタシの脳裏には、本日の毒トリガーがフラッシュ映像のように蘇っていた。
怒りのマグマが瞬間的に沸騰するとか……
瞳に稲妻が走るとか……
怒髪天を突くとか……
たぶんこういう感じなんだと思う。
メラゾーマ級の爆炎地獄が脳内で弾け、丹田が痙攣し、握りこんだ爪が掌の皮膚に食い込む。
その震えと痛みが荒れ狂う溶岩を一気に臨界点まで暴走させた。
うるせえ!!
脳筋ゴリラ!!
気安く名前呼んでんじゃねーよ!!
手が痛えんだよ!
喉が痛えんだよ!!
胸が痛えんだよ!!!
このクソが!!!
――全部お前のせいだ!!!!
「オオオッ!! ッぜーんだよ!!!!
てめえがアァッッ!!!!!」
もう一回やれと言われても二度と出来ないだろう。
左足の踏み出し、右足の踏み込み、体重移動、上体の捻り、腰の回転、右手のスイング、肘の入り、軸、速度、角度、タイミング。
すべてが完璧だった。
アタシは振り返りざま、幕○内一歩のデンプシロールよろしく、その回転の勢いを利用して、渾身の力で右手を脳筋ゴリラの左頬に叩きつけ、慣性の法則の命じるままに振り抜いた。
宮○一郎はおろかリカルド○チネスですらこの一撃は躱せなかっただろうと思う。
ホントに今日のビンタは絶好調。
インパクトの衝撃は脳筋ゴリラの鑢のような無精髭で掌の皮と肉がこそげ落ちたような錯覚を起こすほどだった。
そしてその打撃は掌打とか掌底といった方が近かったかもしれない。
およそビンタと思えない、ゴリ○ーマンパンチみたいな鈍い音がして、脳筋ゴリラはマンガみたいにぶっ飛びこそしなかったものの、瞬時静止した後、まるで糸が切られた操り人形みたいに膝から崩れ落ちて、いくつかの机と椅子を道連れにしながら盛大に尻もちをつき、上体を支えきれず仰向けにダウンした。
焦点を失った目。
弛緩した四肢。
正直言ってビビった……つーか死んだんじゃないかと思った。
ビビったおかげで頭蓋骨の裏側あたりでほんの少しだけ正気が戻った。
ああ、またやってしまった。
なにやってんだアタシは。
死んでない?
よかった動いてる。
停学だろうか。
ごめんなさい、お父さん、お母さん。
退学にはならないと思うけどさ。
内申書が最悪になることは間違いないよね。
大学アウトかな。
つーかそもそも大学入試に内申書って必要なんだっけ?
そんな後悔とも自己嫌悪ともつかないバラバラな感情とは裏腹に、次にアタシの口から出てきた言葉は自分でもびっくり、往年の桜吹雪の南町奉行も真っ青の啖呵だった。
「おお!! てめえら!! いい加減にしやがれ!!!」
手近な椅子に足を乗っけようとしたが、ダウンしている脳筋ゴリラに下着を披露することになりそうだったので、急遽切り替えてその椅子を思い切り蹴ると、意図したわけでもないのに、それが上体を起こしかけた脳筋ゴリラに当たって倒れ、周りがドン引きするのが分かった。
おうおうおう!! と諸肌を脱いで桜吹雪の刺青を晒す勢いを見せながら、内心『あれ? 次どうしよう』とかフリーズしていると、隣のクラスの担任、社会科の斎藤先生が教室のドアを開けた。
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