そんな目で見るんじゃねえよ!!!
§
「おーいこら席着けー、ホームルーム始めるぞー」
は?
なに言ってんだこのゴリラは。
実行委員会でホームルーム使っていいって話になっただろーが。
若年性アルツハイマーなのか?
いや、やっぱり脳の海馬領域が極端に小さいか、書き込まれてすぐに揮発してしまう仕様なんだろう。
だったらメモくらいとっとけっつー話だ。
「おいほらー、早く席着けよー」
ミーティングがいい感じで佳境だし、脳筋ゴリラが実行委員を決めるのを忘れていたせいで2Bが総スカンを喰らったというのはクラス全員が知っているので、その時に限ってはこのゴリラの命令にすぐに従う奴はいなかった。
「おーい! 聞こえてんのか! 席着けー!」
微妙にイライラの入ったゴリラの催促に、委縮する奴も出てくる中、モヒカンがみんなの声を代弁した。
「却下っす。今日はこっち優先でやらせてくれる約束っしょ」
「あ? なに言ってんだ。さっさと席に着けやコラ!」
脳筋ゴリラがノートを教壇に叩きつける。
それで一瞬で空気が凍り、その火傷しそうな超低温に圧倒された何人かが自分の席に向かおうとした。
その時、何かが千切れた音が聞こえたような気がした。
そのくらいモヒカンの表情が変わったんだ。
「着かねーっすよ!! 誰のおかげでこうなってんのか分かってんすか!?」
その口調は、かなりの非難&攻撃を孕んでいた。
ハトが豆鉄砲喰らうとか、目をパチクリさせるとか、きっとこの時の脳筋ゴリラの表情みたいなのをいうんだろう。
でも、それも束の間。
目を見開いたその可愛らしい表情が見る間に怒りの皺を刻んでいき、ついでに赤鬼も色白と言えるくらいに顔が赤黒く染まっていく。
そして鬼熊こと脳筋ゴリラは、そのまま殴りかかるような勢いでツカツカ……いやノシノシ……いやドスドス歩いてきた。
背後にドラミングするゴリラのスタンドを引き連れた不動明王が如き憤怒の表情と巨体の威圧感にクラスメイトのほとんどが壁際に後ずさった。
しかしモヒカンはまったく怯むことなく、みんなの盾になるかのように立ち上がり、一歩前に出て怒りに燃えるザ・不動ゴリラ明王を迎え撃った。
「その口の利き方ぁなんだ! ぁあ!? モヒカン!」
「はあ!? ギリ敬語っしょ!」
「なにやってっか知んねえがそんなん後でやれ!」
「体育祭の話っすよ! センセーが実行委員決めんの忘れたせいでしょーが!」
「んなもなホームルームの後でも出来っだろが!」
「ホームルーム? なに言ってんすか!? どっちが大事かくらい分かるっしょ!」
「だからホームルームやるっつってんだよ!」
「は? マジで言ってんすか? 腹立ってるからっていい加減なこと言うのやめて下さいよ!」
「うるせー! この時間はホームルームって決まりがあんだよ!!」
「だからホームルーム使っていいかってわざわざ委員会で許可とったんすよ! もう忘れたんすか! そんなこったからこうなってんでしょーが! 誰のせいでナバホがあんな悪者になったと思ってんすか!!」
自分が間違っていないと思っている時のモヒカンは極限まで強くて文字通り一歩も引かない。
そして大抵の場合、そういう時のモヒカンは本当に間違っていない。
少なくともアタシ視点では一度も。
でもアタシの名前を出して怒るとかやめろ。
そもそもの原因がクソゴリラにあったとしても、針の筵になったのはアタシのせいだし、そうでなくとも空気の読めない&頭に血が上っている脳筋ゴリラが、可愛げのないアタシ如きのことでこの場を引くとは思えん。
「そんなん知るかオラ! ゴタゴタうるせんだよ! いいからとっとと席に着けってんだこの野郎!!」
ほらね。
「っせーな! 着かねーっつってんだよ! 全部テメーのせーだろーが! ちった責任感じて黙っとけ!!」
ほ♪ 言いやがった♪
「テメエッ!!」
「応ッ!!」
グラップラー的な怒号と共に脳筋ゴリラとモヒカンが胸ぐらを掴み合う。
モヒカンは足が浮きそうだ。
体格差は歴然。
腕力も恐らく。
モヒカンの活路はスピードとミドルレンジにある。
まともにぶつかったらまず勝てないだろう。
普通ならゴリラと掴み合うとかしないはずだ。
そう、普通なら。
でもアタシはモヒカンを知ってる。
こいつはぶつかる時は真っ直ぐ、真正面からぶつかるんだ。
そしてこいつはこういう時に絶対に引かない。
そつがなく要領のいいこいつが、自分から引き際とか落としどころという梯子を取っ払ってしまうのだ。
校内きっての武闘派で、キレると恐いと評判の二人のまさかの激突に、男子も女子も呆気にとられて身動きできない。
――ならアタシだ。
「おい!!!」
立ち上がって一歩踏み出し、どちらへともなく怒声を叩きつけると、先にモヒカンがゴリラへの怒りの視線をそのままアタシに向けてきた。
その視線で心臓を握り潰されたような気がした。
クソ!!!
そんな目で見るんじゃねえよ!!!
――モヒカン!!!
アタシはモヒカンの胸ぐらを掴むと、脳筋ゴリラから引き剥がして奪い取った。
そして胸を押して突き放す。
次の瞬間――
――火薬が炸裂したような盛大な破裂音が教室に響いた。
読んでくださりありがとうございます。
続きもよろしくお願いします。