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いつもすまないねえ

閲覧ありがとうございます。

よろしくお願いします。


§



目覚ましの音。



動き出す時間。



瞼を撫でる柔らかい陽光。



心地良い包布の感触と温もり。



いつも通りがいい。



望んでも望まなくても周りは勝手に変わっていくし、それに合わせてたぶん自分も変わる。


別に変わってしまうことを否定するわけじゃないし、変わりたくないなんて言うつもりもない。


ただ、変わること……変化ってのはアタシにとってはとても面倒くさいことで……寂しいことで……少し怖いことでもあって。


ずっとこのままでいたいって、そんな気持ちを否定することはできない。


だから、変わらないこと……いつも通りってことは、アタシにとって居心地がよくて、安心できて、特別なことなんだ。



いつも通りがいい。



それでいい。



§



朝、七時ちょっと前に鳴る目覚まし。


荒ぶる二度寝の誘惑と、それを断ち切る覚悟の間で、ほんのしばしの脳内格闘。


両親に朝の挨拶、シャワーを浴びて、髪を乾かし、歯を磨く。


制服に着替えて髪を整える。


鏡の中の三白眼、「眼つき悪っ」とぼやきつつ、スカートが似合わねえなと思うのも、耳の後ろの髪の毛が左右にピンピン跳ねるのも、そんな癖毛にイラついて溜息吐くのもいつも通り。


我が家の朝は純和風。

お味噌汁、白米、納豆、お漬物、卵に梅干、海苔にお茶。


お母さんは給仕しながら弁当作り。

お父さんは新聞片手にお茶を飲み、アタシは食事しながらテレビを見る。


朝食の合間に交わされる二言三言の家族の会話。


「菜穂、最近学校はどうだ?」


「昨日も聞いたよそれ」


「そうか? まあいいだろ」


「まあいいけどね。あんま変わんないよ。普通。腹立つことは多いけど」


「勉強は? 来年三年生でしょう? 志望校は決まったの? 予備校とか行かなくていいの?」


「それも昨日聞いたし」


「そう? まあいいでしょ?」


「まあいいけどね。一応こっから通えるとこで考えてるって。勉強は夏休みからちゃんと取り掛かるから。予備校はまた相談する。ハイ、ごちそうさま!」


両親の質問責めを遮るように手を合わせ、手早く無言で食器を洗い、弁当掴んでバッグに入れて、嗽を済ませて準備完了。


「お母さん、お弁当いつもありがとね。じゃ、行ってきます」


「おぉ、車に気をつけろよ」


「知らない人について行かないようにね」


「もう小っちゃい子供じゃないんだから」


このやり取りも、いつも通りのお約束。



徒歩で通える高校までの十四~五分の道のりも、いつも通りのいつもの通り。


「はよ~、ナバホ~」


「ウナミ、はよ」


誤解なきよう、アタシは先祖代々からの日本人。

『ナバホ』はネイティブアメリカンの部族名ではなくアタシの綽名。

稲葉菜穂子だからナバホ。


普通に名字か名前で呼ばれたいと、いつも心の底から願っている。


ウナミは海原美波でウナミ。

小さくてフワフワな小動物。

名前は海なのに見た目は森のヤマネみたいでチョー可愛い。

数少ないアタシの癒し。


「眠そうだね~」


「なんか最近だるくて」


「ん~? でもアレは~まだ二週先だよねぇ?」


「うん。……ってかウナミ、なんでアタシの周期知ってんの?」


「え~? だっていっつも自分のいつだったっけ~って聞いてくるじゃん~」


「だっけ? ごめんごめ……ぇふ……ふあ……」


「あは、でっかい欠伸~」


「おえん(ごめん)……ふあ……あ――ゴフッ!!」


背中に衝撃。

欠伸が咳に変わってしまった。


「ウーッス! ナバホ、内臓見えてんぞ」


「ふぐっ……う、うっせモヒカン! あ! テメ、また!!」


クソ!!

油断した!!


「ハハ、今日も絶好調!」


人間の快楽の一つである欠伸を邪魔していきなり背中を叩いてきたこいつは元平寛治。


元号が合わさったような名を持つこいつは、小学校時代、アタシに『ナバホ』という綽名を付けた奴。


『モヒカン』という綽名は仕返しにアタシが付けてやったものなんだけど、我ながらナイスなリベンジネーミングだと自画自賛。


こいつは天から与えられたハイスペックなステータスを持つくせに、制服の上からブラのホックを外すテクニックが達人レベルという、人生においておよそ何の役にも立たないどうでもいい特技まで持ち合わせ、アタシを使ってその技術を日々磨いているのだ。



「この野郎!!!」



掌の痺れと共に心地よい破裂音が朝の空気を切り裂く。


ホック外しの報復としてアタシがビンタを喰らわすという、これもまあ、毎日ではないにしろ、だいたいいつも通り。

(毎日タイミングよく出会うわけでもないし、アタシもバカではないので接近に気付いて回避できる時もあるのだ)


「痛って~。ハハ、んじゃ遅れんなよ」


「テメーのせいだろ! 殺すぞ! つーか死ね!!」


新聞沙汰にでもなりそうなアタシの過激な罵倒にも、どこ吹く風という体で振り向くことなく手を振って、口笛が聞こえそうなほど軽い足取りで立ち去っていくモヒカンの後ろ姿を、黒い光線が出るくらいの殺気を込めて睨み付ける。


「ナバホ~、こっちこっち~。ほら早く~。すぐに直してあげるから~」


癒し魔法でもかけてくれるのかっていうウナミのセリフで我に返り、その困ったような笑顔と献身的な仕草に心まで癒される。

まったくアンタはホントに素晴らしいヒーラーだよ。


「いつもすまないねえ」


「それは言わない約束でしょ~」


……とまあ、だいたいこんな感じでアタシのいつも通りな一日が始まる。



フッ……今日のビンタも絶好調だったぜ。







読んでくださりありがとうございます。

続きもよろしくお願いします。

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