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4-18 元勇者、見破る




  †



「何者だ」


 リオンの問いが投げかけられる。


「ただの通りすがりですよ。いやいや、そんな顔しないで下さいよ。ちょっとした冗談ですってば。こんな格好でこんな森の中にいる奴、いるわけないじゃないですか――ねえ、エイブラハム・ダウニング侯爵閣下」

「……スピリドン殿」


 エイブラハムが、震える声で応えた。


「知り合いか」

「――例の、取引相手です」

「なるほど。納得した」

「いやいやエイブラハム様。取引の内容を他人にバラすのはどうかと思いますよ」

「な、なにが取引だ! あんなもん無効に決まっておるであろう!!」


 クスクスと笑うスピリドンの言葉に、エイブラハムがキレた。


「貴様、例の白蛇が地神であることを黙っておったであろう!? わ、わ、儂をあの傲慢公の再来にするつもりだったのか!!」

「地神? あの白蛇がですか? はっはっは、いやいや、流石に知りませんでしたよそんなこと。私は純粋に白蛇の剥製が欲しかっただけですよ――嫌だなぁ、ちょっとした冗談ですって。そんな顔しないで下さいよ」

「それはつまり、白蛇が地神だと知っていたんだな」


 リオンが槍を向けながら問うと、「もちろん」とスピリドン。


「でも私は最初から、魔獣とか白蛇と呼びはしましたが地神かどうかは言及していません。魔獣が地神になることもあるのは周知の事実なのですし、私がそれに言及しなかったからと言って契約に障りがあったとするの無理があるのでは? つまり私は何も悪くない」

「にゃ、にゃにおう!?」

「そもそもエイブラハム様が知らなかったということに、私は驚きですよ。地元で崇められている類の魔獣は大抵の場合地神ですからね。人を襲わないで護ることがあるってだけで、そうだと思う方がいいとおもうんですけどねぇ」

「ぐうぅ~~!」

「……ぐうの音出しながら地団太踏む奴なんて初めて見たよ……。まぁ、こいつがボンクラ貴族なのは別にいいさ。で、アンタはそのボンクラに取引持ち掛けて、一体何が目的なんだ? 白蛇を攻撃させてクブの街を壊滅させることか? でもそれだったらわざわざここまで来る必要もないよなぁ?」

「いやいや、質問が多過ぎでしょ。せめて一つに絞ってくださいよ。っていうか貴方こそ一体誰なんですか。いやいや、ここまで案内してくれたことには感謝していますけども。あ、お礼をいたしましょうか」


 スピリドンが微笑んだその瞬間。


「礼なんていらねーから質問に答え――!?」


 緑色の瞳が輝き、その姿が掻き消える。

 それは咄嗟の動きだった。百戦錬磨の勇者の勘がそうさせたとしか言いようがない。リオンは身を捩って石槍で背後の空間を払った。

 ガツンと音がして、スピリドンの手にした片手剣が払われる。

 飛び退ったリオンと払われた剣を見てスピリドンが、おや、と意外そうな顔を見せた。


「今のを初見で躱すとは。いやいや、お見事。滅多な者にできることではありませんよ」

「はっ、褒めてもらっても嬉しくねぇよ」


 そう言いながらもリオンは腰を落として槍の穂先をスピリドンへと向けた。顔には出していないが内心では結構な冷や汗をかいている――この俺が、背後を取られた?

 油断していたつもりは全くない。視線を外した訳でもまばたきをしたわけでもない。

 なのに全く見えなかった。

 気が付いた時にはスピリドンは後ろにいて、刺されそうになっていた。


「ですが――」


 スピリドンの瞳に光が宿る。


「人の好意を受け取らないのはど」

「!?」

「うかと思いますよ!」


 再び硬質な衝突音。

 槍の柄でスピリドンの剣を払った音――今度は左後ろ。

 また(、、)見えなかった(、、、、、、)

 

「ほら、どうしたんですか!? 私の好意を受け取ってくださいよォ!」

「こっ、のっ」


 短めの片手剣を双つ両手に構え、スピリドンがリオンに斬りかかる。

 それを払いのけ後ろに下がりながらリオンは考える。


(こいつ――異常だ!? 剣技はさほどじゃない、動きも速くない。なのに二回も隙を突かれそうになった!?)


 人の動きには必ず予備動作がある。

 地面を蹴る時、剣を振るう時。歩く時、手を伸ばす時。

 戦闘であろうと日常の行動であろうと、必ず予備の動作がある。

 その動き出しを察知することができるかどうかが特に格闘戦の際に重要になってくるわけで、達人ほど察知が上手いし、自分の予備動作を察知させないことに長けている。


(予備動作を隠すのが巧い程、相手からしてみれば『気づいたら斬られていた』なんてことになる訳だが――こいつ、なんなんだ!?)


 こうして斬りつけられているとよくわかる。

 スピリドンの予備動作は(、、、、、)判りやすい(、、、、、)


 重心の移動、踏み込み、視線。

 足の置き位置、肩の動き、振り抜いた後の姿勢。

 様々な情報から、達人(リオン)は情報を読み取ってスピリドンの次の動きを予測する。そこから導かれるのは、


(こいつ、そこまでの奴じゃないぞ!?)


 弱くはない。純粋な白兵戦能力は四級冒険者や、上位騎士にも劣らない。ひとかどの戦士として名を上げることもできるだろう。

 だが(、、)勇者(、、)()隙を(、、)突ける(、、、)程では(、、、)ない(、、)

 そのちぐはぐさが強烈な違和感となって、リオンをして防戦一方にさせていた。

 しかしそれも数合の打ち合いのこと。


「調子に――」


 リオンが巧みに槍の柄を使い、スピリドンの双剣を弾いた。がら空きになる正中線。


「乗るなっ!」


 リオンの反撃。槍は専門ではないが、そこそこ扱うことはできる。

 スピリドン程度の使い手であれば、魔力抜きの戦いであっても圧倒できる――できるはずだ。そして実際、この瞬間がら空きの胴体にリオンは槍の穂先を叩き込んだ。

 瞳が光る。

 鋭い突きの一撃は空中を穿っただけだった。


「――またか!?」


 殺気を感じて身を屈め、身体を地面に投げ出す。

 被っていた頭蓋骨の角先と革のベストの背中が切り裂かれた。

 地面を一転して振り返れば、スピリドンが両手の剣を構えてこちらに向かって突進してくるところだった。


「はははっ、いやいや。貴方一体何者なんですか!? 二度も避けられるんて初めてですよ!」

「そうか、そりゃ光栄だ!」


 ガツガツッとスピリドンの双剣を弾いて距離を取る。丁度リオンと、傍観者となって岩陰に隠れているエイブラハムの中間にスピリドンが立っている位置関係だ。

 そのエイブラハムが、泣きそうな顔でリオンを見ている。

 状況を理解している訳ではないが、リオンに何かあったら自分の命もこの森の中で潰えるということは判っているのだろう


「り、リオン様ぁ……」

「リオン? ソーオの街でアンフィーサの邪魔をしたリオンですか? ですがオニーシムの報告ではそんな珍妙な格好ではなかったはずですが……」


 少し考えたスピリドンは、頷いた。


「いやいや、趣味は人それぞれですからね。他人が口を出すのは野暮というものです」

「お心遣いありがとうよ!」


 リオンはディンドロ族の衣装を脱ぎ捨ていつもの格好に戻った。

 ついでに槍を【無限収納】の中に突っ込んで愛用の剣を取り出す。


「なるほど。くすんだ赤毛の……オニーシムの報告通りですね。ついでに訊ねますが、バシュマコヴァの邪魔をしたのも貴方で間違いありませんね?」

「バシュマコヴァ? あー、あの獣使士のねえちゃん」

「その呼び方は彼女、凄い嫌がるんですけどね。へぇ、いやいや、これはまた……」


 スピリドンの笑みが深くなる。

 対照的にその瞳には強い殺気が宿った。


「貴方が我らの邪魔をするのはこれで三度目。偶然でなければ、我らが神の御導きなのでしょうか」

「偶然だよ。勝手に俺ンとこに寄ってくんじゃねぇ」

 

 リオンは剣をスピリドンに向けた。


「やはり、てめぇも異神教団か」

「いかにも。スピリドンと申します。以後お見知りおきを――と言いたいところですが、いやいや。短い付き合いになりそうですね」

「お前が死ぬからな」


 言うが早いか、リオンがスピリドンに斬りかかった。彼我の距離などリオンにとって無いに等しい。瞬きほどの時間も無くスピリドンの胴体は憐れ上下が泣き別れと、ならなかった。


「――そこッ!」


 スピリドンの姿が消え、リオンの剣は宙を切り裂くにとどまった。だがそんなこと織り込み済みだ。飛び込んだ勢いそのままに身を撓め、跳躍。

 背後の頭上に現れたスピリドン目がけて再び斬りかかった。


「――ッ!?」


 今度はスピリドンが驚愕する番だった。

 咄嗟にリオンの剣を慌てて双剣で受け止める。更にその反動で態勢を整えたリオンは蹴りを放った――が、それは空振りとなった。再度スピリドンの姿が消えたからだ。


「手品はもう見飽きたぜ!」


 しかしリオンは全く慌てなかった。【無限収納】から短剣を取り出すと、三本まとめて自分が着地する当たりに向かって投げる。

 そこに、スピリドンが落ちてくるリオンを待ち構えていた(、、、、、、、)


「小癪なッ」


 短剣を打ち落とすスピリドン――その姿が消える。

 確かに、リオンはハッキリとみた。

 スピリドンは消えた。最初からそこに居なかったかのように掻き消えた。


「なるほどな――てめえの手品のタネが知れたぜ!」


 躊躇いなくリオンは宙を蹴った。【飛行術(フライ)】の応用で、瞬発力だけならこちらの方が通常の【飛行術(フライ)】よりも高いのだ。

 リオンが移動したその空間をスピリドンの握る剣が空振りする。


「くっ、ちょこまかとよく躱す……!」


 間をおいて着地した二人は睨みあった。だが、その表情は対照的だ。

 忌々しそうに視線を向けるスピリドンと、どこか余裕をもってその視線を受け止めるリオンである。


「お前――超能力者(サイキッカー)って奴だな。さすがに俺も初めて見たぜ」

「…………」


 この場合、沈黙は雄弁な肯定だ。

 リオンは続ける。


「最初は【空間跳躍】だと思ったんだ。だがあれは使い手の少ない固有能力(ユニークスキル)だし、大量の魔力を食うからそうそう連発はできない。そもそもお前が消えた時、魔力も闘気も感じなかった。それに空気の流れや地面を蹴った土埃も無いってことは、【肉体強化】による高速移動でもない。それで思い出したんだ、ずっと昔超能力者(サイキッカー)って奴らがいたって話をな。【瞬間移動(テレポート)】って能力だっけか、それは」

「……いやいや、よくまぁたったこれだけの遣り取りでそこまで読み取れるものです。正直に称賛しま」

「ッ!」


 スピリドンが消えると同時に、リオンの右側面に現れた。

 既に双剣を振り抜く体勢。だがリオンは慌てることなく手にした剣で打ち払い、距離を取った。


「すよ。まったく、これだけ防がれると自信なくしちゃうなァ」

「言ってろ」

 

 ため息交じりにスピリドンが言う。


「そうです、私はこの世に唯一にして最後の超能力の使い手ですとも。故に世界を滅ぼす壊神様に帰依する者――禁指爛のスピリドン」


 一瞬の沈黙。

 二人は地面を蹴った。




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