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4-15 槍士、指導する



 †




「――ッ!」

「ディン、ドロンド!」


 メイの突撃、そして下段薙ぎ払い、三連刺突。

 半端な実力者では薙ぎ払いまで躱すことはできても、跳躍の瞬間に繰り出される刺突を捌くことができずに仕留められるであろう連撃。

 蛮族の少女は見事躱しきった。

 刺突の一を身を捩り、

 刺突の二を手にした槍の柄で逸らし、

 刺突の三を


「おい、今最後の、手の甲で払った――ようにみえた、が」

「そうか? 俺には速過ぎて何がなんだか……」


 野次馬たちがそんな会話を交わす間にも、メイと蛮族少女の戦いは続いていた。 

 いや、それを果たして戦いと呼んでよいモノだろうか。

 三連刺突を難なく躱されたというのにメイは些かも気落ちすることなく、追撃を加え続けている。一方の蛮族少女は、よくわからない言語でメイに楽し気に話しかけながら――メイの放つ槍撃をひらりひらりと躱し続けていた。

 メイの槍の間合い、そのギリギリの位置を出たり入ったりしながら。

 当然メイもただ突っ立って槍を振り回している訳ではない。少女の動きに合わせ、時に意表を突くように、時にその動きを先読みし、小刻みに――あるいは大胆に立ち位置を変えながら槍を振るっている。

 同じ槍士の冒険者たちなど、そのメイの動きに見惚れているほどだ。


「すげぇ……言葉も出ない」

「ああ。あんな高度に洗練されているのに――ひとつ一つの動きがまるで、槍使いの教科書みたいだ」


 流派は違えど、同じ槍という得物を手にする以上、動きに共通するものはある。メイの動きは長い冒険者生活の中で磨き上げられ、もはや新しい槍術流派として確立されたものだったが――今目の当たりにするのは槍士にとって、それは基礎訓練で最初に叩き込まれる動きばかりである。

 槍捌き、足捌き。

 その全てが恐ろしく正確で、恐ろしく速く、ともすれば残像が見える程。


「なのに――当たらない」


 誰かが呟く。

 メイの動きは恐ろしく速く、そして誰が見てもわかるほど熟達したものだとわかる。

 仮に自分が受けたならばどうなるだろうか。剣で、盾で受けるか? あるいは間合いの外に出て一旦距離を置くか。

 そのいずれもが正解であり、しかし彼らは次の瞬間、あるいは次の次の瞬間、メイの連撃によって致命の一撃を食らう自分を幻視する。

 メイの攻撃一つ一つは基礎的で、何か奇を衒うようなものではない。

 しかしその無限の組み合わせ方が『上手い』。

 一つの攻撃を躱す、捌く。

 その次、更に次、と攻撃を捌き続けると――次第に動きを制限されてしまう。突き込みを半身になって躱したのだから、次の横薙ぎは受けるしかない。しかし受けられて弾いた勢いそのままにメイは横回転して、槍の石突側で逆薙ぎ払い――後頭部を容赦なく叩く。

 逆薙ぎ払いを躱すことができたとして、無理な動きを強要されてはしゃがむか仰け反るか――その次の一撃はもう躱せない。

 致命的な一撃を叩き込まれて、それでお終いだ。


 だというのに――メイが相手する少女は、躱した。受け、躱し、飛びのき、時には大胆にメイに向かって飛び込んで――メイの、相手を追い込む動きの一つ一つを超えていく。


「なんであの小娘はそれができるんだ……?」


 冒険者の男が呟いた。いくら想像しても自分ではメイの攻撃を捌くことができない。なのに少女は捌くことができている。二重の意味で彼は打ちのめされていた。

 そんな彼に隣にいたバルバロスが独り言のように答えた。


「あのガキ、速ぇからな――」

「速い? そりゃ確かに速いが……」

「速えだけじゃねぇ、丁寧で、巧い。よく見てみろ」

「――?」


 言われて槍士の男は、改めて蛮族少女の動きを観察する。

 メイが少女の顔を目がけ突きを放つ。

 少女は腰を落としてそれを躱した。そこまでならば、槍士の男もできることだ。しかし次にメイが槍を引くとき穂先で首筋を切り裂こうとしてくる。それに応じるため左に横っ飛びするしかなく、それこそメイの罠であり――三手先に命を貫かれる自分を幻視する。

 だが少女は――屈んで躱し、左に横っ飛びする一瞬前に右足を、ちょっとだけ、外側にズラした。


「――……?」


 今の僅かな動きに気が付いたのは、この場に一体何人いただろう。彼自身、バルバロスの言葉が無ければ見落としていた。

 そしてメイの槍が引き戻される――その速度が彼の想定よりも


「遅い?」


 ほんの僅かに。

 ちょっとだけ右足の位置をズラした。たったそれだけのことで、メイの誘導と想定が狂う。その修正と万が一の対応のため、メイの槍捌きが遅くなる。

 この場合であれば左への横っ飛び一択のはずが、右へ潜り抜ける回避の可能性を示唆したことによってメイは速度を緩めて右への抜けが無い事を確認せねばならない。でなければ攻撃連鎖が続かず、三手四手と悪手が続くことになるからだ。

 メイの槍捌きが最速/最高効率のそれから、最高効率のみのものとなる。

 それで得られる時間などまばたき一回分にも満たない。

 だがこの高速戦闘の最中にあって、そのまばたき一回分未満は貴重な隙となる。


「あのガキ――巧い」


 そうと意識してみれば、少女の動きは細かい仕掛け(フェイク)が満載されていた。僅かに足が、顔の向きが、腕の位置が、視線が一瞬だけ別の方向を示唆する。

 そして僅かに槍が遅くなる――まばたき半回分を三回、四回と積み上げれば、気づけば少女は、まばたき一回分、あるいは二回分の時間的猶予を手にしている。時にはメイの槍が来るのを『待っている』。


「主導権を握る――いや、それはあの槍士か。だが、あの少女」

「ああ。主導権をチョロまか(、、、、、)してる」


 メイが攻撃を仕掛ける。

 少女はその想定通りに動く。

 だがメイの攻撃、三回から五回に一度、メイのそれは狙ったものではなく狙わさせられたものとなっていた。


「綱渡りにゃちげえねぇが……」

「ああ。五に一とはいえ一息付ける瞬間がある。自分の想定通りになる。それだけでどれほど余裕が生まれるか」


 戦いという生死の境に身を置く彼ら冒険者と騎士たち。

 僅かに一呼吸だけ。

 されど一呼吸だけの余裕がいかに重要か、身に染みて知っていた。

 メイと少女のどちらが上か、と言われればまだメイの方に軍配が上がるだろう。あれでベテラン。ならば初見殺し(とっておき)の一つや二つ持っていることだろう。なりふり構わないのであれば、それを使えば全てが収まる。

 だが、メイの性格上――少なくとも槍使いの教科書のような戦い方をしている今のままではそれを使用することはないだろう。


 躱し続ける少女と、まるで槍使いとの戦いを教えるかのようなメイ。

 両者の戦いはまるで実戦形式のレッスンの様相を呈してきた。

 形成されつつある不思議な均衡――それを破るのは、果たして。




  †



(ここまで躱され続けるなんてね――全く。感心するやら、腹立たしいやら)


 自分でも言い表し難い複雑な心境のままに、メイは槍を振るい続けた。

 槍の穂先を次々と躱し、時に素手で撃ち落とす眼前の蛮族少女の正体がソーラヴルであることはとっくに気が付いている。


(っていうか、素手で槍の穂先をはたき落とすなんて芸当、拳士でも相当上位じゃなきゃマネできないさね。ほんと末恐ろしいやら、腹立たしいやら)


 二連突きから切り上げ、更に横薙ぎ。

 余裕をもって躱される――ばかりか、横薙ぎ直後に踏み込んで来ようとする少女。対するメイは間合い維持のため、距離を取るのが正解(セオリー)だ。

 だが、


「こういうのはどうだい!?」


 しかし敢えてメイは少女に向かって踏み込んだ。

 槍の間合いの内側である剣の間合い、更にその内側である拳の間合い。

 その更に内側(、、、、)。最早密着していると言って良い距離。互いの体温まで感じ取れる程の距離。


「――ディッ!?」


 蛮族少女(ソーラ)が驚いた。

 もはや手にしていた石槍など放り捨てて拳を握るいつもの戦闘態勢(スタイル)

 正拳(ストレート)を撃ち抜く余裕も無い距離だが、それでも槍よりは拳の方が小回りが利く。フックにアッパー、なんでもござれだ。

 だが、


「――長物だからって狭い間合いで戦えない、なんてことは無いさね」


 飄々とベテラン槍士は笑みを浮かべる。

 穂先を下に、眼前に垂直に立てた槍。

 それを前後に動かして顔に殴打を狙う。


「ッ!」


 躱しての左フック。

 だが――


「こんなこともできる」


 メイはそのフックを、立てた槍をすっと横に動かしただけで防いでみせた。蛮族少女からすれば、フックの軌道内側に突如柱が生えたようなものだ、左腕が動かせなくなる。

 ならばとすかさず放たれる右アッパー。


「こういうことも」


 右腕の軌道に沿って槍の柄を押しあてれば、メイの顎を撃ち抜く右の拳は外へと軌道をズラされて空振り。


「こんなことされたこと、ないでしょ」


 続いてはメイの攻撃。

 逆さに立てた槍の柄で円を描く。それは握った右手を支点に、穂先側がより大きな円を描く動きとなる――拳士の、しっかりと踏み込んだ軸足首を切り裂く動きだ。


「――ッ!?」


 蛮族少女は咄嗟に軸足を引っ込めた。

 すかさずメイの追撃。残された蹴り足を狙い、地面に縫い付ける縦の刺突。


「ッ!? デッ……ンドッ!?」

「まだまださね。逃がさないよ」


 飛び退くように下がった蛮族少女だが、メイはその動きを完全に読んでいた。

 二、三、四と縦の刺突が蛮族少女の足を狙い、寸でのところで引っ込められる足。地面を穿つ槍の穂先。


「おい、どうなってやがる。拳の間合いで槍が有利に立ってるぞ」

「しかもその距離を維持してる――槍の方が」


 今度は下がる蛮族少女を、槍士のメイが追う番だった。拳の間合いの更に内側を維持して逃がさない。


「ッ! ディン――ッ! ドッ! ロッ!」


 下がり、牽制の拳を放ちながら困惑した表情を浮かべる蛮族少女。

 拳を武器に戦う少女は、今までは如何にして相手の間合いの内側に飛び込むか、こそが問題だった。距離があっては文字通り手が届かない。でなければ始まらない。

 故に少女にとって戦うとは、前に進むことであり、相手の間合いの内側に飛び込んでいくことと同義だった。

 というのに今は全くの逆。

 少女が下がり、相手が前に進んで少女の間合いの内側に飛び込んでくる。

 

「|ディン……ドゥロ、ド、ウドゥド……!《酷く、やり、にくいっ……!》」


 目の前にある槍の柄。自由に動かせない両腕。ぴったり密着されることで阻害される対捌き。

 今まで散々自分がやって来たことをやり返されている。

 冒険者や父親との訓練で。魔獣との戦いで。

 あの時彼らが浮かべていた顔を、自分が浮かべているという自覚がある。


(……ディロッ(……今度からッ)ンディロドロ、(もっと人に、)|ドゥンガルディロドロン《優しくする》!)


 なんて意味のない決意なんてしてしまうが、差し当たっての問題は目の前の槍士(メイ)だった。

 流石ベテラン、本来ではない戦い方であってさえソーラを上手にあしらっている。それどころか超近接距離において立体攻撃まで混ぜてくる。

 これに対抗するには全力で距離を取り仕切り直すか、あるいはいっそ逃走するか。

 蛮族少女(ソーラ)が選んだのは――


「ハハッ、そうさ。そうするしかないさね」


 後ろに跳躍した蛮族少女を追って、メイもそこ(、、)に立つ。

 それは大きな岩の上。丁度上部がほぼ平たくなっている岩だ。

 ただし、二人の人間が立つにはひどく狭い――縦横に、メイが三歩も歩けば端から端に届くだろうその狭さ。

 その上で蛮族少女は腰を落とし、拳を構えた。

 少女の纏っている空気がぐんと重くなる。

 メイは、それを拒絶してもよかった。

 付き合うことに何の意味もないし、必要は尚更ない。

 だが、


「――やろうか」


 今までのように槍を立てるのではなく、穂先の根本ぎりぎりを握り、その切っ先を蛮族少女の首元に向けて可能な限り槍を短く構える。

 二人の戦いを見ていた冒険者と騎士たち(ギャラリー)も、その岩の上が決戦の場と気付いて固唾を飲んで息を殺し――


「疾ッ!」

「ディロッ!」


 一瞬の空白。

 静寂を切り裂いて蛮族少女の拳がメイの顔に向かって放たれ。

 槍の穂先が閃光のような速度で蛮族少女の頸を穿たんと襲い掛かった。




 



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