4-13 槍士、奮戦する
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『神聖乙女に栄光授けられし勇敢なる破邪の勇者たち』の進軍速度は、非常に遅い。
百名近い人員のうち、二十名ほどがエイブラハム候の身の回りの世話をするためのメイドや料理人だからだ。つまり、素人である。
加えて、エイブラハム候のわがままが酷かった。
「何ィ!? 昼食に冷えたワインが無いだと? 貴様、儂を何だと思っている!」
少し離れた場所で聞こえる怒声に、メイは隠そうともしないでため息をついた。
お前こそここをどこだと思っているんだ。
朝からキリ村を出て、直ぐに馬車が使えなくなった。当然だ、目的地は森の奥。馬車なんて分け入る道など存在しない。
だから冒険者たち、及びバードナー率いるトウヅ第二戦団の兵たちは馬車をキリ村において徒歩だったのだが、エイブラハムはギリギリまで馬車に乗ることを選んだ。そして当然のことながら、途中で身動きが取れなくなり、馬車だけ引き返すことになった。
その時イヤになって、一緒にエイブラハムがキリ村へと帰ってくれれば誰もが幸せになることができたのだろうが、白豚――もといエイブラハムはついて来ることを選択した。
一応は貴族で、貴族とはつまり率いる者である。状況に酔って、勇ましく秘境へと分け入っていく自分の姿を妄想したのかも知れない。
だが、妄想と現実は全く違う。
一人馬車から外した馬に跨っていたが、人の手の入っていない森は草木や枝が生い茂っていて、とても馬で進むことなどできやしない。結局のところ十分と経たずに全身を枝葉塗れにしたエイブラハムは忌々しそうに馬を降りた。馬に八つ当たりしなかったのだけの理性と知性は持っていたらしいが。
エイブラハムは貴族服に腰に剣を下げただけの軽装だが、世話係のメイドたちと料理人たちはそうはいかない。馬車に乗せていた荷物を手分けして背負い――それでも大半を置いていくしかなかったが――慣れない森の中を歩かねばならない。
冒険者たちはあきれ果てた。てっきり非戦闘員は、キリ村に置いていくものだとばかり思っていたからだ。
冒険者たちから非難がましい目を向けられた騎士たちは、それを黙殺した。
そして騒々しい昼食から程なくして、
「おい、右からも来たぞ!」
「左側面、防御薄いよ、なにやってんの!」
「あああもう!! どうしてこんなことに!」
どうしても何もない。
ここは森の中。
浅い位置とはいえ、蒼天連峰の端。人族の領域外。
魔獣の縄張りである。
数時間ものろのろ歩き、騒ぎ立てる人族など格好の獲物である。
「うわぁぁ! 前から来たぞ!!」
料理人の悲鳴。
メイが見れば、正面から大牙猪に跨った矮鬼走族、その後ろからは石棍棒を持った大鬼が群れを成して襲ってくる。
「ちぃぃっ! バルバロス、行けるかい!?」
「合点でさ、姉御!」
「姉御は止めな! アンタらはメイドたちを死守しな!」
メイは自分が担当する冒険者たちに命令を下すと、バルバロスを追って駆け出した。
「うおお――【爆砕断】!!」
「ブモオオオオオッ!!」
闘気を込めたバルバロスの大剣が、大牙猪を正面から捕らえた。
頭を振って、下顎から伸びる牙で迎撃する猪。
硬質の激突音と衝撃に、両者の姿勢が崩れる――
「ゲキャァァァァッ!」
体制を崩したバルバロスに向かって、ゴブリンライダーの槍が閃く。
「遅いね。槍ってのはこう使うのさ――【閃貫】!!」
しかし、バルバロスがよろめいたその後ろから、メイが飛び込んできた。風の闘気を纏った槍の一閃。大牙猪の喉を、そしてゴブリンライダーの心臓を貫いた。
「さすがですぜ姉御!」
「姉御は止めな――せいっ!」
体制を整えたバルバロスと視線を交わす。チームを組んで間もないとはいえ、経験値の高い冒険者。それだけで互いのなすべきことを確認できる。
「おいイノシシ野郎! 俺が相手だ!」
大剣を振り回してゴブリンライダーたちを牽制。
たたらを踏んで速度を落とす大牙猪。
「ゲキャアッ」
「はっ! 突進止めちまえばお前らなんぞ怖くねぇ――今だ、やれッ!」
「は、はいッ! 【氷弾】!」
「……ふっ、我が闇の矢を受けると良い」
そこに背後から、魔術士少女と陰気な弓士の攻撃が叩き込まれた。
さらにバルバロス自身も大剣を叩き込み、ゴブリンライダーを一匹仕留めた。
「姉御、こっちは任せろ!」
「頼んだよ!」
そして地を蹴り、一陣の風となって森を駆けるメイ。
闘気を併用しての歩法。目にも止まらぬとはこのことだ。
「ゴガアアアアッ!!」
「――遅い!」
「グギャアアアア!!」
大鬼は、額や側頭部に角を生やした人型・巨人系の魔獣だ。三メートルに迫る体高、全身に発達した筋肉を備え、強靭な生命力と回復力を備えた天然の闘士だ。
そして見た目ほど鈍重でもない。
オーガが振るった石棍棒は地面を打ち、爆発させる威力を発揮した。
しかしメイはひらりと交わす。
お返しにとばかりに交差する一瞬で槍をその口腔に叩き込んだ。
穂先に感じた硬い感触は、狙い過たずその奥に隠された頸椎を破壊した手応えだ。
頸椎の奥、神経の塊である脊髄を破壊されれば人族ならば絶命するが、オーガはそうならない生命力を備えている。メイの足を捕らえようと伸ばしたオーガの手は、しかし何も掴むことは無かった。オーガ自身の肩を蹴って、メイは跳躍する。
「――知ってるさね、お前らそれくらいで死なないことくらい」
太腿のホルスターから短杭を取り出すと、天地が逆転した空中で風の闘気を充填したそれを放った。
「回復お化けを殺るコツは」
投擲された短杭は宙を仰ぎ見たオーガの眼球へと打ち込まれた。
そしてその眼窩の中で込められた闘気を発現させる。オーガの頭蓋の中を無数の風の刃が搔き乱した。
「中から致命的な場所をかき混ぜるか、」
両耳と鼻から血髄を拭きだしたオーガを再び踏み台にしたメイは槍を構えて、今度は地面に対して水平にその身を発射した。
「回復不能な一撃を叩き込むかだってね――【風砲槍撃】!!」
衝撃波すら発生させ、文字通り身体ごと突撃する槍撃。
隣に立っていたのと、その更に後ろにいたオーガ二体が上半身と左半身を爆散させる。さしものオーガも、体積の大半を失っては即死する以外になかった。
その数メートル向こうに、返り血一つないメイが着地する。
「すげえ……あれが三級冒険者……」
誰か呆然と呟いた。冒険者の槍士だろうか。それとも料理人か。
バルバロスも心情的に近いものがある。
「だが――呆けてる暇はないぜお前ら!」
バルバロスが大剣を振るうと、忍び寄って来た暗殺森豹が両断されて地面に転がった。
「おい、ちゃんと見張ってろ!」
「すまねぇ、バルバロスのおっさん!」
「おっさんは止めろ、俺はまだ二十二歳だ!!」
「うそだろ、その顔で!? ――いや待て」
短剣を構えて樹上にいた探検士の少年が叫ぶ。
「――右後ろからもなんか来てるぞ! 猿系が……四、いや五!」
「!?」
「ちっ! お前らメイドたち中心に防御円陣だ、姉御がオーガ潰して戻って来るまで耐えるぞ!!」
「「「おう!!」」」
森の中の一角で、愚かな人族を標的に生存競争が激化しつつあった。
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「ディドロ、ディラドウルー、ド」
「ンド! デラッスラド、ドラドラバイマン、ヌフッ」
魔獣の襲撃を受ける、エイブラハム侯爵とその一行。
彼らを離れた場所で窺う二つの人影があった。リオンとソーラヴルである。ディンドロ族の衣装による呪いの効果でディロディロ言っているように聞こえるが、互いにちゃんと会話は成立しているのだ。
翻訳するならば、
「なーんでこんな森に、メイド連れて来るかな……足止め、要るかこれ?」
「あっ。メイさんだ。あー凄い凄い、オーガを一撃で倒しちゃったよ!」
といったところか。
どうしようかとリオンが思案していたところ、ソーラが混乱する人族の方を指して言った。
「パパ、あれ見て。あれがエイブラ……えっと、ハム? ボンレスだっけ? 貴族だよね?」
「――ああ、多分そうだ」
ソーラが指さす先、鎧を纏った騎士に周囲を護られながら喚き散らしている貴族服の太った中年がいた。
「今回の遠征って、あの人が原因なんだよね。ってことは……」
「……確かに。要はそういうことだな」
リオンとソーラは顔を見合わせると笑みを交わした。
実に清々しい、邪悪な笑みであった。




