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4-12 元勇者と金の少女、着替える






「ふぁ……」


 湖岸の岩に腰かけて大きな欠伸をしたソーラヴルが、西の空を見た。

 既に日は落ちかけて、空は赤く染まり、夜がやってこようとしている。


「ソーラ。火を熾して」

「ふぁーい」


 セレネルーアに言われて眠そうに目をこすりながら、ソーラはふぅっと息を吹いた。

 ソーラの金色の闘気を含んだ吐息はセレネの組んだ枯れ枝を熱し、火を点けた。


「あとは大丈夫。寝てていい」

「ふぁ……」


 もう聞こえているのかいないのかわからないような返事を残して、ソーラは横になった。下が硬い地面だろうが石を枕にしようが、どこでも眠ることができるソーラである。その点、ハティがいる自分にはまねできないな、とセレネは妙なところで感心した。

 火に薪をくべて火力を調節しながら、鍋に刻んだ食材を放り込んでいると、リオンが戻ってきた。背後には全身白ずくめの女性、セルマを伴っている。


「どうだった父さん?」

「あー。全然ダメだな。さすが神様。テコでも動く気は無いな」

「やっぱり」


 セレネはセルマを見た。

 眼帯をしている彼女ではあったが、真っ赤な唇が笑みの形になっている。


「神様は誰も彼も頑固だから」

「神とはそういうものですわ、セレネルーア様」


 柔らかな口調で、セルマは答えた。


 一意専心――あるいは、一意専神。

 それとも逆か。

専神であるがゆえに他意は無し。


「神とは――特に地神とは、|斯くあるべし≪、、、、、≫と定められた存在なのです」


 セルマは言う。


「そしてそれは、|斯くある≪、、、、≫以外には|有り得ない≪、、、、、≫ということでもあります」

「故に、あなたはこの地を離れられないんだな?」

「その通りです。この地の守護、それが私の存在意義ですから」

「この地に住まう人々を守るのも、仕事だろ」

「はい」

「そしてこの地に留まり続けた結果、守るべき人々に襲われることになろうとも?」

「そうですね」

「抵抗は……」

「しますとも。襲いかかってくるならば、それは守護すべき対象ではなく私の敵ですわ」

「そうなると判っていても、やっぱり離れることはない?」

「くどいですわ、リオン様」


 取りつく島もない、とはこのことだった。

 先ほどからリオンはセルマの説得を試みていたが、どんなに言葉を募ってもセルマの答えは頑として変わらない。


セレネは小屋の方を見た。

 粗末な、掘っ建て小屋である。

 それが神様の住まいと言われて、信じる者がこの大陸に一体どれだけいるだろうか。

 だが、それは事実なのである。


 世の中には絢爛豪華な神殿にあって祀られる神もいる。

 だがそれは、どうでもよいからだ。

 地神の持つ欲求とは、人族のような欲望に依るものではない。

 単に、自らの役目を果たすことができるかどうか。

 その役目の邪魔にならないのであれば、豪華な神殿に居てもよいし、いなくてもよい。セルマにとってこの湖の畔にいることが必要だからここに居て、人の姿をとると必要だから掘っ建て小屋を用意した。

 セルマがその気になればもっとちゃんとした家であっても用意できただろう。

 だが必要ないから、掘っ建て小屋で充分なのだ。


「神とはそういうものだから」


 ぽつりと呟くセレネに、満足するようにセルマが頷く。


「まあ、でも」


 とセレネは続けた。


「せっかくだから、食べるといい」


 どこからともなく深皿を取り出すと、かき混ぜていた鍋の中のスープを注いで、セルマに差し出した。


「地神だってお腹は減る。だったら食べてもよいし、食べなくてもよい」


 セルマはふふ、と微笑むと、セレネの差し出す皿を両手で受け取った。


「喜んでいただきますわ、セレネルーア様」

「ふぁ……ごはんー?」


 横になっていたソーラが身を起して尋ねる。

 日が落ちるとすぐ寝るようなソーラだが、食い意地はそれに勝るらしい。


「食べてもいいし、食べなくてもいい」

「食べるよう」

「食べてすぐ寝ると太る」

「たくさん食べておっきくならなきゃだもーん……ぐぅ」


 半分寝ているような顔でスープをすするソーラに、セルマはいとおしい何かを見るように微笑みを浮かべるのだった。






 翌朝。

 朝もやの立ち込める湖畔に、焚火を囲む三人の人影があった。

 リオンとソーラ、そしてセルマである。近くの梢にはホルスが停まって、のんびりと羽根繕いをしていた。


「さてソーラくん。我らがここに来た理由は何だ?」

「はい先生。そこにいるセルマさんを狙う人たちから守る為です」

「その通り。だが当のセルマさんはここを動きたくないという。困ったものだ」

「はい、困ったものです」


 岩を椅子代わりに聞いていたセルマが苦笑いする。


「あの、そういうのはあまり本人に聞こえないようにするべきなのでは……」

「うむ。そういう意見もあるだろうが、深く気にしてはいけない。さて、我らは一体どうするべきだろうか?」

「はい先生。聞き分けのない子は……えー、その、こう、首をキュッと〆てですね。気絶したところを引きずっていくのがいいと思います!」

「力技が過ぎません!? あなた方、私を守りに来たのでは!?」


 驚愕するセルマをよそに、リオンは一つ頷いて応えた。


「目的のためには手段を選ぶな――俺の教育が身についているな」

「えへへ」

「こ、これが世界を救った勇者の教育……!?」


 リオン達からこそ逃げるべきではないだろうか、とセルマは思った。


「だがそれは最後の手段だ。どうにかするべきは他にいる」

「いざとなったら私をどうにかするってことですよね、それ」

「他にいる……ああ、討伐に来る人たちですね先生!」

「その通り! だがひとつ問題がある。俺たちの正体がバレてしまうのはヨロシクない。相手は一応貴族だしな」

「はい、ヨロシクないです先生!」

「えっと。私が知る限り、貴族と敵対的な行動を取るのは人族にとって割と致命的なのではなかったかと……それを、一応って。ちょっと軽すぎません?」

「であるならばどうするべきか……わかるか、ソーラ?」

「あら無視された!?」 

 

 ソーラはうーん、と少し考えて、


「記憶が曖昧になるくらいブチのめす……?」

「あの、勇者式教育って発想がいちいち物騒過ぎません?」

「気にしてはいけない。だがソーラ、それは不確実だと思わないか。それに時間がかかり過ぎるし正直面倒くさい」

「できないとは言わないのですね。あと本音が漏れてますわリオンさま」

「そこでだ。こんなものを用意してみた」


 じゃじゃーん、とばかりにリオンが【無限収納】から取り出したのは、毛皮の服だった。大小二着。


「はい先生、これはなんでしょう?」

「これはディンドロ族と呼ばれる少数民族の衣装だ。昔ちょっとした縁で手に入れることがあってな。これを使おうと思う」

「ディンドロ族……ドラナルゾ王国の北にある島に住む、あのディンドロ族ですか?」

「お、正解。セルマさんは博識だな」

「知識として知っているだけですわ。ですが、ディンドロ族……なにか、引っかかるものがあるのですが」


 小首を傾げるセルマをよそに、服を着替えるためリオンとソーラはそれぞれ岩陰に移動していった。

 そして数分後戻って来たリオンとソーラの姿を見て、セルマはめまいを覚えた。二人の格好があまりに――セルマから見ても、あまりに酷かったからだ。

 リオンの格好は、獣の毛皮でできた腰ミノに、同じく毛皮のベスト。頭には角の生えた獣の頭蓋骨を被っている。そして全身の肌には色とりどりの曲線模様が描かれていた。

 ソーラもまた似たような格好だ。毛皮のワンピース、編み上げのサンダル。さすがに頭蓋骨ではなかったが二本角の生えた骨のカチューシャをしていた。

 二人とも石器の槍を持っている。

 怪しい事この上ない恰好――蛮族(ディンドロ族)どころか矮鬼族(ゴブリン)の亜種にでも間違われそうな格好だ。


「あの、いくら変装とはいえ、その恰好は流石に……」


 とセルマが話しかけると、リオンはひとつ頷いて、


「ディロドゥラドロトロ、ンダドロデトロトロルードロンダドロ。ヌフッ」

「えっ?」

「ドゥロドロドラドロディーダロドランドロ、デラデラドンドラヌードラリラドラ、ンデンデドードラ。デードラドンダラ。ヌフッ」

「ドーラトーラデンドラドリダラドントラヌトラ、リラリレ、ロリレーラドラリ」

「ドラリリドリンドディードリラー!」

「ディードリラー! ヌフッ」

「ヌフッ!」

「えっ? えっ?」


 戸惑うセルマをよそに、なにやら笑いながらハイタッチを交わすリオンとソーラ。

 そこに、大きな欠伸をしながらセレネがやって来た。


「気にしなくていい、二人は普通に会話しているだけだから」

「せ、セルマさま。ですが……」

「ディンドロ族の衣装には着た者がディンドロ族語しか話せなくなる呪いが掛かってる」

「ええ……」


 セレネが語るには、こうだった。

 離島に暮らす少数民族ディンドロ族は、外部からやって来た者たちを手厚くもてなす風習がある。気を良くした来訪者たちは長逗留し、やがて気を許してディンドロ族の衣装を身に着けるのだがこれがディンドロ族の罠だ。

 衣装に掛けられた呪いは三つ。

 ディンドロ族語しか話すことができなくなる。

 ディンドロ族への好感度が高くなる。

 脱ぐことができない。


「呪い自体は三年程度で解ける。けどその頃には来訪者たちはディンドロ族に帰化してる。なんなら結婚して子ども出来てる」

「なんとタチの悪い……リオン様たちは大丈夫なのですか?」

「魔力耐性が高いと呪いは表面的にしか効かないから大丈夫。何時でも脱げる……いや、私はいい。着ない。絶対にイヤ」


 リオンがもう一着取り出したディンドロ族の衣装を、セレネは固辞した。

 何故か残念そうにしているソーラである。


「ディロラリドラ、ルドレリドラ、ドューリリューリ、ディラリドラレラレ、ド」

「ド。ドィロトラドラリ、ヌフッ!」

「ヌフッ!」


 プリッ、と二人揃ってお尻を突き出したリオンとソーラは石の槍を手に森の方へと駆けて行った。その後をホルスが追って飛んで行く。


「行ってら」


 と、気だるげにセレネはその後ろ姿を見送る。

 

「せ、セルマさまは行かないのでしょうか」

「私はパス。眠いし」


 ちらり、と空を見る。

 朝の青空に、融けるように白い月が浮かんでいる。あれが無ければまだ寝ていたことだろう――眠い事には変わりないが。

 

「それよりセルマさんに聞きたいことがあった」

「私に……ですか」

 

 傍らに寄り添うハティを撫で、焚火に枯れ枝を投げ込んでセレネはセルマの顔を見た。

 白い布に覆われた眼窩と、視線が交わる。


「その目。リングが持ってたのはなぜ?」

「――」


 セルマは、息を飲んだ。


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