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4-11 槍士、機転を利かす





 リオンたち親子が森の中を疾走していたその頃、メイ及び『神聖乙女に栄光授けられし勇敢なる破邪の勇者たち』もまたクブの街を出発し、街道を進んでいた。


「どうでもいいんだけど」と、街道を行く馬車の中でメイが呟く。


「一体誰さ、『神聖なる乙女の? なんたら勇者たち』って考えたの」

「エイブラハム公らしいスぜ、姉御」

「出発の式典の時、その、『清らかなんたら処女』って誰かいたっけ?」

「いや、いなかったと思いますぜ姉御」

「姉御はやめな、バルバロス」

「りょーかいですぜ、姉御」

「……もういいよそれで」


 メイの言葉に答えるのは、大剣を抱えた剣士だった。ヒゲ面、ベコベコにへこんだ胸当て、傷だらけで筋肉質の大男。冒険者というよりも山賊と言われた方がよっぽど納得できる外見だ。

 見渡せば陰気な顔の弓士の男、さらさらの金髪を掻きあげながら手鏡を覗き込む槍士の男、おどおどとこちらを窺いながら顔を伏せる魔術士の少女、我関せずとばかりに目を閉じている探索士の少年。ほかにも数名の冒険者たち。

 バルバロスを始め計十名。

 これがトウヅ第二戦団から出向してきたというバードナーによって、メイに割り当てられた冒険者の面々だった。彼女はこのチームの|まとめ役≪リーダー≫となる。

 ……貧乏くじ、ともいう。

 実際、クブの街を出る直前にひと悶着あった。

 このチームのリーダーをメイが任されていると知って、バルバロスが文句を言って来たのだ。こんな細いオバサンに従うなんてできるかよ、と。

 まぁ、荒くれ者の多い冒険者たちをまとめて即席のチームを作るのだ。跳ねっかえりが混じることなど予想の範疇である。

 なので問答無用で叩きのめした。

 オバサンと呼ばれたことは怒っていない。

 いいや全く怒っていない。怒ってないってば。

 怒ってないって言ってるじゃないか、怒るよ!?


「く、クソ強ぇ……」

「あんた五級だっけ? スジは悪くないよ、精進しな。そうすりゃアタシくらいにはなれるさね」

「……それ、マジか?」

「才能無いって言われてたアタシが保証するよ」

「あ、あんた――いや、姉御!」


 そしたら懐かれた。大誤算である。 

 

 さて、メイたちが乗るのと同じく十名前後の冒険者を乗せた馬車が五台。

クブの街の衛兵たちが乗る馬車が三台。

バードナー率いるトウヅ第二戦団の部隊が乗る馬車が三台。

そして、


「そもそもどうして、エイブラハム侯爵が同道してるんだい?」

「さあ。何でも自ら大蛇にとどめを刺してこそ真に自らのコレクションに加えるに相応しくなる、とかなんとか言って無理やりついてきたらしいですぜ。バードナーの旦那がこぼしていたとか」

「そりゃご愁傷様さね。ざまぁみろだ」


 メイの乗る馬車の前を走るのが、そのエイブラハム公関係の馬車だった。

 護衛の二台、エイブラハム侯爵の乗るひときわ豪華な一台、侯爵の身の回りの世話をするメイドや料理人、そして物資を乗せる馬車が三台。

 侯爵が移動するならば、確かにこれでも最低限という人数だ。

 だがこの一行、合計馬車十五台。総勢で百名近い大移動である。

 未知の魔獣についての調査と山狩りには、明らかに多い。広範囲の調査なら確かに複数チームあった方が良いが、この大人数は間違いなく多すぎる。

 そもそも貴族であるエイブラハム公が一緒に来る必要は全くないのだ。ハッキリ言って邪魔でしかない。


「一体何を考えているんだか……」


 エイブラハム公は確かにこのクブ領の最高責任者だ。新種の魔獣が現れたとなれば、それを確認し、広く知らしめる必要と義務がある。

 しかしそれは部下に指示すればよいだけの話であって、本人が現場に出て来たところで殆どの場合、出来ることはない。

 そして現場を知らないお偉いさんが現場に出てくるとなれば、思い付きと余計な発言で現場を引っ掻き回すだけだと相場が決まっている。

 有体に言って、邪魔なだけである。


「絶対こっちの言うことを聞いてくれないだろうなぁ」

「貴族がですかい? 聞くわけないでしょうや。危ないから後ろに下がってと言っても前に出て、襲われて、それで護衛が悪いと喚くような人種ですぜ」

「ごくまれに例外がいるかもだけど?」

「ヤツがその例外だと思います、姉御?」

「思わないよ」

「でしょう。エイブラハム公からはできる限り距離を置く。視界にも入らないように立ち回る。それが一番ですぜ。おめーらもわかってんだろうな!?」


 バルバロスが馬車の中の者たちに声をかけた。各人が返す返事に、メイはどうしたものかと思案する。

 そして『神聖乙女に栄光授けられし勇敢なる破邪の勇者たち』一行は、その人数も相まって進軍速度が非常に遅い。

 このままでは森に入るころには夜になるということで、一晩キリ村で野営するということになった。


 

  †



 日が傾きだしたキリ村の一角で、ダウニング家専用馬車から降りたエイブラハム侯爵が、不満を吐き出す。


「ふん。いつ来ても何もない村だ」

「田舎でございますれば……」


 エイブラハムの足元に這いつくばるのは、キリ村の村長である。

 その後ろには村人の殆どが集まって、同じように地に額をこすりつけている。領主がやって来ると知って、村長が村人にそれを強要したのだ。

 少し離れた場所で野営の準備をするメイは、それを嫌な気分で横目に見ていた。村人の中にはラングとリングの親子の姿も見える。リングはどうして頭を下げているのか、よくわかっていないようだ。

 

「そんなに人を這いつくばらせて偉ぶりたいもんかねぇ?」

「人間そんなモンじゃないスか、姉御?」

「他人を下げても自分が低けりゃダメでしょ。貴族なんだったら尚更さね」

「そんなもんスかね?」

「そんなもんさ。さーバルバロス、早くテント立てちまいな」


 そんな会話を小声で交わしながら作業を続けていたメイだったが、小さな子供の叫び声を聞いて再びそちらを振り返った。


「―――ッッ!!」

「うるさいガキだな。貴様のような下賤な者に、これは不釣り合いだ。故に儂が貰っておいてやろうというのだ、光栄に思え!!」


 みれば、エイブラハムが縋りつくリングを蹴倒す場面だった。

 エイブラハムの手には、青く輝く大きな宝石が握られている。 


「っっ!!」

「りょ、領主さま! それは、それだけはご勘弁下さい! 妻が――その子の母が残した唯一の形見なのです!」

「うるさい……いや、おもいだしたぞ。貴様、前回もそう言っていたな。何が唯一の形見だ、もう一つあったではないか!」


 エイブラハムが、腰に吊るしていた剣をすらりと抜いた。


「領主である儂に嘘をついた罪、腕の一本くらいは覚悟してもらおうか。なに、この宝石を差し出すならば、命だけは免じてやろう」

「そ、そんな」


 顔を真っ青にさせたラング。

 そのラングを庇うように、顔を晴らしたリングが立ちはだかる。


「そうか、父親の罪を小僧が負うか。よかろう!」


 エイブラハムが、剣を振り被った。


「おいおい、無茶苦茶じゃねえかあの領主――え、ちょ、姉御!?」


 バルバロスが呟き、エイブラハムの剣が振り下ろされる瞬間――深緑の疾風が奔った。

 硬い音が響き渡る。

 親子の前に割り込んだメイの槍が、剣を弾いた音だった。


「な、なんだ貴様。冒険者か!?」

「一同の端に付き従います、メイ・オズと申します。領主さまにおいては、ぜひこの剣をお納めいただきたく差し出ながらも進言しに出てまいりました」

「冒険者如きが儂に盾突く気か!?」

「剣をお納めください領主さま!! いかな理由であれ子どもを切ってはなりません!!」

「何を抜かす。貴様も儂の邪魔を――」

「子を斬ってはなりませぬ! 父を庇う子を斬っては人々の間で尾鰭がついてやがて美談となるでしょう! その時いかな理由も関係なしに、斬った貴族は『悪徳領主』だったとでっちあげられるだけ! 人の噂に真偽など中てにはなりません。噂が広まれば広まるほど、領主さまの評判が下がります。ここはクブ領、交易の街。噂はあっという間に王都に、そして大陸中に、面白おかしく誇張されて広まるでしょう。そうなってはもうどうしようもありません! 故に斬ってはなりませぬ!!」

「ぐ、ぬ……」

「どうか――!!」


 一流冒険者(メイ)の放つ圧に、城でふんぞり返っているだけのエイブラハムが抗することなどできるはずがない。


「ふ、ふん。貴様の言うことにも一理ある。ならば……」

「聞いたか、そこの愚かな親子!」


 エイブラハムが何かを言おうとするのを遮って、メイが槍の柄を二度振るった。


「うぐっ!?」

「――ッ!!」


 勢いよく吹き飛び、藪の中に飛び込むラングとリング。

 どよめいて場を飛びのく村人たちの間を抜けてラングに近づくと、その胸倉を掴んでメイは叫んだ。


「これに懲りたら貴族に盾突くようなマネは金輪際するんじゃない! その痛みは勉強代だ――命があるだけ有難く思うんだな!」

(宝石はアタシがなんとかする。今は堪えな)

「わかったか!?」


 小さく囁いた言葉に、ラングは目を丸くしてこくこくと頷く。

 どうやったのかラングでは全く理解できないが、実のところハデにふっ飛ばされたが全く痛みは無かった。落ちた先も藪だったので、擦り傷をこさえたくらいだ。

 声を上げて泣くリングと、それを抱きしめるラング。村人たちが「ひでぇ」「やり過ぎだろ」と囁くのを無視して、メイはエイブラハムに向き直り、一分の隙も無い礼をする。


「差し出がましい真似をいたしました」

「う、うむ」


 ラングたちの姿は、身体のあちこちから血を流して凄惨に見えた。

 実際には藪の枝で擦っただけなので、表皮をちょっと切った程度で大したことはないのだが、実戦経験の無いエイブラハムにはそう見えたのだ。


「ふん! もうよい……儂は馬車に戻ることにする!」

「そ、そんな領主さま! 是非とも我が家へとお泊り下さい!」

「泊まる? あんなボロ家なんかより馬車の方がよっぽどましだ!」


 どうにか威厳を取り繕ったエイブラハムは、何か言いながら追いすがろうとする村長を蹴飛ばして馬車へと戻って行った。

 ざわめきだけが残る村人たちを掻き分けて、メイがバルバロスの元に戻って来た。

 じろりとバルバロスを睨む。


「なにさ、その口元。ひくひくさせて笑い堪えてんだろ」

「くっくっ、いやぁやっちまいましたね姉御。目立たねえようにって言ったばっかじゃないっすか」

「そりゃもう盛大に目立っちまったさね。目をつけられちゃったよねぇ」

「かも知れませんね。けど」

「けど?」


 バルバロスが肩を竦めて答えた。


「カッコよかったスよ、姉御」

「そうかい」


 ならよかったよ、とメイはにぃっと笑って手を振って見せた。





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