4-8 元勇者と双子の少女、話を聞く
†
メイがため息交じりに打ち合わせに参加していた頃。
リオン達親子は、ラングの案内で村の中心にある小さな広場まで来ていた。
広場といっても、小さな村のこと。街のように噴水があったり公園になっていたりするわけではない。
村のほぼ真ん中にあって幾つかの小道の合流点である、というくらいのものだ。その傍にあるそこそこ大きな農家が、村長の邸宅らしい。
「あれです」
リングと手を繋ぐラングが指したのは、広場の端っこにある小さな祠だった。
大きさとしてはリングの背ほどもない。
がっしりとした石造りで、苔むしたその佇まいはとても自然で、あたりの風景に溶け込んでいるようにみえた。それだけ昔からそこに存在し続けたのだろう。
ラングとリングが両手を組んで、軽く祈りを捧げる。
リオンたちも二人の後ろでそれに倣うと、ラングは祠の石扉を開いた。
「これが、白神さまです」
そこにあったのは――材質が何かはわからないが、真っ白な鉱石の大蛇の彫刻だった。
とぐろを巻いて、こちらを睨みつけている。
「これは……」
「まるで生きているみたい」
こんな田舎の農村に無造作にあるとは俄かに信じ難い、精緻な造りのその白蛇の像。ソーラが呟いた通り、生命が吹き込んであるかのようだ。
「触ってもいいものなのか?」
「はい。乱暴に扱わなければ」
リオンが手を伸ばすと、指先にひんやりとした硬い、石の感触。
「――これは。目が……?」
「……はい。元々は両目に青い宝石がはまっていたのですが。ある時を境に、両目とも無くなってしまったそうです」
青い宝石?
そう言われてリオンはリングが首から下げている袋を見て、しかし首を振った。
あの宝石は、この像の頭と同じくらいある。大きさが合わない。
「これは一体いつからあるんだ?」
「この村が拓かれた当初から、と聞きますから。二百年くらい昔ってことになるんじゃないかと」
「よく今まで盗まれなかったよねぇ」
「いえ。何度か盗まれたようですよ?」
ソーラとセレネが感心しながら頷いていると、ラングが事も無げに答えた。
「けど、その度にいつの間にか戻ってくるのです」
「そりゃまた」
「そして盗んだと思わしき者たちが、まぁ、その……変わり果てた姿で見つかるもので、それで盗もうなんて不届きものがいなくなったと」
「変わり果てた姿?」
セレネの言葉に、ラングは一瞬躊躇った。
いたいけな少女やその姉?に聞かせていいか迷ったからだ。だが二人が冒険者であることを思い出す。
「ええと。まるで巨大な蛇に締め潰されて殺されていた、といいますか」
「なるほど」
普段から眠そうにしていたセレネの眉根が寄せられた。凄惨な殺戮現場を脳裏に描いたのだろう。
「勝手に戻ってきていた白神さまの像が、なにかを飲み込んだように変に膨らんでいたことがあったとかなんとか。そう、例えば人形を――」
「なるほど!? よくわからんがよくわかった。ああよくわかったとも!? それ以上は説明しなくてもいいからな? うん次だ次。次に行くぞ! ほれ次!!」
これ以上聞いていると、この像をこそ叩き壊さなきゃならないハメになるかもしれないとリオンはラングを急かす。その後ろで、ハティが首を傾げるように蛇像の匂いを嗅いで――
「どう? ハティ」
「バウッ」
「そう」
祠の扉を閉めたセレネに何かを答えていた。
†
「白神様について? ああん、なんだおめぇ。余所者がそれを知ってどうするよ」
野良仕事をしていた村長は、思いの外若い――とはいえ、中年の男だった。勝手に白髪白髭の老人を思い描いていたソーラは、ちょっと肩透かしをくらった気分だ。
「ふん。その目、どうせ俺が若いとか貫禄ねえとか言うんだろ? 先代の親父が亡くなって仕事引き継いでやったってのに、ったくどいつもこいつも文句ばかり……けッ」
村長は悪態とともに、畑に唾を吐き捨てた。
無精髭に薄汚れた野良着。古ぼけて柄の端が欠けた鍬を杖代わりに、無遠慮な目付きでリオン達をねめつける。
なんだこいつら、という感情を隠さず視線を向ける村長に、ラングは畏まったように身を竦めた。
「ええ。俺は旅の冒険者なんですが、赴いた土地のことを記録するのが趣味なんですよ。地域の伝説とか、美味しい食べ物とか」
そういってリオンは古い手帳を取り出して見せた。
そこにびっしり書き込まれた内容を一瞥すると、村長はフン、と鼻をならした。
「そうかよ。俺はてっきりラング。オメェ美人の嫁さんに逃げられて、幼女趣味に走ったのかと思ったぜ」
「……まさか、そんな」
「まぁいいぜ。別に隠すことでもねぇしよ……ホレ」
村長はリオンに向けて手を出した。
「えっと、何か?」
「察しの悪い冒険者だな。金だよカネ。情報料寄こしなッてんだよ」
「ああ。失礼しました」
そう言ってリオンは懐から小さな袋を取り出して村長に渡した。
その中を見て、村長の顔が驚きに、そしてどこか下卑た笑みを浮かべる。
「ま、こんだけあれば十分だ。話してやるよ」
言って村長は、畑の端にある切株に腰かけた。
†
このキリの村が拓かれたのは、ざっと二百五十年とか三百年の昔って話だ。今も十分ショボい村だが、当時はもっと貧乏だったってよ。なんせ、森はもっとクブの街近くまで広がっていたらしいからな。
森では色々獲れるけどよ、やっぱ魔獣の住処だからな。
木を切り倒して株と根っこ取り除いて。縄張り荒らされた魔獣が来るし、矮鬼族どもが家畜攫っていくしで……あン?
畑ってのはそこらの地面耕して種撒けばそれでいいってワケじゃねぇんだよ。あ、なんだ金髪ガキ、その顔は?
そーなんだよ。大変なんだよ。ったくやってらんねぇ、死んだ親父が広げた畑の土作り、まだ終わってねぇんだよ。それで植えてもまともに育たねぇの!
ったく、クソッたれだ。
とにかく、領主の命令で拓くことになったはいいけど、散々な生活だったらしい……ってのはおっちんだ親父からタコができるくらい聞かされた話だ。
白い大蛇ってな、その頃からずっとこの辺りにいたらしい。
俺はよく知らねぇが……その、なんだ? 蛇の魔獣って、なんか他のと違うんだろ?
なんか余計なことしなけりゃ襲わねぇってらしいな?
白神様ってな、もっと山奥の方が縄張りみてぇなんだが、村人たちの作業を見守るように、度々近くまで降りてくるんだとよ。
いや知らねぇよ。蛇の気持ちなんてよ。
あいつらみたいに食った食われたの生活してる奴らは、人族さまが土いじりしてるのがヘンテコリンに見えたんじゃねえの?
まー、とにかく。この辺りを拓き始めの頃は、そんな感じだったらしい。
しばらくしてよ、まったくと言っていい程雨が降らない年があったんだと。
クソ暑い夏で作物枯れてしまって食うに困る有様だっつうからまじウケるよな。
もっと笑えるのが、ようやくまともに作物穫れるようになったからって開拓免税の期間が終わって直ぐだったんだとよ。
元々ギリギリの生活だったってのに税と飢えで貯えなんて――
あ? ねーよ。ないない。貴族の奴らがそんな、特別に免税してくれるなんてどこのお伽話だよ。キザヤだかユーフォーンだかと戦争してて金が無かったんだろ。あいつらいつも大体そんなだからよ。
で、とにかく食う物ねぇからよ。仕方なく森の中で食えるものとかを探すわけだ。
で、自分たちが食われるわけだ。
熟練の狩人でもねぇ、腹空かせてフラフラの百姓だぜ。魔獣の餌になりに行くようなもんだっつーな。
飢えて死ぬか、喰われて死ぬか。
税金納められなかったら戦争奴隷にされてたかも知んねーし。
笑えねーけどよ。実際そんな状況になったらもう笑うしかねーよな。
そんな時によ、旅の賢者ってのがやって来たらしい。そいつが村の酷い状況を見かねて、何とかしてくれるって申し出たんだと。
フツーの時なら胡散臭せーって相手にもしねえけど、その時の村人たちは追い詰められていたからな。藁にもすがるってこういう時の言葉だろ。
で、ホントにその賢者が何とかしてくれたんだとよ。
だよな、そんな顔になるよな。
けど証拠があるんだよ。ほれ、アレだよ。いやさっきお前ら見て来たんだろ、あの白い蛇の像だよ。
小難しいことはよくわからねぇけどよ。あの像と白神様が魔法的に結びついていて? この村のことが縄張りの一部だとか、俺たち人族が仲間だとか勘違いしているらしいぜ。いやだから知らねぇよ仕組みなんて。
とにかくだ。
あの像が出来て以来、キリ村の奴が森の中に入った時に魔獣に襲われると、白神さまが助けてくれるようになったって話よ。
いや間に合わないこともあったらしいけどな。だから今でも、あまり森には入るなって言われてるしよ。まーそれでもガキどもは入るんだけどな。
冒険者だったら知ってるだろ、魔獣の肉は食えるヤツもあるし売れるモノもある。白神さまが倒した魔獣を掻っ捌いて、それで飢えをしのいで税を払ってよ。
キリ村は今もこうして子孫繁栄――っていうほど栄えてもいねぇな。
ま、そんな感じの話だ。
それで俺たちゃ、白い大蛇のことを白神さまって呼んでるのさ。
ん? 賢者の名前?
さあな。伝わってねぇよ。




