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4-7 槍士、窺う




  †



「はあ、全く……」


 メイは冒険者ギルドの中にある、広い一室の壁に寄り掛かってため息をついていた。

 室内には三十人ばかりの冒険者たちがひしめきあっている。彼らの視線が向かう先は、先日ギルドで緊急依頼の演説をしていた執事見習いだ。

 彼の言によれば、新種の大蛇を追って北のフォグラン山地に向かう、その発見に全力を持って当たれ、依頼達成の暁には発見者として歴史に名が刻まれるとかなんとか。

 聞いている冒険者たちの大半はメイと同じような顔をしていた。この執事見習い、美辞麗句が多く、もったいぶった言い回しばかりで、結局何が言いたいのかわからないのだ。

 メイは早くも、違約金支払ってもこの仕事を降りたいと思うくらいうんざりとしていた。



 冒険者ギルドとは、つまりは人材派遣業者である。

 依頼人に対しては最適な冒険者を紹介する。 

 冒険者に対しては身の丈に合った依頼を提供する。


 それと同時に、依頼の内容を精査し、冒険者の安全と収入を保障する役目がある。


 例えばある荷物の運搬依頼があったとして、冒険者は無事にそれを成し遂げた。だが後日、その荷物の中身が違法な品であったことが発覚し、依頼人と受取人、そして運搬した冒険者が捕らえられたことがある。

 この時冒険者ギルドは依頼にある運搬する荷物の内容を依頼人が虚偽報告していたことを証明し、冒険者たちは無罪となった。

 また、依頼を達成したのに報酬の支払いを渋る依頼人もいる。そういったセコい依頼人に対して政治力や時に暴力を発揮し、報酬を取り立てるのも仕事だ。

 あるいは逆に、いい加減な冒険者が依頼を放棄した場合に罰を与え、代わりの冒険者を派遣するのもギルドの役目である。

 こうして冒険者と依頼人の間に立ち、両者の仲立ちを行うのが冒険者ギルドの主な業務となる。そしてその仲介手数料が、ギルドの収入となる訳だ。


 しかし一方で、ギルドの仲介を経ずに冒険者が直接依頼人から仕事を受けることがある。依頼人と元々知り合いだったり、別の誰かに紹介されたりして、だ。

 この場合仲介手数料がないので、互いに相場より得をすることになるが、双方とも前述の仕事に対する保障が無いというリスクも存在する。

 このようなギルドの仲介を経ない依頼のことを、通称『板外依頼』という。仕事の依頼掲示板の外にあることからそう呼ばれるようになったこの依頼形式。

 貴族や大商会に専属で雇われたりすることもあるので、板外依頼は別に冒険者ギルドの規約違反とはされていない。

 ラングに雇われているリオンたちやメイも、板外依頼の真っ最中ということになる。


 そして――


(板外依頼も多重請負もギルドの規約違反じゃないけど、他の依頼を邪魔する目的の『阻害依頼(、、、、)』は明確な規約違反なのよねぇ……)


 例えば領主による緊急依頼に参加し、新種魔獣の山狩りを手伝う――ふりをして邪魔するよう請け負っている現在のメイなど、その『阻害依頼』の典型例だ。

 内容によっては罰金どころかギルド除名からの告訴まで。逃げれば賞金首指定。専門家(賞金稼ぎ)の怖いお兄さんお姉さんたちがやって来て、命懸けのかくれんぼをすることになる。


(今回は緊急依頼(領主さま絡み)を邪魔するんだから、下手すりゃ吊るされるまであるかなぁ。上手くやれば露見はしない? けど危険には変わらない。さて、どうしたものやらねぇ)


 メイ自身は、ラング一家に対し泊めてもらった以上の恩は無い。いや、それだってリオンが宿泊費(対価)を支払ったのだから恩というのもおかしい。

 ゆえにこの阻害依頼、明確なギルドの規定違反行為に加担する理由はなかった。むしろラングの依頼を引き受けたリオン達を叱りつけるのが先輩冒険者ってものだろう。

 なんならギルドに登録する者として、阻害依頼の存在を報告する義務まで存在する。


(さすがにそこまではしないにしても、あたしゃリオンとちょっとばかり縁のあるだけの他人なんだから。一抜けた、であとは知らぬ存ぜぬを通せばいいものを)


 だが、メイはギルドに報告はせず、リオン達から離れることもしなかった。

 それどころかこうして、状況を良く知らないという体でギルドに到着報告を入れて、緊急依頼参加義務に当てはまると無理やり事前打ち合わせ(ミーティング)に送り込まれた、というフリまでしている。

 それはつまり、ラングの要請に基づいてリオンたちの手伝いを――領主の意向に盾突くことを選んだ、ということだ。


(それもこれも、セレネのせいだ……!!)


 脳裏に浮かぶのは朝食の席。

 ラングとリオンの会話に思いっきり顔をしかめたメイに、寝惚け眼のセレネが寄って来て一言、囁いたからだった。


――この件手伝ってくれたら、王都トウヅで探し人に会えるようにしてあげる。


 それだけ言い残すとセレネは欠伸を噛み殺しながら寝室へと引き上げて行った。ちらりとメイを見たその横顔に浮かぶ、薄い笑み。


(絶対に断れないと知った上でのあの取引。悪魔かあの子は)


 天真爛漫を絵にかいたようなソーラヴルに対し、セレネルーアのあの笑み。

 話したことも無い『探し人』については――ソーオの街の騒動でセレネが発揮した力によって知ったのだろう。

 どこまで見通しているかわからないが、だからこそ、


(まったく。底知れないというか、得体が知れないというか)


 そもそも気が付けば、五歳分くらい成長している娘だ。

 得体が知れないのは元々だったか――本質は善性なのだろうと、短い付き合いながらもそれ位の事はメイも分かっている。

 だが善性であることと裏表がないことは、同じではない。


(……あの娘たち、そのうちリオンの手に負えないことになりそうだねぇ)


 そんなことを考えて苦笑すると、隣に人の気配を感じた。

 ちらりと見れば、年若い青年が書類を片手にメイを見ている。


「ええと。あんたが3級冒険者のメイ・オズさん? 急遽依頼に参加してくれた……」

「ああ。アタシがメイだけど……あんたは?」

「どーも初めまして。トウヅ戦王国第二戦団から出向してますバードナーっす」


 差し出された手をメイは握り返した。

 若く細い印象の青年だが、その手には剣ダコが出来ている。格好もところどころほつれの入った騎士服。足元のブーツはくたびれていて――弱っちそうな外見に対し、結構できそうだね、とメイは値踏みする。

 バードナーはその視線を受けてなお、ふ、と笑みを浮かべた。


「アタシになんか用かい?」

「用と言いますか――今回の山狩りで、チームリーダー引き受けてくれそうな人に声をかけて回ってるんスよ。メイさんのような、経験豊富な人に」

「買いかぶりじゃないかい」

「そんなことないしょ。3級冒険者って実力の無い人じゃ無理ッスよ」

「そーかねぇ。我武者羅にやってただけで、アタシ自身はとっくに自分の実力なんて見限ってたけどね」

「あーそれ他の人に言っちゃダメっすよ? 3級なれない人の方が多いんスから」


 それよりも、とバードナーは本題に戻った。


「今回の件、まぁ色々としがらみが絡んで面倒なんスよ」


 視線でバードナーは、未だに演説紛いの説明をしている執事見習いとその後ろにいる衛兵たちをさした。そして少し離れた場所に、バードナーと同じ騎士服を着た一団。


「冒険者たち、領主の私兵、俺たち戦団。一応目的が一緒ってことで協力しようってことになってるスけどね。質の違う集団がみっつもあるんじゃ……ね」


 バードナーは言わなかったが、冒険者たちは別に同じ目的のために動いているのではない。強制性のある緊急依頼だから仕方なく。もっと言えば冒険者をやってること自体、金の為だ。


「まぁ、噛み合わないだろうねぇ」

「冒険者たちは特に、基本自己流スからねー。そこで上級冒険者の何人かで手綱を取ってもらえればラクだなーって」


 具体的には冒険者たちを十人ごと四つのチームにわけて、その一つのリーダーとしてメイを指名しているわけだ。

 メイの脳裏に打算がよぎる。

 冒険者たちを上手く誘導できれば、『仕事』も捗るだろうか。


「報酬に手当を付けてくれたら」

「助かるッス。じゃ、後でまたオナシャス」


 バードナーは微笑むと、また別の冒険者の元へと向かって行った。

 その後ろ姿を眺めながら、メイはバードナーの視線を思い出す。

 戦団からの出向と言いながら冒険者たちを編成しておこうとする行動。みっつの集団という表現。


「領主に対して不満アリアリかねぇ」


 何かに使えるかもね、とメイは思った。







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