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4-6 農民、懇願する



  †



「山狩り?」


 ソーラヴルの言葉に、メイは「だ、そうだよ」と答えた。

 夕刻――メイはクブの街での買い出しに行ったついでに、冒険者ギルドで見聞きしたことを、ラングの家のテーブルを囲んでくつろいでいたリオン達に説明しているところだった。

 なおリオンたちが街に出なかったのは、先日の騒動の影響を懸念してのことだ。直接関わっていないメイなら大丈夫だろう、というわけである。


「冒険者緊急招集してまで狩り出さなきゃいけないほど危険な魔獣が、街の近くに出たってことか。そりゃヤバイな」

大暴走(スタンピード)かもよ、パパ」


 冒険者の緊急招集はその街のギルド長か領主にしか許されない権限だ。

 この場合、クブの街が壊滅する規模の被害と思われる魔獣災害を事前に食い止めるという名目になるだろうか。

 例えば――S級の冒険者パーティ複数でないと討伐できない超危険指定の魔獣が出たか。 

 あるいは数千規模の魔獣の大暴走(スタンピード)の予兆が確認されたか。


「どっちにしても今頃クブの街は大騒ぎだろうな。商人たちは我先に街を出てるんじゃないのか?」


 流通の起点であるクブの街が災害規模の魔獣に襲われるとなれば、大混乱となることは簡単に予想できることだった。


「いんや、それがねぇ」


 とメイが肩をすくめる。


「街は至って平穏――ってあの街は喧騒で溢れてるのが当たり前だけど――いつも通りだったよ」

「なぜ? 商人たちが緊急招集の情報を知らないハズがない。例え緘口令を敷いても絶対にどこからか漏れる。ギルド内で演説したっていうならなおさら」


 キッチンで料理を作っているセレネルーアが首を傾げた。その傍らでリングが、興味深そうに手元を覗き込んでいる。お喋りしていてもセレネの包丁さばきは全くブレない。


「それがね、狩り出したいのが一匹の大蛇だからだっていうのさ」

「大蛇?」

「大蛇、ねえ」

「種別にもよるが……いや、種類さえ分かっているなら緊急招集までは必要ないだろ」


 大蛇系の魔獣は、その種別によって対応が大きく変わる。

 縄張りを侵すと怒るとか、矮鬼族(ゴブリン)の肉に固執するといったその種別ごとにいわゆる『地雷』が存在する。

 その地雷を踏み抜けば延々と執着されてどこまでも追われる面倒があるが、一方でその種別さえ事前に分かっていれば回避できるし、逆手を取って罠を仕掛けるのも容易だ。


「それに大蛇系の魔獣は殆ど群れない。精々番いで住んでいるくらいで、もっと小型なら未だしも大型種で群生することはないんだ」

「父さん、その心は?」

「大蛇系には縄張り内に別の魔獣――この場合人族でも良いけど――が何十も入り込むことに怒る奴もいるんだよ。だから探索専門の少人数で巣と種族を特定して、それから対応すればいい」


 大型の大蛇がとぐろを巻くと、この家と同じくらいの大きさになるものもいる。

 だが群れないので単体を相手と考えれば、冒険者パーティB級ひとつで十分だろう。余裕をみるとしても二チームで十分だ。


「じゃあなんで、冒険者の緊急招集なんてやるんだろ」


 ソーラが首を傾げる。肩にとまっているホルスも一緒に首を傾げた。

 緊急招集の報酬は雀の涙とはいえ、何百人も動員すれば馬鹿にできない金額になる。

 それだったら少数精鋭に支払う方がずっと安く済む。


「バカげた話さ。なんでも、その大蛇が新種じゃないかって言われてるからさ」

 

 メイが肩をすくめる。


「使いの男は、新種の魔獣が街に及ぼす影響が~、なんて言っていたけど。まぁ誰だってまともに相手はしてなかったけどね。それでも緊急招集は義務だから、探索技能持ちは嫌々参加させられることになってたけど」


 熟達(ベテラン)冒険者のメイも、そしてリオンも初歩的な探索技能は持っている。だから本来は参加義務があるが、まだクブの街のギルドに登録していないので対象外だ。


「新種の魔獣だったら、尚更慎重に行くべきだよな。刺激すること自体が良くない」

「ソレさ。アタシもそこが気になったから、ちょっと調べてみたんだよ。そしたらわかったよ、クブの領主のエイブラハム侯爵、珍品蒐集家(コレクター)だって話だったよね」

「それがどうしたんだ?」

「今はね、魔獣の剥製にお熱らしいよ」


 それを聞いて、リング以外の全員が嫌そうな顔をした。


「商人たちの間じゃ割と有名な話らしいよ。で、当然矮鬼族(ゴブリン)豚鬼族(オーク)なんかそこらへんにゴロゴロいるから珍しくもないし満足できない。蒐集家としてはもっと珍しいものを、誰も見たことのないものを、ってさ」

「それで新種の大蛇を探すの? 緊急招集使ってまで? わからないなァ」

「ソーラ。趣味に生きる人は、こだわりをどうしても捨てられないもの」

「そうなのセレネ?」

「私もハティ以外の枕だと寝つきが悪い。姿勢にも凄くこだわる」

「!?」

「……なにからつっこめばいいのかわからないけど、とりあえず枕扱いされてるハティに謝るべきじゃないかなー、って。ほらハティ凄い顔してるし」


 セレネはハティを見ると、グッと親指を立てて見せた。リングも親指を立ててみせる。

 

「それで、新種の大蛇か? 本当に居るのか?」

「さあ。流石にアタシにゃわからないさ。なんでも全身が白で、青い目をしてるんだとか」

「……な!?」


 ガタガタッとけたたましい音がする。

 黙って話を聞いていたラングが驚き立ち上がって椅子が倒れた音だった。


「め、目の青い、白の大蛇……ほんとうにそう言ったのですか!?」

「あ、ああ。そうだ、それで間違いないよ。……どうしたんだい、ラング?」


 問われてラングは二、三度何か言おうとして――口を閉じる。

 ちらりとリングを見て数秒の逡巡のあと、ラングは言った。


「白神さま、と私たちは呼んでます。この村を、魔獣から守ってくれる山の守り神さまです」


  


  †



 クブの街に限らず、大きな都市の周囲にはいくつもの農村がある場合が多い。

旅程の都合上日中に街までたどり着けなかった場合の宿場町、街に大荷物を運び入れることができない時の倉庫と商談所代わり。あるいは街の人口を支える食糧庫として。

 一方で村の方も恩恵がある。

 貴族には領地守護が義務であるため騎士団を持っている場合が殆どだし、冒険者ギルドから冒険者を呼ぶのも容易だ。

 ラングの住む村もまた、そういったクブの街に食料を供給する農村の一つだ。あえて特徴を上げるとすれば、大陸の中央を縦断する蒼天連峰の端っこを形成する、フォグラン山地の麓に位置しているというところか。


「守り神、か。この村に来てから違和感があったんだけど、そうか。魔獣対策の防壁や堀が無いんだな、この村は」

「その通りです」


 翌日、畑仕事に出たラングとその手伝いのリオンは、森の方を見ながら言葉を交わしていた。

 ラングの家は村の更に外れの方にある。一番端の畑、畦の直ぐ向こうには鬱蒼と生い茂る森があった。フォグラン山地の入口である。


「普通、こんな森の傍まで畑を拓かないし、ある程度距離を置いた上で高い壁を設けるものだがな。それがない」

「子どもの頃はそれが当たり前と思っていましたよ。白神さまのお陰です」


 額の汗を拭ってラングが笑う。

 村の守り神である白い大蛇の魔獣――白神さまが、この村に近づく他の魔獣を排除してくれるからだ。だから高い壁も深い堀も必要ないし、森の恵みを獲りに森に入ることもできる。その際の格好も、他所の地域を知ってるリオンにしてみれば恐ろしく軽装だ。


「それでも子どもはあまり森には入るなって大人たちは言います。でも子どもって、大体親の言いつけを破るものじゃないですか」

「まぁ、そうだな」


 二人の子どもを育てているリオンは苦笑する。

 そこらの森に入った程度でどうこうなるようなヤワな娘たちではない――むしろ森の方がどうこうなりそうで、そっち側が心配なくらいだ。


「それで度胸試しで森に入って、迷子になっちゃう」

「普通なら魔獣の餌になってお終いだな」

「ええ。でも――白神さまが助けてくれますから」

「……経験者は語るってかい?」

「ええ、まあ」


 ラングは無言で肩を竦めた。

 となると、とリオンは考える。ラングの言葉が事実であれば、その白神さまという大蛇はそういう(、、、、)性質――村と村人たちを護る、つまりは村全体を一種の縄張りとみなしている――を持っている、ということだろうか。

 あるいは別の理由がある?

 それとも……?

 いずれにせよ、大多数の冒険者で山狩りっていうのが白神さまを刺激することになりかねないという結論には相違ないな、とリオンは鍬を振り下ろしながら考える。


「リングくんも森の中に入っていくのかい?」


 だからその質問は、別に深い意図があった訳ではなかった。

 思考の端っこでぼんやりと浮かんだ、話の繋ぎにと水を向けただけだった。

 だがラングは答えるのに、少し間を置いた。


「……いえ、あの子は、大人しい子ですから。村の他の子どもとも殆どい遊びませんし……いいつけを破って森に入ったことはないと思います」


 その言い淀むような言い方に、引っかかりを覚えたが。

 誰だって口にはしたくないことがあるものだ。それをわざわざ暴き立てる必要もないだろう。

 

「そっか。良い子だな、リングくん」

「ええ。わたしには勿体ないような……」


 それから少し、二人は無言で鍬を振るい、土を耕していた。

 そして、


「あの、リオンさん。ちょっと尋ねても」

「俺が答えることができることなら」

「その……冒険者の方を……いえ、リオンさんたちのことを雇うとしたら、一体どれくらいのお金がいるものなのでしょう」

「雇うって、そりゃ内容によるとしか」


 意表を突かれた言葉に、リオンがラングの顔を見た。

 そのラングは口をぐっと結んで、土の上に膝をついた。


「お、おいおい。どうした、突然」

「リオンさんたちのお力で、冒険者の山狩りから、白神さまを逃がしてあげることはできないでしょうか!?」


 どうかお願いします、とラングは懇願した。




ここまでお読みいただきましてどうもありがとうございます。




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