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4-5 槍士、確認する


 

  †



 農家の朝は早い。

 どんな土地でもそれは変わらない。

 日が昇ると同時に起き出し、朝ご飯の用意よりも早く家畜や畑の世話をしないといけない。農作物によっては、朝露が消える前に収穫しないと味が落ちるものもあるくらいだ。

 そんな朝イチに収穫した野菜を籠一杯に抱えたソーラヴルとラングが畑の畦道を歩く。


「お手伝い頂いて助かります、ソーラさん。お陰で早く済みました」


 早起きに自信のあったラングだったが、外に出たら既に起きて身体を動かしていたソーラに見つかってしまった。それで農作業の手伝いを断り切れず、こうなったのだ。


「いえいえー。これも一宿一飯の恩義って奴ですよ」

「恩を返すのに家に泊めたのに、これじゃ何時まで経っても返済できないですねぇ」


 なんて笑い合いながら、ラングとソーラは家へと戻って来た。


「たっだいまー!」


 納屋に野菜を置いて、扉を開けると勢いよく飛び込んでくる塊があった。 


「うおっと」


 ぼすっ、と音を立てて、ソーラが受け止めたのはリングである。


「あっはは。リングくんは朝から元気だねぇ」


 頬っぺたをぐりぐりむにむにしてあげるとリングは嬉しそうにソーラの足に纏わりついた。それを見るラングがリングをたしなめる。


「おいリング、ソーラさんが困ってるだろう。あんまりふざけないぞ?」

「いいですよラングさん。あたし子ども好きだから……ぎゃあ、顔はやめれー」


 よじ登られてるソーラが朗らかに笑う。朝日に輝く奇麗な金髪がぐしゃぐしゃになるのも構わず。

 子ども好きってのもそうだろうけど、子どもに好かれるだろうなぁ。

 ラングはそう思いながらもソーラからリングをひっぺがし、小脇に抱えて家の中へと入っていく。

 頑丈なだけが取り柄のような、古い家だ。

 キッチンとトイレを除けば二部屋しかない家に、今は大人子ども合わせて六人と狼と隼がいる。

 銀髪の少女の方はまだ起きてきていないが、普段親子二人だけの生活なだけに、あまりの賑やかさ。リングが朝から興奮するのも仕方がないだろう。

 キッチンには、メイとリオンが並んで食事を作っているところだった。


「勝手にキッチン借りて済まないさね。朝飯、作らせてもらってるよ」

「いえ、それは構わないのですが。恩人にそこまでしてもらうわけには」

「食材はコイツ持ちだから。……ほら、サニーサイドアップ(目玉焼き)のベーコン焦げてんゾ」

「我が家はこれくらいなんですぅ~いや蹴ンなよ! 的確に膝裏を狙うな!」


 スープをかき混ぜながらメイが微笑む。

 リオンの手元には、ベーコンと卵が香ばしい香りを立てて焼けていた。

 テーブルの上にはチーズとマヨネーズのかかったサラダ。ほかほかと焼きたての様に湯気を立てているパンが山積みになっている(一体いつ焼いたのだろう?)。

 昨晩もこっちが持て成す側だというのにリオン達は全く気にせず、魔獣食材を惜しげもなく使った料理を振舞ってくれた。さほど裕福ではない――というか貧しいラングたちにとって、一生口にできることも無いはずの食材だ。

 ほんとうに、恩を返すことが出来なくなってしまう。


「よしリング。お客さんに働かせてないで、私たちも手伝うぞ」

「……!」

「よーしリングくん、お皿を人数分出してくれるかい?」

「……!」


 とても賑やかな朝食のあと、リオンたちとラングは話し合い――というか一方的に押し付けるような形で、食材の提供を条件に数日の宿泊を決定した。

 ラングが固辞したのでお金ではなく、現物支給ということになったのだ。

 そしてテーブルに積まれる、魔獣の肉やダンジョンの奥でないと手に入らないような果物の数々。倍の重さの金貨でも購いきれない価値があるというのに、リオンは全く頓着しなかった。


「量が多すぎます! 二人じゃこんな食べきれませんって!」

「んんそうかい? でも魔獣の肉って腐れにくいからな。このまま置いていても一年くらい保つよ」

「でも邪魔だよパパ。虫も寄ってくるし」

「そうだな。じゃあ収納用ってことで使っていない魔法鞄を特別にお付けして、なんとお値段宿泊四日分! 今だけのご奉仕価格でのご提供です!!」

「まあお得!」

「ご奉仕が過ぎます! 私が一方的に得し過ぎですよ!」

「……?」


 よくわからない、とリングが首を傾げていたとかなんとか。

 なおセレネは体が大きくなっても、変らずハティを枕に昼近くまで寝ていた。




  †



 冒険者の癖は深い。

 そんな言葉がある。


 お守りやジンクスを大切にするとか。丸腰だと落ち着かないとか。つい無意識に獣道の有無を調べてしまうとか。道端に薬草が生えていたら採取してしまうとか。

 たとえ引退しても身に付いた習性は中々忘れがたいものである。命懸けの稼業であるならば尚更――あるいは逆に、そんな小さな癖を持つ者だけが生き延びているのかも。

 そんな業の深い冒険者たちであるが、殆ど共通するのが、冒険者組合(ギルド)で定期的に依頼を確認しないと落ち着かない、という癖だ。

 ギルドにはいつどんな依頼がやってくるのかわからない。それは自分たちのパーティに上手くハマるものであるかも知れない。

 そして自分が依頼掲示板のチェックをサボった時に限って、その『美味しい』依頼を受けることができなかった、というのは冒険者だったら一度は経験する失敗だ。

 休養日明けのだらけたい日の朝一番に、それでもギルドに顔を出す。

 それができる奴が、その業界で生きていけるというのは変わらないことかも知れない。

 なのでメイは、上級冒険者になっても大きな街にいると、どうしても毎朝ギルドの依頼掲示板を調べないではいられない。


「こればっかりはねぇ」


 リオンの昔をからかうメイだったが、メイ自身も駆け出しだった時期はある。

 当然アレコレと失敗もしたし、手痛い思いをしたことも一度や二度じゃない。

 実入りの良い仕事を熟したあと遊び呆けて素寒貧になった時、しばらく運悪く手頃な仕事が無くて困ったことがあった。


「あんときゃ、アイツが背伸びした仕事を受けて、どうにか命からがら依頼を達成させたんだっけか……」


 仕事をしなきゃ飢えて緩慢に死ぬかもしれず、仕事をしたら手強い魔獣相手に食われて死ぬかもしれないという、実に嫌な二択だ。それに懲りて仕事はマメにそして手堅いものを受けるようになった。

 人間、誰しも痛い目を見て学ぶものである。


「あれからもう何年だっけ? 今でこそ笑い話――と、と?」


 ごった返すクブの街の通りを抜けて、ギルドの建物に入ったメイは、そこで、ちりっとした感覚を覚えた。

 違和感?

 何か――嫌な、予感とも不安とも言えない感覚が漂っている。

 それが何かはまだ汲み取れないがこの感覚は無視しない方がよさそうだ、とベテラン冒険者の勘が囁いている。

 甘い話の予感は疑え。

 嫌な感じの予感は従え――命が惜しければ。

 これもまた冒険者の間でよく言われる言葉だ。

 マントのフードを被るとメイはすうっ、と気配を殺し、建物内の端へと寄る。

 ギルドの受付カウンター前、いわゆるホールの場にはメイと同じく依頼を探してギルドへとやって来た冒険者たち。そしてカウンターには受付嬢、ギルド職員。

 そして違和感の正体――


「もう一度繰り返そう。諸君ら、上級冒険者たちに緊急依頼を出したいのだ! 依頼人はクブの街の領主であるエイブラム侯爵――!!」


 声を張り上げているのは貴族に仕える執事服の男である。見習いだろうか、まだ若い。

 その言葉を聞いて、メイは「んげっ」と変な声を出してしまった。近くにいた新人冒険者が反応してメイの方を見るが、|メイのことを見つけることが出来ず《、、、、、、、、、、、、、、、、》首を傾げていた。


(領主の緊急依頼なんて最悪さね。絶対受けたくない)


 緊急依頼は、その通り冒険者に対して急遽発動される依頼である。

 例えば災害や火災で多くの被害者が出た時。例えば魔獣の大群が街を襲おうとしている時。

 とにかく街そのものが危機に瀕している時、該当する技能を持つ冒険者たちを、ギルド長あるいは領主権限で強制的に従わせるための依頼だ。

 逆に言えば緊急事態にしか使用してはならない権限ともいえる。

 しかし、一方で、貴族というのは往々にして腐敗し、公私混同をする生き物でもある。権力を握っているならば尚更、公と私の境目が曖昧で、その違いを理解していないことがある。

 その類の腐敗貴族が緊急依頼を出すとなれば、大抵において下らなく、そして意味がなく、非常に疲れるばかりで、しかも依頼達成報酬が安い、となる。

 腐敗貴族にとって、冒険者とは平民の一種であるとしか分類できない。

 そして平民は貴族の支配下にある存在。

 つまり冒険者をタダ同然でコキ使っても全く問題なし!

 こういう思考経路で、冒険者たちに苦労を強いるらしい。

 

(まだこの街のギルドに到着の届け出してなくって良かった……)


 根拠地を変更したり一定期間離れたりする場合、冒険者は根拠地と出先のギルドにその旨の届け出を出さなければならない。

 ギルド側が所属冒険者を正確に把握するためだ。

 冒険者たちもそれをしなければ、その街のギルド仲介の仕事を受けることができない。

 というのも、人材派遣とその仲介業である冒険者ギルドが、受ける仕事の違法性吟味や依頼料の保証をするためであり、紹介する冒険者の依頼遂行能力を保証するために必要な措置である。

 そして緊急事態で必要な能力を持つ人材を必要なだけ動員するためにも、一時滞在とはいえ、この届出を提出しないわけにはいかないのである。

 とはいえ、それはあくまで建前の話。

 届け出を出さないわけにはいかないが、出せない状況にあることは、往々にして起こり得ることだ。街に辿り着いたは良いが、体調を崩してるとか怪我しているとか。あるいは旅程を突然変更して、街に滞在するはずがそれが出来なくなってしまったとか。衛兵とひと悶着起してしまった時なんかは特にそうだ。絶対にそうだ。

 そういった場合にはしかたない。状況が変わったのだ、臨機応変に行かねばならぬ。

 昨日の騒動でそれが出来なかったメイとリオン親子は、現時点でこの街のギルドに所属しておらず、故にギルドを通して依頼を受けることはできず、そして緊急依頼を受ける義務はない。

 そしてメイもしばらくの間は届け出だす気が無くなっていた。

 

(だけど内容だけは確認しておこうか。嫌な予感がするさね)


 そうしてメイはしばらく、執事見習いの言葉を聞いていたが……あまりに酷い内容に、深々とため息をついたのだった。





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