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4-4 少年、自慢する



  †




「リングを助けてくれて、どうもありがとうございます」


 ラングと名乗った男は、一同に向かって頭を下げた。

 騒ぎを起こした場所に留まる訳にはいかないので、移動中の馬車の中である。別の門を通ってクブの街を出たところだ。

 問題なく通り抜けることができたあたり、あの『後始末』は上手くいったようだ。よっぽど街の住民たちに衛兵たちの行動は嫌われているらしい。


「農作物を納めに来たところ、息子(リング)がどこかに行ってしまって……皆さんが居なかったら大変なことになるところでした」

「…………!」


 ラングにならって、ぐっと頭を下げるリング少年である。

 その首元にかけている小さな革袋が揺れる。


「ま、それ位の子どもがじっとしてろってのは無理な話だからな。大事にならずに良かったよ」


 わっはっは、と笑うリオンだが、衛兵二人をノシたのは本来、大事の範囲に入る。

 それを聞いてソーラヴルとセレネルーアは声を潜めた。


「衛兵二人をノシておいて、大事じゃないは通らない」

「だよね。パパってちょっと世間ズレしてるところあるよね」

「娘の私たちがしっかりしなければ」


 その会話を聞いていた眷属のハティとホルスが顔を見合わせ驚愕した。

 ご主人様たちは、自分が世間ズレしていないつもりだったのか、と。そもそも今回だってリオンを置いて騒ぎの渦中に飛び込んで行ったのはご主人様たちであることを棚に上げている。

 そんな眷属たちのやりとりはさて置き、リオンとラングである。


「領主の手下に、何か見られたんですかね」

「ご存知でしたかリオンさん。亡くなられた先代領主さまは良い方だったのですが、跡を継いだエイブラハムは……その、まぁ、ご存知の通りです。先代の家臣をそのまま引き継いでいますから、統治に問題は無いんですが」

農民(ラング)さんがそこまでいうんなら、街の人たちは相当鬱憤が溜まってるんでしょうね」


 言葉を濁したラングに、リオンは苦笑する。

 一介の農民が侯爵批判したなどと知られれば、その首が物理的に飛ぶことだってあり得る。そうと知ってちょっと知り合ったばかりのリオンに愚痴を漏らすのだから、ラング自身にも溜まったものがあるのだろう。

 そう思えばエイブラハム侯爵の収集癖について教えてくれたおばちゃんも、鬱憤が溜まってしかたなかったのだろう。


「しかし、こんな小さな子どもが持っているものまで奪おうとするなど、侯爵の蒐集癖は見境がないな」

「あくまで噂ですが、王宮で大きな顔をしたいのだとか。権力闘争という奴ですか? 

その為になりふり構わず金をばら撒いているのだそうです」

「だからって街の人から奪うか、普通……。この街だったらほっといても税収とんでもない額になるだろ」

「それでも足りないんでしょうね、信じられない話です」


 ラングは肩をすくめた。


「しがない農夫の私には想像もできません。私はただ畑を耕し、野菜を育てるだけです」


 あとは、と傍らに座るリングの肩に手を置く。


「この子が無事に育ってくれれば、他には何も」

「…………!」


 照れたリングが、恥ずかしそうに顔を掻く。

 そして首に下げた革袋をリオンに向けて突き出した。


「…………!」

「どうした、リングくん?」

「あっ、こら! リング、街では出すなって言っただろ!」


 それは多分、小さな子どもが自分の宝物を見せびらかしたかっただけのことだろう。そしてちょっと「おお、スゴいね」と言って貰いたかった、それくらいのことだ。

 だがその革袋から出てきたのは、青い大きな宝石――いや、いっそ宝玉というべきか。リングの握り拳くらいの大きさである。


「これは……こいつをどう思う、セレネ?」

「すごく……大きいです」

「なんで敬語なの、セレネ」

「いやなんとなくそうしなきゃって、謎の使命感が」


 リオンが受け取った青い宝玉を、左右から覗き込むソーラとセレネ。軽口を交わしているが、その目は宝玉に釘付けだ。


「これは凄いな。とても奇麗だ」


 リオンが褒めると、リングはとても嬉しそうな顔をしてみせた。


「けどこんなすごいものを、こんな簡単に他の人に見せちゃ駄目だよ。宝物なんだろ? 大事に閉まっておかないと」


 リオンが宝玉を返しながら言うと、リングは頷いて革袋に仕舞いなおす。


「母親の形見なんです」


 ラングがぽつりとこぼす。


「その子に遺してくれたのはそれだけで……リングは、いつもそれを眺めて過ごすんです。街でもきっと、家でするように眺めていて」

「そこを巡回中の衛兵に見られたか」

「おそらく」

「お母さんの形見か。だったら尚更、知らない人に見せたりしたら駄目だよ。世の中には悪い人もたくさんいるんだ、俺はちゃんと返したけど、そのまま持って行こうとする人もいるし、盗む奴も、さっきのみたいに奪おうとするやつもいるんだから。無くしたくないだろ」

「…………!!」


 リオンの言葉に、リングは強く頷いた。


「……おーい、ラングさん。アンタの家ってのはアレでいいかいね?」


 馭者台から幌をめくったメイが、ラングに尋ねた。

 街中で騒動を起こしたので、そのまま宿に泊まるのではなく一度外に出た方がよい、ということになって、郊外に住むラングが一夜の宿を申し出てくれたのである。

 

「えっ、はい。今そっちに行きますね……」


 馭者台に移動するラング。

 残されたリングがリオンに、ニッ、と笑みを見せた。

 リオンもそれに応えて、拳を突き出すと、少年もまた拳を伸ばして、コツンとぶつけ合うのだった。



  †

 



 夕暮れのクブの街角を、意気消沈した顔で歩く二人の男がいた。リング少年にちょっかいをかけた、二人の衛兵である。


「おい、生ゴミ臭えぞ近くに寄るな」

「そりゃおめーもだろが」


 二人の少女に反抗的な態度をとられていた――そこまでは覚えている。

 だが彼らが次に意識を取り戻した時、生ゴミがたっぷり詰まったゴミ箱の中だった。

 何故か気絶した彼らを、誰かがそこに運んで放り込んだらしい。しかもご丁寧なことに財布の中身が消えていた。

 幸いにも衛兵の備品である軽鎧や剣は手つかずだったが、これらまで失っていたらさすがにクビになっていたところだ。


「くそっ! あのガキ、次に見かけたら絶対ぶっ殺してやらあ!」

 

 片方の男が苛立ち紛れに転がっていた木桶を蹴飛ばした。

 大きな音を立てて飛んで行った桶は、丁度良い具合に転がりだし、偶然にも誰にもぶつかることなく通りへと飛び込み――


「おい、一体何事だ!? ……おい、おまえたち!? どうしたんだその恰好は!?」


 街の視察(という名目の、珍品カツアゲ)をしていた領主一行の前へと転がり出てしまった。護衛の一人がそれを見とがめ、ゴミまみれの衛兵を見つけたのである。

 逃げるに逃げられず、衛兵たちは領主の護衛の前へとやってくる。


「えっと、その……これは」


 だが、馬鹿正直に事情を話すわけにもいかない。

 住民からモノを奪うのは、一部の不良衛兵がやってるれっきとした犯罪だ。当然快く思っていない者も多いのである。

 どうにか誤魔化せやしないかと無い知恵を絞っていた時、馬に乗っていた領主のエイブラハムが苛立った声を上げる。


「何をしておるのだ、さっさと館へと戻るぞ。儂は早くコレクションに囲まれて過ごしたいのだ。取引の準備もあるというのに、無駄なことをしてる暇はないのだ」

 

 その胸元で、夕日に煌く青い宝玉――


「あっ、その青い宝石は……」

 

 衛兵の男が、そう口走った。


「なに? この宝玉がどうかしたのか?」

「いえ……その、さきほど、よく似た物を見たものですから」

「なんだと? その話詳しく聞かせ――うっ、臭い!」


 エイブラハムは鼻を摘まんで顔をしかめた。彼はこの街の支配者である貴族だ。生ごみの匂いなど、滅多に嗅ぐこともない。


「貴様ら、その臭い匂いをどうにかしろ! そのあと館まで来い。できるだけ早くだ!」


 怒鳴りつけるエイブラハムと、平伏する衛兵たち。

 この夜、水浴びをした衛兵二人は館へと赴き、昼間あった出来事をエイブラハムに伝え、褒美として無くした財布の中身と同じくらいの金を領主から受け取ることになる。


「……この宝玉によく似た物。まさかもう一つある? その少年とやら……あのガキか? だがあんな貧農の家に、こんな逸品がまだあるとも思えんが……」


 自慢のコレクションに囲まれた部屋で、エイブラハムは酒を飲みながらそう思考を巡らせるのだった。








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