4-3 金の少女、飛び出す
†
浜辺のカニナベから二日後。
竜神内海沿いに伸びる街道を進んだリオン達一行は、クブの街へと辿り着いた。
「ふぉぉ……パパ、おっきな街だねぇ!」
「人がいっぱい」
宿を探して大通りを進む一行だったが、馭者台に顔を出す金と銀の少女は興味津々を隠せない様子で当たりを見回していた。おのぼりさん丸出しの態度に、リオンは笑みを浮かべて説明する。
「クブの街は大陸有数の交易都市だからな」
「そうなんだ」
「前もちょっと説明したが、竜神内海の沿岸最北部であるこの街は、大陸南部の街道が幾つも集合する場所なんだよ」
大陸中央に広がる、峻厳なる蒼天連峰。
多くの魔獣が跋扈する危険地域であり、その周囲の山間部には排他的な森羅族の集落がある。つまり、一般的に、大陸の東西と南北をそれぞれ直結する道は存在しないのである。
結果、大陸東西の交易は南北を経由するしかなく、南北の交易は東西を経由するしかない。つまり、大陸全土を一周する巨大な環状街道になっているのである。クブは、その環状街道の最南部だ。
ユーフォーンから、あるいはキザヤから。もっと北部のドラナルゾ、フレンダールといった各地からの産物が運ばれてくる。
あるいは逆に、トウヅ戦王国各地の物資は一度このクブへと集められる。
そうして毎日多くの物資がこの地へと集まり、そしてトウヅ各地へ、あるいは大陸各地へと運ばれていくのだ。
「大陸南部最大の交易都市、クブ。モノが集まるってことは、ヒトもカネも集まるってことだ」
「クブで寝起きする奴はトウヅで一番多い。だがクブに住む奴はトウヅで一番少ない。なんていわれたりするさね」
面白そうに、幌馬車の中でメイが言う。
「へぇ……なにそれ!」
「この街に訪れる交易商と行商の多さを皮肉った冗談さね。実際、明日の早朝、陽も昇らないうちに城壁の開門があると何千人と商人たちが出て行くのさ」
それはこの街の、ちょっとした名物。
街の四方にある門は、日の出とともに開かれる。なので少しでも距離と時間を稼ぎたい商人や隊商は開門と同時に外に出られるように、門の前で待ち構えるのである。
「へぇ、見てみたいな!」
「凄いよォ。一度に何千人の人間が動くんだ。そしてそいつらの朝飯のために、陽も昇らないうちから露店や屋台が軒を連ねててねェ。夜の繁華街よりも賑やかだろうさね」
「私には無理。私たちが出る時は昼からゆっくりでいい」
「そりゃアンタはね、セレネ。身体はおっきくなっても言うことは変わらないね」
「皆が早起き過ぎるだけ」
フン、とセレネが鼻を鳴らしたところで、リオンが馬車の速度を落とした。
「ま、出立のことはおいおい考えて行けばいい。ソーオでのんびりできなかったからな、この街で何日か休んでいくぞ」
「食料も買い込まないと」
リオン達親子の【無限収納】には大量の魔獣食材が入っているが、調味料や日用品類が不足気味だった。それもこれも、ソーオで買い込めなかったせいだった。
「そりゃいいねぇ。いくら旅慣れているからって、野宿ばかりじゃ疲労は蓄積する一方さ」
「え? そうかな。日差し浴びてれば大体元気にならないかなぁ?」
「ええ……」
この規格外っぷりにメイが呆れたところで、雑踏と喧騒の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
「――いいから寄こせと言っている! このクソガキ!!」
「貴様には過ぎたものだ、俺らが有効活用してやっからよ!」
「――――ッ!」
通りの端、どよどよとした人だかりの向こうから争う声。
それを耳にした瞬間、馬車から飛び出す者がいた。金髪をたなびかせて人垣を飛び越えるのは――
「止める間もないってのはこのことだな」
「ソーラらしいっちゃらしいさね」
苦笑するリオンとメイである。
「私も行く。ハティはダメ、大騒ぎになる」
振り返ると幌馬車の後ろから降りるセレネと、ガーンとショックを受けているハティの姿がある。
「ソーラだけで済むと思うが」
「ソーラがやり過ぎないように」
「二人が揃うともっとやり過ぎることになるような気が……って聞いちゃいねーし」
馬車を止めたリオンはメイに手綱を預けると、馭者台を降りた。
†
リオンが人垣を掻き分けて前に出ると、ソーラとセレネが一人の少年を庇うようにして立っていた。その向かいには、軽金属の鎧を身に着けた男が二人。
リオンは隣のおばちゃんに話しかけた。
「あの鎧の人たち、衛兵さんですよね? 捕り物ですか?」
「ちょ、あんた余所者かい? 声が大きいよ」
と、声を潜めるように合図したおばちゃんはリオンに耳打ちする。
「あいつらが衛兵なのはその通りさ。クブの街はね、領主さまが珍品蒐集家なのさ。それであの子が持ってるモノを衛兵が寄こせって騒いでたところにあの女の子たちがね」
「寄こせって……そりゃ領主さまの命令かい?」
「ちょっと違うんだけどね。領主さま本人は、買い叩くのさ。ここは交易都市だから、奪うとなると大騒ぎさ。もしかしたら国境を越えて問題になるかもしれないから、一応金は支払うわけさ」
「なるほど」
領主さま、真っ当だけどセコイな。とリオンは妙な感想を抱いた。
「けど、部下のアイツラが領民にするなら、不良兵士が狼藉を働いたってことで済むだろ。ああやって物珍しいものを持ってた奴から奪い上げさせてるワケさ」
おばちゃんが指さしたのは、ソーラに庇われている少年だった。
七歳くらいだろうか、顔を真っ青にして縮こまっている――その握り締めた胸元から、青い輝きが見えた。宝石だろうか? だとすれば、それなりの大きさだ。
「幾らなんでも、そりゃ無法過ぎるだろ」
「奪ったモノは領主さまが懐にいれるのさ。で、兵士は数日の謹慎。でも裏で褒美に幾らかもらうらしいね。出世する気が無いチンピラ崩れなら、それで十分ってワケさ」
領主さま、セコい上に全然真っ当じゃなかったや。とリオンはさっきの意見を翻した。
「ふむ。なるほど、よくわかったよありがとう」
リオンは小銭をおばちゃんに渡す。
すると気を良くしたおばちゃんが、追加で教えてくれた。
「アンタ冒険者かい? だったら、奪われたくないものがあるなら街で見せびらかさん方がいいよ。ああいう衛兵は一部だけど、腕に自信があるって言っても衛兵ノシたら大変なことになるからね。逆に領主さまに自分を売り込みたいんだったら衛兵じゃなくて直接館にいくんだね。買い叩くってことは、交渉の余地ありってことさ。時々上手くやる奴がいるらしいよ」
リオンがおばちゃんを見ると、冗談めかして肩をすくめて見せた。
なるほど、さすが交易都市。領主相手に商売上手がいるものだ。
一方、ソーラとセレネである。
「いいから寄こせって言ってんだろうが、クソ餓鬼! てめえらも関係ないんだったらすっこんでろ!」
「関係があろうとなかろうと、人のモノ奪おうって方がおかしいでしょ!? アンタたち本当に衛兵なの、信じらんない!」
ソーラの怒声に、周囲の者たちが「そうだそうだ」と囃し立てる。
怒りに顔を真っ赤にした衛兵が睨みつけて、腰の剣を抜き放った。
途端に周囲の人の輪がざっと音を立てて距離を取ろうとする。
「あらま。ヒカリモノ抜くとは穏やかじゃないな。多いのかい?」
「いんや、タチの悪い衛兵の中でも一番タチが悪いよ。刃傷沙汰なんて滅多にないもの」
リオンが問うとおばちゃんが答えた。
そもそも、被害者の方がここまで抵抗することの方が稀なのだが。
「大人しくソレ、置いてけばこんなことにゃならなかったんだぜ、お嬢ちゃん」
剣を向けられながらも、ソーラは態度を変えない。
後ろに庇う少年が、真っ青な顔でソーラの服の裾を引っ張っていたが逆に、「大丈夫、安心していいからね」となだめる始末だ。
「そっちの銀髪の姉ちゃんも、お転婆な妹を持って大変だな。ま、ちょっと痛い目に遭ってもらうぜ……姉ちゃんの方は夜まで取り調べするけどな!」
下卑た顔でニヤつく衛兵に、きょとんとしたセレネがソーラを見た――見下ろした。
「……私、お姉ちゃん?」
「むー」
むくれるソーラだったが、どちらが年上に見えるかなど聞くまでもない。
「いいもんだ。私の方が将来ナイスバディになる予定だから。バインボインの凄いのに!」
「その時は痛くないように捥いであげる」
「セレネちょっと酷くない!?」
「大丈夫。天井の染みでも数えてるといい。すぐに終わる」
「全然大丈夫じゃない!」
「お前らさっきからふざけてないで――ッ」
衛兵たちが前に踏み出そうとしたその瞬間。
「はいそこまで。さすがに娘に手を出すのは許さんよ」
背後に忍び寄っていたリオンがポン、衛兵二人の肩を叩く。
「……ッ」「あがっ!?」
ビクン、と衛兵たちは一瞬体を硬直させると、白目を剥いて気絶した。リオンお得意の【雷術】である。
「パパ。アタシだけでなんとかできたのに」
「顔を見られてるのに衛兵に手を出すのはまずいだろ」
「そっか」
「あ、あんた……衛兵殺しちまったのかい?」
リオンが振り向くと、先ほどのおばちゃんがいた。
「いや。気絶させただけさ。……それよりも、これ」
リオンは倒れた衛兵の身体をまさぐると、二人の懐からあるものを取り出した。
財布である。
そして見渡すと声を張り上げる。
「突如現れた巨大な筋骨隆々の大男。顔は髭モジャざんばら髪で、背中に斧を背負ってる!そいつが突然コイツラ二人を殴り倒して無言で去って行った! この少女たちとも少年ともどうも無関係の通りすがりのようだ! 財布はスリでもいたんだろ! そうだろ、みんな!!」
叫ぶと同時に二つの財布の中身を周囲にばら撒いた。
宙に舞い散る無数の硬貨。給料日の直後か、それとも賭場で勝ったのか、あるいは誰かを小突いて巻き上げたのか。下っ端衛兵の財布の中身にしては意外と多い。
リオンの意図が分かった周囲の野次馬たちは、
「そうだ、見たことも無い大男だった!」
「でっけえ斧だったよな!」
「山賊の親分かと思ったよ、あたしは!」
「腕、凄く太かったよね」
とお金を拾いながら口々に噂する。
どうやら一部の衛兵たちとやらは街の人々からは相当に嫌われていたようだ、と満足げにリオンが頷いていると、少年と目があった。
「どうしたんだい?」
「…………」
無言で少年が何度も頷く。
どうやら感謝の意を示しているようだ。
と、そこに、
「リング! リング! こんなところにいたのか……さがしたんだぞ!」
人の輪を掻き分けて、壮年の男がやって来た。
人のよさそうな顔に焦りと心配の表情を張り付けている辺り、相当焦りながら探していたのだろう。
「この子のパパ、なのかな」
「多分そう」
リングと呼ばれた少年と、抱き合う男。
その二人を見ながら、ソーラとセレネが囁き合う。
「でもこの子……」
「うん。だからきっと、お母さんのほう」
どうやら着いて早々、面倒ごとに巻き込まれたようである。




