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4-2 戦団長、奮う



  †



 元勇者の一行がカニナベに舌鼓を打っていた頃――クブの街北部にあるフォグラン山地の一角で、トウヅ戦王国第二戦団が、魔獣討伐を行っていた。


「団長! ヴィクター戦団長! 獲物がこっちに来ましたぜ!!」

「ああ……? ち、めんどくせぇな」


 身体を預けていた簡易椅子からのっそりとした動きで、偉丈夫が身を起こす。身に着けているのは煌びやかな戦団長を示す鎧。手にしているのは武骨な拵えの、鋼の剣だった。


「おら、持っとけ」


 部下に向かって、兜を放る。

 ヴィクターは指し示された方向に向かって歩き出した。


「ったく。イノシシくらいてめえらで始末付けれねえのか」

「す、すんません団長。ですが奴は報告にあった時より異常変化してるようで……多分、危険度BじゃなくてA-くらいあるんじゃねぇかと」

「ほう?」


 その言葉に、ヴィクターが興味を示した。

 魔獣の危険度は総合的に判断されるが、基本的にその魔獣の強さに比例する。

 危険度Bであれば上級冒険者のチーム、あるいは訓練された軍の三個小隊ほどで当たるのが望ましいと言われる。

 危険度Aならば上級冒険者複数チーム、あるいは訓練された軍の一個中隊で当たるべし、といったところか。放置すれば都市壊滅の危機もある魔獣である。

 歩を進めたヴィクターの視界に、木々の向こうで大きな牙を振り回して暴れる巨大な猪が目に入った。その周囲を威嚇し、行動を制限するために槍を突き出す部下たちがいる。


 森撃巨猪(モリオオシシ)

 森猪の、異常個体だ。

 見たところ体高3メートル、体長4メートル。

 下顎から生える二本の牙は研ぎ澄まされた刃の様に鋭く、頭を振るたびに木の幹を切り裂いている。またおそろしく硬い頭骨を持ち、その突進は城壁に穴をあけるとも言われる威力を誇るという。


「へ、懐かしいじゃねぇか」

「懐かしい、ですかい? あの猪のバケモノが?」


 兜を持って控えていた部下が、ヴィクターに尋ねる。


「ああ。異神討伐の旅ではああいうデカブツを狩って回るのが日常だったからな。それをな、思い出したのよ」

「なるほど! さすが異神討伐の英雄!」


 英雄。

 その言葉に気を良くしたヴィクターは、暴れる猪に向かって歩を進める。

 同時に腰の剣を抜き放った。


「おお……」


 部下の感嘆したような声。

 あれが、形見としてヴィクターが継承した勇者の剣だ。薄く(、、)澄んだ青い刃に、パチパチと紫電が纏っている。

 ヴィクターは滅多にこの剣を抜くことはない。

 抜くとすれば、本気を出すべき強敵が居る時だけだ。

 

「テメェら、そこを退け! 巻き添えを食らいたくなければなァ!!」


 叫んだヴィクターが駆け出す。

 森の中の足場も物ともせず、あっという間にその距離を詰め――跳躍。

 慌ててその場を離れる部下たちを飛び越え、巨大な猪の前にその身を晒した。


「ブルゴゥゥオオオオ!!」

「息が豚くせぇんだよ!」


 頭を振った森撃巨猪と、剣を二度振るったヴィクター。

 硬い激突音が連続し、左右の立ち木に、根元から切り飛ばされた猪の牙が突き刺さった。


「ピギュィイイイアアアア!」


 痛みに後ろ足立ちになった森撃巨猪が踏みつぶさんとその前肢をヴィクターに叩きつける。しかし余裕をもってヴィクターはそれバックステップで避けた。

 その瞬間、猪は地面を蹴り、ヴィクターに向かって突撃する。

 助走が十分ではないといえ、体重差は絶望的だ。喰らえばヴィクターの身体は衝撃で内部から破裂するだろう。


「喰らえばの話だがな!」


 完全に見切っていたヴィクターは大きく跳躍し、振り被った勇者の剣を巨獣の頭に叩きつけた。瞬間、天から突き立つ巨大な光の柱――いや、雷撃。

 

 壮絶な断末魔の悲鳴を上げて、森撃巨猪は全身を痙攣させて絶命した。

 その横倒しになった巨体の上に着地するヴィクターを、部下たちはぽかんとした顔でみつめている。

 その呆けた顔は直ぐに、目の前の事態を飲み込み、興奮の表情に変わった。


「うおお! すげえ! ヴィクター団長凄すぎる!!」

「さすが異神討伐の英雄だ!!」

「あんな巨大な魔獣を一撃……なんて威力だ」


 興奮と歓声は、直ぐにヴィクターの名を湛える合唱へと変わる。

 剣を掲げてそれに応えるヴィクターだったが、内心ではそれどころの気分ではなかった。


(……切れ味が鈍ってやがる。気のせいなんかじゃねぇ、この剣を手に入れた時なら、この豚程度、牙と一緒に全身叩き切ってた。最後の雷撃も消し炭にできる威力があったはずだ)


 剣の手入れは完璧だ。

 自分の腕が鈍った訳でもない。

 となれば、理由は一つ。


(この剣に残っている、リオンの力が減っている……)


 そう結論するしかなかった。

 苦々しい思いが心中を満たすが、それを顔に出すわけにはいかなかった。

 異神討伐ののち、彼は『死んだリオンから剣を引き継いだ』という名目でこの剣を腰に下げていたのだ。

 死んだ勇者とその剣という、世界救済を象徴する暴力装置を後ろ盾に、僅か数年の間にトウヅ戦王国の戦団長へと駆けのぼった。

 脅迫めいた駆け引きや取引は数えきれない。ヴィクターに敵は多い。

 勇者の剣の力が減ってます。

 今更そんなこと、言えるはずもない。


「さすがはヴィクター戦団長! いやあ、救世の剣士の力、吾輩この目で確と見ましたぞ!」


 猪の死体から降りたヴィクターが振り向くと、そこにいたのは、中年の男だった。クブの街を領有するエイブラハム・ダウニング侯爵本人である。

 似たような格好の部下や太鼓持ちを数人引き連れていた。

 エイブラハムは、魔獣が闊歩する森の中だというのに、まるで登城するかのような貴族服を身に着けている。中年太りの腹、ごてごてと装飾だらけの服、身に着けた宝飾品、完全に油断しきった表情。何もかもがこの場にはそぐわない。

 特に、これ見よがしに首から下げた宝石は最悪だ。美しい水底に揺蕩う光を固めたかのような青い宝石だったが、キラキラと光って目立つ。

 それ自体が目標にされやすいし、ひかりものを好んで集める魔獣もいるのだ。

 せっかく魔獣の害を減らそうと出張って来たのに、その依頼主本人が魔獣に襲ってくれと誘うばかりのエサをぶら下げている。

 だが、邪険にするわけにもいかない。

 とんと武芸に才能の無い男だが、その分トウヅ中央における政治的影響力が強いのだ。

 今後ヴィクター現在の地位である第二戦団長から第一戦団長、そして軍務総監と更なる出世を目指すのに必要な権力を持っている。

 一方で、軍部への影響力を強めたいエイブラハムにとっても、ヴィクターというぽっと出の男は接近するに都合がよかった。


「エイブラハムどの。このような危険な場所にまでお越しになるとは」

「ははは、謙遜なさるなヴィクター戦団長。貴殿のそばほど安全な場所はこの世にはありますまい」


 そう言って互いに「わはは」と笑う。

 今の会話を翻訳すれば、


「こんなとこまでシャシャってんじゃねーよチビデブ。城でハゲ散らかしてろ」

「刃物振り回すしか能の無い筋肉ダルマが。イキるのは便器に跨ってからやれ」


 となる。

 実に美しい友情溢れる会話だ。

 二人は雑談交じりに、森の一角に設えられたテントへと入って行った。エイブラハムが部下たちに運ばせてきたこのテントの中だけは、まるで貴族の屋敷の中のようだった。木製のテーブルに椅子。それも簡易な組み立て式ではなく、彫刻まで施されている。

 まさか絨毯まで敷いてあるとは、とヴィクターは呆れ交じりの驚きを覚える。


「それで、ヴィクターどの――いえ、ヴィクター戦団長にはお力添えを頂きたいのです」


 これまた魔獣闊歩する森の中とは思えないかぐわしい香りの紅茶で口を湿らせたのち、エイブラハムは本題を切り出した。


「私を戦団長と呼ぶということは――」

「はい。魔獣討伐の任務を負っていただきたい」


 トウヅ戦王国の戦団は、第一と第二に別れる。

 簡単に言えば、第一戦団は他国との戦争のためにあり、第二戦団は国内の危険度の高い魔獣討伐のためにある。

 小型や危険度の低い魔獣は冒険者が請け負うが、今回の森撃巨猪のような、場合によって都市単位の被害が出る魔獣を相手する。

 時に冒険者たちと連携することもあり、選良(エリート)意識の高い第一戦団や他の貴族たちからは一段低い扱いを受けていた。

 獣の相手など、高貴なる我々のする仕事ではない、というわけだ。


「実はフォグラン山地の別の場所で、この数年、蛇の魔獣の目撃情報が相次いでおるのです……」


 困ったような、どこか大げさな仕草でエイブラハムは語り出した。

 あれこれと余計な言い回しや例えの多いデブの語るところを総合すると、こういうことだった。


 クブの街とフォグラン山地の間に小さな村がある。

 その村の近辺で、この数年、巨大な蛇の目撃が相次いだ。

 人を襲うような素振りは見せず大抵は森の中へと引き返すのだが、村の直ぐ傍まで蛇が這いずった跡がいくつも見つかるようになった。

 今のところ何も被害は出ていないのだが、何かが起きる前に対処するのが貴族の務め云々……。


「ふーむ」


 話を聞きながら、ヴィクターは政治のこと抜きに真面目に考える。

 魔獣は基本的に人を襲うものだが、例外が無いわけではない。


「……村にそれだけ近づいておきながら被害が無いとなると、こちらからの無闇な手出しはせぬ方が良いと思います」

「しかし」

「蛇型の魔獣は、見た目以上に知恵が回ります。その蛇には何らかの理由があって村に近づくのでしょう。ですが一度一線を超えると執拗に攻撃を仕掛けてきます。そうなってはどちらかが死に絶えるまで終わらないのですよ」


 異神討伐の際に、様々な魔獣と戦った。

 蛇型魔獣は特殊なタイプが多く、その個体の持つ禁止事項(ルール)に触れなければ例えすぐ横を歩いていても襲われない。


「ですが逆にそのルールを破る……例えば縄張りに近づく、触れたり攻撃したりする、エサをちらつかせる、血の匂いを振りまく。こういったルールがそいつの中にあって、それを破ると、どこまで逃げても何日経っても追われます」


 淡々とした口調に、エイブラハムはごくりと唾を飲んだ。


「小型はまだしも、大蛇の類を相手取るなら時間をかけて調べねば悪戯に被害が増します。もとより我らはこれからツマサツ半島の公爵領に行かねばなりません」

「ぐ、公爵とは……しかし、それでは取引に間に合わない」


 小さな呟きだったが、ヴィクターは聞き逃さなかった。が、黙って続ける。


「一個……いえ、二個小隊を残していきましょう。冒険者を雇い、彼らと連携させて蛇を調べさせてください。そして私と本隊が戻って来てから、蛇の討伐と行きましょう」

「……しかたあるまい」


 ため息を隠そうともせずエイブラハムが頷く。

 それを見て、ため息をつきたいのはこっちだ! とヴィクターは内心で怒った。


(ただでさえ勇者の剣に力が残っていないというのに、公爵領と、またここと、二度も力を使わねばならないとは!)


 そうは思っても顔には出さない。

 そして、


(エイブラハム。使えるかと思っていたが、こいつに先は無さそうだな。どうにか公爵と繋がりが持てれば良いのだが。取引とやらも気になるな。小隊長に調べさせるか)


 その後はエイブラハムと取り留めも無い雑談を交わしながら、ヴィクターは思った。


(リオンと一緒に冒険者やっていた頃の方が楽しかったぜ。偉く有名になるってのも、中々面倒なもんだな……)


 ヴィクター・ボードウィン。

 トウヅ戦王国第二戦団長。


 元はトビーという名前の、まだ勇者になる前のリオンと共に冒険者だった男だ。

 そして異神討伐直後の勇者リオンを、欲に駆られて後ろから刺した裏切者である。








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