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2-1 魔獣、狩られる


  †



 藪を掻き分けて走る、一匹の獣がいた。

 大型の猿――鬼猿(オニマシラ)と呼ばれる魔獣だ。

 額に生えた角と黒交じりの赤毛が特徴の猿で、その凶暴さで知られている。

 

 年齢を重ねる毎に額の角が増えるのが特徴で、四本以上の角が生えている個体は危険度判定Cに分類される魔獣だ。つまり、Cランク冒険者のパーティによる討伐が推奨されている。


 この森を奔る鬼猿の額には五本の角が生えている。

 そして推定でも四メートルを超す頭頂高を誇り、しかも四腕だった。

 危険度が著しく高い鬼猿の、更に危険な突然変異体である。


もしこれを冒険者ギルド関係者が見たら、即刻危険度判定Bとし、複数の高ランク冒険者パーティを緊急招集することだろう。かつてある地方都市に出現し、壊滅的な被害を与えたという記録が残っているのだ。


 だが、その鬼猿の顔に浮かんでいるのは、恐怖だった。

 そして五本の角のうち二本が半ばから折れ、全身には高熱による火傷と打撃痕が残っていた。


 自身の縄張り内にあっては竜ですら怯え隠れる程の、この猿の暴君は今現在、必死に、恐怖を隠すことなく、逃げているのである。


 鬼猿は逃げながら考える。

 背後から追って来る追跡者は、ひ弱なニンゲンと呼ばれる存在のはずだった。

 

普段は山奥に住まうこの鬼猿を討伐しようとやってくるモノたち。簡単に握り潰すことのできる細腕と、彼と比して余りにも遅すぎる脚しか持たない弱者(エサ)

その中でも、特に力の弱く、肉が柔らかいメスのハズだ。

それも――子ども。


戯れに指先でつつけばそれだけで死んでしまうような、そんな存在のはずだ。

そのはずだ。彼はそうであると知っていた。

気まぐれで縄張りを出た時、ニンゲンが固まって住まう場所を見つけ、腹一杯になるまで試してみたのだから。


だが、彼は今こうして、エサによって逃走を強いられている。


子どものニンゲンが連れていた、火の粉を撒いて羽搏く魔鳥と、冴え冴えとした霊気を帯びた魔狼。

コイツラも侮れない危険な力を秘めていた。


だが、子どものニンゲンの方が、遥かに強く、そして恐ろしい存在だった。


寝床に現れたその子どものニンゲンは、見るからに弱々しそうだった。だからパッと取って頭から食べてしまうつもりで手を伸ばした。


次の瞬間、輝く拳で、殴り飛ばされていた。

地面を転がり、森の大木にぶつかって止まるまで、殴られたということを理解できなかった。


頬に走る痛みに、彼は怒りを覚えた。

大気をも震わせる大音声で咆哮した。


だが、そのニンゲンは全く怯まなかった。


それどころか彼の四腕による攻撃をものともせず果敢に飛び込んで来ては、痛烈な打撃を見舞ってくれたのである。

全身を覆う、鎧の様な筋肉も鋼線のような毛皮も、何の防御効果も見せない。そのニンゲンの攻撃、一つひとつが重く、骨と内臓に響き、そして火炎などよりも遥かに凌ぐ熱さだった。


縄張りに君臨する魔獣の王として、彼は抵抗したが――なすすべは無く。

左の腕を一本潰された時彼は強者であることを捨て、今こうして、逃走の只中にあった。


強者として生まれ、略奪者として振る舞い続けて来たこの四腕鬼猿の、生まれて初めての逃走である。故にその動きは弱者の物ではなく、逃走者としても失格のものであり、致命的な失敗を犯していることに気が付くことが出来ない。


当たり前の話であるが、逃走者の目的は追って来る脅威から逃げて生き延びることである。


圧倒的な速度で振り切ることができないのならば。

必要なのは静穏。

重要なのは隠遁。

肝心なのは音を立てず、痕跡を残さないことだ。


 生まれて初めて、この逃走に失敗すれば命を失うという恐怖を覚えている鬼猿に、そのようなことを学ぶ機会はこれまでなかった。

 だから、


「――待って、待ちなさいってば!」


 背後からやって来る追跡者を振り切ることができない。

 当然だ――力任せに走る鬼猿のその巨体が、木々の枝をへし折り、下生えの草を踏みつぶして道を造っているのだ。速度が同じであれば追跡する方がむしろ楽な状況なのである。


「グルルルァァァアア!!」


 苛立ち紛れに鬼猿が、進路上にあった巨大な岩に手を掛けた。

 腕力に任せて持ち上げて、背後に投擲する。


 砲弾の如き速度で迫る大岩。ひ弱なニンゲンであれば潰れてお終いとなる筈だが、しかし。


「てやぁぁぁああ!!」


 気合の掛け声と共に、大岩の方が爆砕された。


 岩を突き破って飛び出してきたのは、黄金色の輝き。


 陽光の様な光を纏う拳を振り抜いた、輝く金色の髪を持つ少女だった。

 そのまま着地した彼女は全身のバネを余すことなく使い、地を蹴る。

 岩を投げつけるという行動で速度を落としてしまった鬼猿との距離を一気に詰めて、その懐に潜り込んだ。


 身を翻そうにも、もう遅い。

 少女の、腰だめに構えた右の拳に光が集まって、


「ハァァァ――――【陽拳・黎明一閃】!!」


「ギャウア!?」


 振り抜かれた。

 岩をも砕く一撃である。

体重差で言えば四百キロ以上もあるだろう鬼猿の巨体が吹っ飛んだ。


地面を転がり木の幹をへし折り岩にぶつかって大きく跳ねた。

ボロボロになった鬼猿が、それでも立ち上がろうとした時。


「――――ギッ!?」


 その目に、銀光を纏う一本の矢が飛来して突き立った。鬼猿が、生来的に持っている魔力防御層を難なく突破して。

 鏃は眼球を破壊し、その奥に存在する鬼猿の脳髄にまで到達。

 保持していた魔力を開放し、輝くような凍気を発して脳を破壊する。


 最期の最後まで鬼猿には、一体何が起きたのか理解はできなかっただろう。

 森の樹々、そしてその枝葉の隙間を通して、百メートルもの向こうから狙撃をされたのだ、などとは。


 鬼猿の巨体がビクン、と大きく痙攣し、硬直した筋肉が弛緩する。そして二度と動き出すことは無い。

 こうして永らく森の奥地に君臨した鬼猿は、その暴虐の生涯を閉じることになった。


 その、鬼猿の死体の傍らに追跡者である金髪の少女がやって来た。

 肩には黒い羽毛の隼が留まっている。

 

「さっすが我が妹。見事な腕前だね」

「この程度、何でもない」


 金髪の少女に答えたのは、どこか眠そうな顔をした銀髪の少女だった。

 遥か彼方の距離から、鬼猿の目を撃ち抜いた神業の持ち主だ。

 金髪の少女の後ろから現れた白狼が、クゥンと鼻を鳴らして銀髪の少女の手を舐めた。

 よしよし、と銀の少女が狼の頭を撫でる。


「じゃあセレネ、鬼猿(コイツ)解体しようか」

「ええ……めんどくさい。ギルドの解体屋に任せる。それか討伐証明だけ持って帰ればいい」

「ダメだって。コイツの毛皮とか胆とか素材として高値で売れるもん。それに解体屋に頼んだらお金かかるじゃん」

「お金はかかるけど、その分寝る時間が増える」

「セレネの寝坊助」

「ソーラの吝嗇坊」


 魔獣が蔓延る森の奥で、ケチだネボスケだと言い合う二人。

 彼女たちに付き従う黒い隼と白い狼が目を合わせて、また始まったと言いたげな、まるで肩を竦める様な仕草をして見せた。

 


 隠遁した元勇者リオンが卵を拾って、およそ二年(・・)

 卵から孵った双子の女の子は、たった一晩で幼女へと育ち。

 今ではすっかり(・・・・・・・)十代前半(ローティーン)の少女へと成長していた。





というわけで、第二章の開始です。

第一章が元勇者リオンが双子の娘たちと家族になるまでのすったもんだを描いた物語でしたが、

この章からはこの一家が本格的に冒険を始める物語となります。

巨大な魔猿すらものともしない二人の少女と元勇者の活躍、こうご期待!


次回ウソ予告「2-2 壊滅! 冒険者ギルド」


気になる方はブックマーク、評価、感想頂けましたら幸いでございます。

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