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3-28 槍士、暴走する




  †



「最悪……っんと最悪!」


 ズドン、と音を立てる勢いでメイは黒いドロドロした自分の写し姿に槍を突き立てる。 

 心臓、左右の肺、喉、目、肝臓。合計六か所を瞬き一つの間に貫く。

 故に【閃風六貫(シックスピアサー)】と呼ばれるベテランの槍士だったが、


「ないわー、ホント無いわー」


 うんざりとした声で言う。

 もう何度目になるか、目前のネガ・メイは再生を果たしていた。


『いやさすがアンタ(アタシ)だね。正確無比にして不可視の速度で刺突。込める闘気も十分。反応して防ぐ避けるなんてできるヤツなんてこの世界に一体何人いるんだろって話さね』

「ナニが言いたいんだい?」


 問い掛ける間に、更に二度ネガ・メイの顔に槍が突き立った。


「正直、もう諦めてくんないかねぇ? これで自分の顔ブチ抜くのって正直あまり良い気分はしないんだよ」

『そういうワケにはいかないさね。知ってるだろ、これでアンタ(アタシ)は責任感が強くて面倒見がいいからね』


 両者の位置が目まぐるしく入れ替わる。

 両者の構える槍が交差し、銀色と漆黒の穂先がぶつかり合って火花を散らす。

 だが、優勢に事を進めているのは本物のメイの方だった。

 ネガ・メイは忠実にメイの能力をコピーしている。経験も。

 だがそれでも優勢なのはメイの方だった。


『……ッ、……ッッ!』


 違いと言えば、ほんの僅かだけ。

 メイの方が反応が――いや、敵の行動予測が早い。

 あるいは踏み込み方がちょっとだけ深い。軸足の蹴り出し方が強い。

 それだけの違いでしかない。


『それだけだってのに、積み重ねると気が付けば劣勢になってる……まったく、ヤになるね、アンタ(アタシ)はさ』

「自分の偽物に言われたって嬉しくないさね。顔面に槍を突き立てられたままの間抜け面ならなおさら」


 距離を取ったメイが吐き捨てるように言い、ネガ・メイが肩を竦める。

 そんな偽物の様子を窺いながらもメイは、冷静に状況を観察していた。


(……一体この空間はなんなんだろね? ソーラと宿で寝ていたら気が付きゃ変な結界に閉じ込められてる。それはいいさね、敵の攻撃ってことなんだから)


 状況の全てを理解している、というわけではない。

 だがベテランの冒険者としての経験値から戸惑うことは殆どなかった。

 襲われて、閉じ込められて、戦いを強制されている。

 要はそういうことだ。


(解せないのは、この偽物が次第に弱くなっているような気がする……いやさ勘違いじゃないね。最初は互角だったのに今じゃこっちが優勢。なんていうか――)


『かかってこないなら、こっちから行くよ!?』


 ネガ・メイが突撃する。

 メイはそれを冷静に受け止め、打ち払いながら槍の石突で突き返した。見え見えの攻撃にネガ・メイは躱すが、それは囮。払う穂先でネガ・メイの左足が切り飛ばされた。


『この程度――まだまださ』


 それでもなりふり構わずかかって来るネガ・メイの姿を見て思うのは、


(なんていうか、余裕がないね)

 

 内部に閉じ込めた者の力を奪うこの手の結界は、対象が弱体化していく――つまり時間が経過するごとに脱出が困難になっていく場合が殆どだ。

 だというのに、最初は互角だったのに今は閉じ込められた者(メイ)の方が優勢というのは本来あり得ない。

 さらに思うのは、


(襲われたのはあたしだけかい? とてもそうは思えないねぇ。ってことは、他のみなも巻き込まれてる? リオンやセレネや、ソーラもだろうね。ハティとホルスまで?)


「だとすれば……ふふ、ご愁傷様ってね」


 戦闘の最中だというのに、思わず笑みがこぼれてしまう。


『なにがおかしいんだい?』

「いやね。そうと知らず劇薬を飲み込んだアンタが憐れだって思ってね」

『…………』

「おや、だんまり。思い当たることがあると見える」


 元勇者とその娘たち。どちらも普通じゃない。

 普通じゃないと知ってか知らずかはメイにはわからないが、そんな異物を取り込んだのだ。この偽物を生み出している術士の想定を超えた何かが起きていてもおかしくはない。

 槍を交えながらも、メイは嘲笑を浮かべながら続けた。


「この手の結界、閉じ込める・捕らえるって性質が強ければ強い程、異物だからって吐き出すことができなくなるんだってねぇ。最初からそうと設定していたならまだしも、発動してから外に追い出すなんて、結界を解くのとほとんど変わらない」

『……黙りな』

「つまり術士(アンタ)は、腐った物を食べて腹を下した大間抜けってことさね」

『黙れと言ってる』

「はっはっは、図星かい? てことは下痢腹抱えて漏らしそうなの涙目で堪えながらプルプル震えてるしかないと来た。これを傑作と言わずなんという――おっと」

『黙れぇぇ!!』


 力任せの、ネガ・メイの攻撃。

 ブンブンと振り回すだけのその技に余裕をもって距離を取りながら、メイは眼前の偽物を観察する。


(挑発に乗るってことは、この黒ニセモノ、結界術でアタシの意識を映しているだけでなく、ある程度術士の意識が介在してるってことかい? 意識? 無意識? けど余裕がないのはアレだね。戦いの経験値自体が低いとみえる)


 乱雑な攻撃をふざけた動きも交えながら捌くメイは、ネガ・メイの様子から様々な情報を引き出していく。

 実のところ、見た目ほどの余裕はメイには無いのだ。

 多少の優位と挑発で有利に立ち回っているが、決め手に欠ける。一方的な消耗戦である状況は全く変わっておらず、いずれジリ貧に陥るのはメイの方だった。


(けど、こうして術士を挑発できるのなら――あるいはほかの誰かの負担を軽くしてることに繋がるかもしれない)


 脳裏に浮かぶのはリオンとその娘たち。

 自分ですらこうして立ち回ることができるのだから、あの三人が遅れを取るとは思えなかった。

 そんなことを考えながら突き込む愛槍が、もう何度目になるのかネガ・メイの顔を貫く。次は何と言って挑発してやろうかと口を開きかけたメイは、ふと異常に気が付いた。


「……再生しない?」


 今まで何度も突き抜いた、ネガ・メイの顔が再生しない。

 だけでなく、声もなくネガ・メイはその姿の輪郭を失い、湧いて出て来た時の逆回しのように溶けて空間の中に消えていく。


「――――」


 何か、今までとは違う状況が起きつつある。

 楽観的になるどころか、油断なく全方位を警戒するメイ。ベテラン冒険者としての勘だったが、それが間違っていないということは直ぐに証明された。

 眼前に、再び黒い液状の塊が湧き上がって来たからだ。

 

「……なんだい、結局またアタシの偽物を――」


 軽口は、すぐに閉じることになった。

 人の形をとる黒い液状はしかし、メイの姿を取ることはなかった。


「お前は――」

『そう、某は――』

「アタシの記憶を……!」


 それはキモノにハカマ、と呼ばれる、東の大陸――その更に東の海に浮かぶ島国の衣装だ。カタナという反身の片刃の剣を手にする姿。

 色こそ黒く、歪んだ姿だが見間違えようもない。


「コウノスケ・ハルバ……!」


 それはメイの、かっての恋人を殺した裏切者の姿だ。

 

『フッ!』


 偽コウノスケが踏み込み、手にしたカタナを振り上げる。咄嗟に下がったメイを追撃する切り落としの一撃を槍で払って凌ぐ。

 さらに偽コウノスケは最小の動きで視認しにくい突きを放つ。その切っ先は寸でで避けたメイの頬を掠め、血が散った。


『ふはっ、はははっ! どうしたどうした!? 先ほどまでの小癪な物言いはどこに消えたかな、槍の女!』


 立場が入れ替わった偽コウノスケが嗤う。

 まるで本物のコウノスケ同様、眼前の偽物は上手く手にするカタナを振るった。身のこなし、カタナの握り方、踏み込み一つとってもメイの記憶にあるコウノスケそのものだ。


『キサマ程の手練れであっても、記憶の底にあるこの男には敵わないと見える。事実あの時のキサマは、良人を目の前で斬殺されようと身動き一つ取れなかったのだからな!』


 剣より槍の方が強い――武に生きる者にとって、それはある種の真実である。

 単純な話、槍の方が遠い間合いで攻撃できる。一方の剣の間合いは、槍より狭い。

 であれば剣士が槍士に勝つには、槍の間合いの内側に入るしかない――言うは易しの典型例みたいなものだ。

 だが、コウノスケはそれができる、稀有な一握りの剣士である。

 僅かな隙を見逃さず、槍の間合いの内に入りこみ、距離を取らせぬ立ち回りができる。

 メイはそれを知っている。

 そしてその知っている、をこの結界は読み取り、再現している――


『手も足も出るまい――うぎっ!?』

「黙りな」


 だが、メイは冷たく、静かにそう言った。

 後ろに下がる動きに合わせて踏み込む偽コウノスケ。バックステップを誘いに、その顔面に石突を叩き込んだ。


「アンタは、アタシの記憶にあるコウノスケそっくりだね。確かにアタシでは勝てなかった、あのコウノスケだよ」

『だっ  な、  こ    ん       おかっ     せ』

「何言ってるか判んないね」


 その冷たい口調同様に、おそろしく冷めた視線と表情のままメイは槍をしごく。

 しかしその根底には隠しきれない怒りが押し込められている。

 縦横に、無尽に、メイの振るう槍が偽コウノスケの身体を打ち、薙ぎ、突き、払い、叩き、切り捨てる。無形の黒い液体だからこそ未だ人の身体を保っていられるが、その連撃に声も出すことができない。


「アタシの記憶を読んで、当時のコウノスケを呼び出せば怯むとでも思っていたかい? 生憎だったね」


 相手がネガ・メイのままだったら延々と持久戦を繰り広げるつもりだったが、偽コウノスケとなれば話は別だ。


「あの頃通じなかった技、どこまで通じるようになったか確かめさせてもらうよ。一切の手加減は抜きでいかせてもらうさね……!!」


 メイは吹き出す怒りを押し込むことなく、感情のままに歯を剥いて偽コウノスケにおそいかかる。 


『は    や    』


 もはや偽コウノスケはメイの姿を視認することもできない。

 メイの全身を、風の闘気が覆う。まるでその姿は風のように――しかし、暴風雨のように、重く凶悪。


「ぎ、ぎ、お、お゛お゛【怨術・狂化兇侭(バーサーカライズ)】――【風刃・嵐暴朧斥】」


 メイが偽コウノスケへと襲い掛かる。

 あらゆる肉体的な限界を超えて、メイの姿そのものが一個の嵐の如く。

 手加減など一切ない。押し殺していた怒りのままに、偽コウノスケの身体を切り刻み続ける。止まることなく、

 

 延々と、

 怨々と。



 

 


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