3-27 元勇者、咆哮する
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「くそ、最悪だ」
リオンはため息をついた。
辺りは黒と粘りついた闇に閉ざされている――ソーオの街を覆う、死睡の結界の効果だ。この結界に捕らわれた者は、この暗黒の空間で意識を取り戻す。そして、真っ黒なもう一人の自分との殺し合いを強要される。
だが、
『……ば、ばか、な』
上下左右の区別も無いこの空間で、リオンの目の前にあったのはネガ・リオン――だったもの。その残骸だ。
『こ、この空間内で、オマエがオレを、害することが出来るなど……ありえな』
「うっさいよ」
ぐしゃり、と意を介さずリオンはネガ・リオンの残骸を踏みつけた。ばちっと紫電が走り、暗い空間を僅かに照らす。
「模倣にしては劣化が酷いな。上っ面つうか表面的っつーか、浅い場所までしか読み取れないのかね?」
そんな程度の低い模造品で、元勇者が殺せるわけがない。
精神だけの空間で殺し合うとか、もっと精度の高い模倣との殺し合いなんてとっくに経験済みだ。
ちなみに今回はこちらの攻撃が通じないということで、攻撃に乗せて雷の闘気を叩き込んでネガ・リオンの身体にリオンの闘気を充填。
一定量が溜まったところで【雷術・雷精結界】を発生させて閉じ込めたのだ。先ほど残っていたのはその範囲から漏れた残骸だ。質量があってないような相手なので、ぐっと強く押し込む様にしたら結界は目に見えない程小さくなってしまった。
つまりリオンはこの死睡の結界を全く物ともしていない。
なのに何が最悪かといえば――
「あんだけソーラに大口叩いておいて、自分はこのザマか。全く情けないったらありゃしねぇ」
自分の力を過信し過ぎるな。
状況の想定が甘すぎる。
そう言ってソーラを叱っておいて、全く同じ失敗をしてしまっている。その挙句こんな罠に嵌っておいて、一体どの口が言うのかと自分で自分を殴りつけたいくらいだ。
「あの商館はブラフだったんだろうな。あれは、たまたま街の中心部に建っていただけの建物だ」
この手の結界は内部に対して非常に強い干渉力を持つが、最も効果が強い場所はどこかといえば当然その中央部だ。そうなるように術をくみ上げているようだし、もっと単純に、一番結界の外から遠い場所になる。
つまり、結界が起動した瞬間あの商館に居た以上、脱出は不可能に近かった。
「あの商館がブラフっつーことは、あの女領主が一連の誘拐事件の黒幕か? まぁ結界から出てから締め上げればいいか……そもそもなんで俺たちを狙ったのかわからんし」
誘拐事件はもちろん、この結界を起動し街の住民を犠牲にするというのが目的であるなら、わざわざリオンたちを商館へとおびき寄せる必要は無かったはずだ。そもそもこんな巨大結界を用意するのは手間がかかる。
リオンたちがソーオにやって来てからの半日やそこらで出来る仕事ではない。つまりリオン達は、この結界に関する計画のついでに巻き込まれた、と考えるのが自然だ。
『ふん、全くオマエのくせにこんなチンケな罠に引っかかるなんざ、平和ボケしてるんじゃねえのか?』
「お前は……」
新たな声がして振り返ると、新しいネガ・リオンの姿があった。
先ほどと同じ真っ黒な、どろりとした質感の身体――だが、リオンが見ている目の前でその状態が変化する。
黒一色だったものが色づき、不定形を無理やり形作っていた様な不安定さが無くなってしっかりしたモノへと。
変化が終わった時、そこにいたのは本物と寸分たがわぬ、リオンその人がそこにいた。
違いがあるとすれば、リオンが赤毛と同じ色の瞳であるのに対し、現れた方のリオンの瞳は紫電を帯びた色をしているということだろうか。
さっきまでの黒いヤツとは、何かが根本的に違う――そんな直感がリオンの脳裏に過る。
『俺か? 俺はオマエだよ――もっとも、オマエほど腑抜けちゃいないが―――ね!』
「うぐっ!?」
模倣・リオンが目にも止まらぬ速さで動き、リオンの頭に剣を叩きつける。リオンは寸での所で反応し、それを手にした剣で受け止めた。
だが、
『ほら、最近訓練サボってるから鈍ってンぞ』
「ぐ……くそっ」
じりじりとコピー・リオンの剣が押し込まれてくる。
切り払うように受け流したリオンは、眼前の相手から距離を取った。
しかしコピー・リオンは間髪入れずに追撃を仕掛ける。上から下から、右に左に高速の斬撃。足を使いながら巧みに躱し、リオンも剣を振るって攻撃を討ち払う。
『ほらほら、どうしたどうしたこの程度か? 遅すぎて蠅が止まるぞ!?』
「この……舐めンなオラァ!!」
襲い来る剣撃に、リオンは全身に闘気を漲らせた。
雷の闘気が身体中を巡り、溢れ出し、行き場を失った電流が空中で紫電を散らす。
闘気による身体強化を全開にしたリオンの速度が、コピー・リオンを上回り、リオンの剣がコピー・リオンの頬を掠めた。
それでもなお、二人のリオンの剣の応酬は止まらない――それどころかさらに速度を上げていく。
「おぁぁぁぁ!」
『そーだ、それでいいんだ。じゃあ、一段速くしていくぞ!?』
ばちっ、と赤雷を発してコピー・リオンの身体を闘気が覆う。リオンと同じ身体強化状態――しかし、身体強化という条件が同じであれば、元々リオンを圧倒する速度と膂力を持つコピー・リオンの方が速く強くなる道理。
『ほら! ほら! ほらほらほらほら!!』
「ほらほらうるっせぇ……!!」
『文句だったら口じゃなくて剣で言いな!!』
赤と紫の雷を纏う剣が互いの間を行き交う。
交わり、弾かれ、ぶつかり合い、無数の刃と雷光が閃く。乱舞する。
コピー・リオンの剣がリオンの身体を掠め、肉を切り裂き、血を流させる。
リオンの剣もまたコピー・リオンの身体に傷をつけるが、圧倒的に浅く回数が少ない。
一撃で致命傷を負うことだけはなんとか凌いでいるがそれだけだ。
どんどんコピー・リオンの剣速は上がっていき、伴って威力もとんでもないことになっていた。受け方一つ間違うだけで、リオンが手にする剣は砕け、次の瞬間には叩き切られてしまうかも知れない。
「ふ、く、ふふっ」
だがそんな劣勢にあって、リオンは思わず笑みをこぼしていた。
コピー・リオンの言葉――鈍っている、というのは事実だったようだ。
勇者として活動していた時期から、隠遁生活を経ておよそ五年。
その間、リオンが全力を尽くして戦わなければならないことなど一度も無かった。予想外の出来事に慌てることはあっても、どこか余裕があった。なりふり構わず全身全霊を搾り尽くさなければならないことは一度も無かったのだ。
「ああ、いや、一度だけあったかな……子どもたちが結界に閉じ込められた時」
『? なにがおかしい?』
「いやなに、お前をぶっ飛ばせると思うと笑みがこぼれるって話だよ!」
自覚し、意識する。
すると自分がどれだけ鈍っていて、錆びついていたかよくわかる。
そしてこの剣の応酬の最中に、その錆がどんどん落ちて、磨かれ、自身の身体が更新されていくのがよくわかる!
「【雷術・雷精神奧勁】」
リオンは自身の体内で魔術を行使し、莫大な威力の雷を発生させた。神経の端から端まで稲妻が走り、全身の細胞全てが活性化する。
次の瞬間、リオンの踏み込みはコピー・リオンの反応を超える。
初手とは逆に、リオンの剣をギリギリのところでコピー・リオンが防いだ。
『……くっ!?』
「おお、おおおおおおおああああああああ!!!」
リオンが吼え、その身体に帯びる電気がバチバチと爆ぜる。紫電纏う剣が嵐のような暴力となってコピー・リオンへと襲い掛かった。
『くははっ! 身体を労わりながら行う通常の身体強化ではなく、半暴走状態に追い込む強制強化! 普通は他人に施す神奧勁は、オマエの得意技だったな!』
「この技が使えなきゃ何度死んでたかわからねえからな! だからお前は死ね!」
『断る! こっちも――【雷術・雷精神奧勁】!!』
同じく体内に雷撃を発生させて身体強化したコピー・リオン。
「おおおおお お お おおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お!!!」
『そうだ、来い! 全力で――全力を超えて掛かって来い!!!』
リオンが吼え、
コピー・リオンが叫ぶ。
漆黒の空間を切り裂いて、雷鳴と剣撃のぶつかり合う音が響き渡った。




