3-25 元勇者と銀の少女、忍び込む
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「さてとどうしたものかしらん」
夜も更けてなお雨止まず。
そんな中、黒い外套を纏ったリオンとセレネルーアは、ソーオの街角に立っていた。ただし石畳の上ではなく、集合住宅の屋根の上である。
不審極まりない姿の親子二人は、通りを挟んだ向こうにある商館を見ていた。
「マーカス傭兵団は父さんが潰した。残党がいるにしても組織としての体勢を整えるのが精一杯で、他国で犯罪やる体力があるとは思えない」
「だよな」
マーカス傭兵団――リオンがウーガの街で潰した、獅子人の男が頭だった犯罪組織である。ウイバリーを誘拐したことがリオンの逆鱗に触れ、その場にいた構成員まとめて始末したハズだ。
「まあそれも二か月経ってないからな。一年前からトウヅに進出してて、半年前から誘拐事件始めてて、現地である程度勢力を固めていたってんなら、頭のマーカスがいなくなっても混乱は最小限で済む……かもしれない。で、本家から半独立的な状態で今も元気に経営中……一応スジは通ってんな」
「もっと簡単に推測できるストーリーがある」
ジト目のセレネがリオンを見る。リオンもそれを疑っている。
「カールトンからの情報提供が間違っている場合だよな」
「そう」
現在二人が見張っている商館が、カールトン伯爵家の女当主、アンフィーサとその執事であるオニーシムからもたらされた、マーカス傭兵団のソーオの街における拠点とのことだった。
「深夜だってのに灯りが点いてる部屋がちらほらあるな」
「敷地内には警備兵と番犬が……ここから見えるだけで、五頭。黒塗りの馬車はここからは見えない」
夜目の効くセレネの言葉にリオンは頷く。
「厳重ではあるが、過剰な警備とは言えないな。見た限りでは全く普通の商館に見える」
当然と言えば当然だ。犯罪組織の拠点に、デカデカとそう看板が出ている筈もない。
立地としては街のほぼ中心部。人の往来が非常に多い場所だ。
アンフィーサからの依頼は、マーカス傭兵団の拠点となっているこの商館の調査だった。現在伯爵家にはこの手の潜入任務ができる部下がおらず、誘拐事件の容疑を確定できないとのことだった。
「なにより子どもたちの行方を探るのが最優先だしなぁ」
一番の問題はそこだった。
この連続誘拐事件、魔獣被害でなければ犯罪組織によるものだ。
だが五十件もの誘拐があったにも関わらず一度も身代金の要求がされていないのである。犯人側の目的や情報が殆ど無いため、今まで捜査はほとんど進展しなかったのだ。
今回のリオン達への依頼は二点。
「確定的な証拠の発見と、子どもたちの行方について手掛かり――か」
「商館なら馬車の出入りが多くてもおかしくない」
「いや表向き真っ当な看板出していて、裏では犯罪やってる場合なら、街のどこか……もしくは郊外に専用の倉庫があったりするもんだがな」
チリチリとした違和感がある。
何かがズレているようなそんな気配。
「ちっ、受けた以上はやるしかないか――セレネ」
「ん」
二人は路地に飛び降りると、行動を開始する。
リオンとセレネは、濡れた石畳を音もなく駆けた。
警備兵の巡回の隙を突き、死角となる場所へと走り込む。そして鉄柵の前へと至ると、リオンが後ろを向いて手を組む。
そのリオンの手を踏み台に、セレネは高く宙を舞った。
高さ三メートルを超える鉄柵を、軽々と飛び越え着地。
着地音も殆どせず、警備兵は全く気が付かなかった。
だが番犬はまた別だ。
犬といえば嗅覚が鋭いことは知られているが、聴覚も常人の十倍を誇る。その優れた聴覚が、セレネの着地音を捕らえた。
「……ん? おい、どうした?」
番犬の傍にいた警備兵が、異変に気付く。
唸りを上げて駆け出した番犬を追って、視線を向けたその先に――小柄な影。
「誰だ――ッッ!?」
しかし警備兵が誰何の叫びをあげることはできなかった。一瞬で背後に回っていたリオンの当身によって、奇麗に意識を刈り取られていたからだ。
そして番犬が向かったセレネはというと、牙を向いて飛びかかろうとする番犬に、
「よしよし。良い子だから静かにする」
そう頭を撫でて大人しくさせる。今まで牙を剥いていたのが信じられない程大人しくなった番犬は、軒下に移動してくわ、と欠伸をしてみせた。
頷き合ったリオンとセレネは移動を初め、館の周囲を警戒する警備兵と番犬を全員無力化し、裏口へと近づいた。
リオンが小さく言った。
(十秒待て)
しゃがみこんだリオンは【無限収納】から、小さく細い金属片を二本、取り出した。
それを鍵穴に突っ込んでカチャカチャと弄ること二十秒。
(あれ、おかしいな……前にトビーにやり方教わったんだが……この、くそっ)
(…………)
背後から銀髪少女の視線が痛い。
リオンはすっと立ち上がると、手刀を一閃させる。キンッと音がして、開閉面の突起部分が断ち切られ、扉は開いた。
(…………)
(プリン買ってやるから、ソーラとメイには内緒な)
セレネは力強く親指を立ててリオンの心意気に応じた!
何事も無かったように二人は建物内を窺う。
廊下には人影はなく、灯りは最低限だ。幾つかの扉からは明かりが漏れている――人の声もするので、まだ残って仕事をしている者がいるのだろう。
ここからが本番だ。
外套を【無限収納】にいれて、二人は建物の内部に侵入する。
†
「……何者だ!?」
リオンが扉を開けると、その中にいた男が素早く反応した。
しかし出来たのは叫ぶことまで。直後にセレネが放った銀色の波動に触れると、男は呻いて意識を失う。
死んだのではなく、眠っているだけだ。
「しかし簡単に眠るもんだな」
「良い子は寝る時間だから。私はそれを軽く後押ししただけ」
「なるほど」
そう言いう銀色少女である。普段から夜ずっと起きている彼女は悪い子なのだろうか、とリオンは疑問に思った。
「わたしは例外。夜更かししてても良い子」
「だな」
セレネの頭を撫でると、二人は作業に取り掛かった。棚や机の上の書類を確認し、違法奴隷取引の証拠を探すのだ。
だが――
「見当たらないな」
「書類を見る限り、この商会は凄く真っ当な取引ばっかり。脱税はしてるけど」
扱っているのは主に木材と鉱石。ソーオで採れた素材を他領地へと運んでいる。特に鉱石は重要資源だけあって国からの監視も強いが、賄賂を渡すことで儲けを誤魔化しているようだ。
既にいくつかの部屋を回って、凡その調べは終わっている。この商館長の部屋も調べた。隠し部屋は無し。隠し棚は見つけたが、脱税に関する資料ばかりだった。
違法奴隷を初め、人身売買に関する取引の証拠は全くない。
「つまり、この商館は例の行方不明事件には関与していない……?」
リオンがそう呟いた瞬間。
ソーオの街の外周を覆うように、強大な魔力が発生する。
リオンの直感がヤバイと告げる。
「この魔力は……セレネ、脱出を――ッ!?」
「わかってる」
二人は最寄りの窓に駆け出した。
しかし窓枠に触れるかどうかのタイミングで、街を覆う魔力は一つながりになり、円となった。更に魔力は街の中を駆け巡り、そこかしこに設置してあった要点同士を結び付けて複雑な図形を描く。
「これは……街を覆う魔法陣か!?」
「大規模結界!? 閉じ込めて――眠りの」
セレネがそう言った瞬間、魔法陣の効果が発動する。
強力な睡眠誘発の魔術。
通常であればそんなものが勇者リオンに通じる筈も無い――が、それを極大魔法陣で強化してある。
魔法抵抗を突き破った睡眠魔術がリオンとセレネ、のみならず街全体に襲い掛かった。
起きていた者は倒れて眠り、眠りについていた者は更なお深い眠りに誘われる。
僅かな抵抗の後、リオンとセレネもまた深い魔術の眠りへと沈んでいく。
魔術を行使したたった二人の人物――アンフィーサ・ヴラヴィノヴァ・カールトンと執事オニーシムを除き、ソーオの街は永遠に目覚めぬ眠りの中に堕ちていった。




