3-24 元勇者、話を聞く
お待たせしました、連載再開です。
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「金ってのはあるところにはあるよなァ」
リオンは、天井に吊り下げられた巨大なシャンデリアを見て呟いた。
光球を中心に、数多くのガラスで組み上げられたそのシャンデリア、所々に色ガラスも混ぜてあり、一体いくらの値段が付くのかもわからない。
執事のオニーシムによって連れられ、そして待っていて欲しいと通されたのはカールトン家の邸宅――というよりも宮殿の一角にある大食堂だった。
長―いテーブルが置かれ、真っ白なテーブルクロスがかけられている。その天井に吊り下げられているのがリオンの見ているシャンデリアだった。
「つうかシャンデリアって、金を出せば買えるものなのか? 一体どこに支払えばいいんだか見当もつかないんだがな」
「父さん、シャンデリア欲しいの?」
「いやなんとなくな」
隣に座るセレネルーアに、リオンは答えた。
もし買えたとしても、吊るす家がないのだが。
「貴族家の内装や高級家具を専門にする業者がいるのですわ。シャンデリアなどはものにもよりますがそれなりの価格ですから、顧客は一部の王侯貴族と大商会の会長ばかりです。紹介制ですし、一般の方が関わることはまず無いかと思いますわ」
「へぇ、そうなのか」
背後から声がして、振り返ったリオンとセレネは椅子から立った。
そこにいたのは、金髪の、線の細い少女だった。飾り気の少ないが見るからに質の良い生地のブラウスに身を包んでいる。
老執事オニーシムを連れた少女はニッコリと微笑み、軽くスカートを摘まんだ。
「アンフィーサ・ヴラヴィノヴァ・カールトンと申します。お見知りおきくださいませ」
「五級冒険者のリオンだ。こっちは娘のセレネルーア。育ちが良くないんでね、無礼な態度は見逃してくれるとありがたい」
アンフィーサはにこやかに微笑み、了承の意を返した。
「それで、依頼について聞きたいんだが……ソーオ領内で多発している、行方不明事件について」
握手を交わしたリオンの言葉に、アンフィーサは微笑みながら頷く。
「勿論です。ですが、先ずはお食事をいかがでしょうか。話はそれからでも遅くはありませんわ」
そういうと開いたままの扉から、ワゴンを押したメイドたちが入って来た。テーブルに銀のカトラリーが並べられ、ナプキンが整えられ、テキパキと食事の準備が整っていく様は見ていて面白いくらいだ。
リオンはセレネを見た。セレネは無言で頷く。
「ま、とにかく情報が無い事には始まらないか。依頼を受けるかどうかはその後だ。もし断ることになったとしても恨まないでもらいたいがな?」
「ええ、勿論ですわ」
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食後のコーヒーを飲みながら、リオンは腹をさすった。
「こういうコース料理ってのは、不思議だな」
「あら。当家の料理人の皿はお気に召しませんでしたか?」
「そんなことない。十分美味かったとも。ただ、あんな小さく上品に盛っているのにしっかりと腹に溜まって満足感があるのがね」
リオンに限らず冒険者たちは街の食堂や居酒屋で食事を調達する。当然質より量と酒にあう濃い味付けのものばかりになる。
「お口にあったようでなによりです」
「それじゃ本題と行きたいんですがね。俺らにする依頼ってのは、領内で頻発する行方不明事件で間違いない?」
「はい、その通りです」
細い眉に力を込めて、アンフィーサは頷いた。
「我がカールトン家としましても、攫われているのが領民であるならば手をこまねいて事態を静観していたわけではこざいません。オニーシム」
呼ばれて老執事が、テーブルの上に大きな紙をひろげた。
トウヅ戦王国オーソ領全域を記した地図だった。
「……いいのかい、こんなモノ俺に見せて」
「構いませんわ。必要なことですもの」
地図というものは、戦略物資の一種だ。
市販されている地図は大まかな川と山と街道と街の位置が記してあるだけのものが多い。
あまりに精確であれば、他国からの侵略に利用されてしまうからだ。そんな領主一族門外不出に指定されそうな精確な地図を、リオンは目の当たりにしていた。
「父さん。何か書き込んである」
「本当だ……なになに?」
セレネが指摘しする。ソーオの街中心に記されたこの地図。その周囲の村で起きた失踪事件について簡易的な情報が書き込まれていた。
オニーシムが地図を指しながら言う。
「事件は、ソーオの街を中心に起こっております。村や町の規模に関わらず、主に雨が降っている夕方の時間帯であることが殆どでございます。また、現場の植生や地形、河川や湖沼の有無について共通点が殆ど見られないことから、特定種族の魔獣によるものではないと思われます」
一匹の魔獣によるものだとすると、活動範囲が広すぎる。また目撃情報が全くないことが不自然なので可能性は低い。
「矮鬼族の可能性は? 複数の群れが個別に事件を起こしているとか」
セレネが尋ねた。奴らはどこにでもいる。
しかしオニーシムは否定する。
「ゴブリンによる被害は多少なりともどの村でも見られます。が、領軍や冒険者による討伐が行われているので、ひとつふたつならまだしも、これだけの範囲に相応規模の群れが複数あるとは考えにくいのです」
「まあ要するに。魔獣被害ではなく、犯罪組織による犯行なんだろ」
「その通りかと」
そこまではリオン達にもわかる理屈だ。
「で、問題はどこの組織かってことだよな。目星はついてるんだよな?」
「勿論でございます」
犯罪組織と一口にいってもピンキリだ。
凶悪犯罪を起こし当局に常に監視されるものから、犯罪組織だが貧民街の治安維持に一役買っているもの。組織というほどではない不良たちの緩い繋がりの集団から他国諜報部の出向機関の隠れ蓑。
問答無用で潰しました、では別の不具合が生まれることもある。
……リオンはそこまで考え、目を泳がせた。
つい最近、犯罪組織を問答無用で潰したことがあった気がする。
「マーカス傭兵団。キザヤ王国から来られた冒険者でしたら、ご存知ではないでしょうか」
「お、おう?」
「近年キザヤでも勢力を伸ばしていると――」
「ここ一年、国境の関所以外を通る不審な馬車の存在が――」
「ソーオの市街地に拠点を――」
「トウヅ戦王国に本格的に進出――」
リオンは、今の自分はさぞかし変な顔をしているだろうと思いながらオニーシムの話に適当に相槌を打っていた。




