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3-23 金の少女、食べる


  †



 リオンとセレネルーアが、カールトン家の馬車に揺られている頃。

 入れ違いでギルドの外に出たソーラヴルと、追いかけてきたメイは雨宿りで食堂の中へと入っていた。

 客もまばらな店内に、ソーラとメイは向かい合って座っていた。ソーラの後を付いて来たホルスが、「どうしたの?」と言いたげな顔で俯くソーラの顔を覗き込む。


「ああ、この雨。ヤになっちゃうね。止みそうにないし、水しか飲まないのも悪いから、ちょっと早いけど夕飯にしよっか。ソーラはなに食べる?」

「……おなか、すいてない……」

「そ」


 身体が資本の冒険者。食える時にちゃんと食っておくのは仕事の一部だ。その意味で今のソーラは冒険者失格なワケだが、


(ま、人間そんな気分の時もあるもんさね)


 気にせずメイは、自分の分だけ注文をした。


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙ののち、頼んだ料理が運ばれてくる。

 ジョッキに並々と注いだエール。

 大角牛(ホーンカウ)の分厚いステーキ、跳魚(トブウオ)のフライ、裂々乳草(シャキシャキレタス)のサラダ、揚伯爵芋(エライドポテト)大猪(オオジシ)のベーコンと困松菜(コマッタナ)のグラタン、鬼玉葱(オニオン)のスープ。

 ホルスの前にも大角牛の生肉が運ばれてきた。


「ではごゆっくりどうぞ」


 そう言ってウェイトレスがテーブルを離れていく。


「さて、いただきますかね!」


 しゃきん!

 と音を立てそうな感じでメイがナイフとフォークを手にし、さっそくステーキへと突き立てた。


「うん! 美味い!」


 ガツガツむしゃむしゃと料理を平らげるメイ。ホルスも山盛りの肉を前にして嬉しそうに啄んでいる。


「ほら、ソーラも食べなって。腹減ってるとろくなこと考えないんだよ」

「……パパ」

「ん?」

「パパに嫌われちゃった……」

「はぇ!? なんでそうなるのよ?」


 涙目のソーラである。


「だ、だってパパ、すごっ、す、凄く怒ってた」


 っていうか泣きそうだ。


「そりゃ違うわよ、ソーラ。リオンは怒ってなんかいなかったじゃないの」

「えっ?」


 顔を上げたソーラに、フライをがふりと咥えてメイが告げる。


「ふぁふぇふぁほほっへふっへひぃひふぁふぁひぃ。ふぃふぁっふぁっへひふほ」

「何言っているか全然わかんない」


 ジト目のソーラに、フライを飲み込んだメイか何事もなかったように告げる。


「あれは怒ったって言わない。叱ったっていうの」

「叱る……」

「ソーラ。それにセレネもだけどさ。アンタラは確かに強いよ。それにハティやホルスまでいれば、そこらの魔獣なんて目じゃないさ。おまけにリオンは勇者(アレ)でしょ」

「知ってたんだ、パパのこと」


 そうだろうとは思っていたが、メイがあまりに態度に出さないので確信はできなかった。


「そりゃ知ってるさ。あいつに冒険者のイロハを教えてやったのはアタシたちだからさ。ま、リオンがアレやってる時期は色々あって離れてたんだけど……ってそれはいいんだ。

とにかく、あんたら家族が揃っていて、勝てない相手なんてこの大陸にはいないでしょ」

「うん」


 それは自惚れでも過信でもなく、客観的な事実である。

 だが、


「例の件。仮に受けていたとすれば、ソーオ領中を行ったり来たりすることになる。効率良く情報を集めようと思ったら、アタシ含めて四人バラバラで動くのが一番いい。敵がバカでなければ、一人になったところを襲う――さて、ソーラは独りで勝てるかい?」

 

 ソーラの隣でピィッとホルスが自己主張する。


「そだねー、ホルスも一緒だよね」

「それは……もちろん、勝てる……」

「絶対に?」


 重ねて問われて、ソーラは詰まった。

 ついさっき、リオンに言い負かされたのと同じ部分である。

 微笑むメイがステーキをナイフでつついた。


「アタシもさぁ。こんなんでも上級冒険者ですから? まぁそこそこ強いワケよ。それでもね」


 手にしたナイフをかざして見せた。

 何の変哲もない、食事用のナイフだ。


「不意を突かれればこのナイフでも首掻っ切られちゃうし、罠にでも嵌れば矮鬼族(ゴブリン)にだってやられちゃうの。そしたら死んじゃうの。実際、数年に一度くらいの割合でそこそこ(ランク)の高い冒険者が低級魔獣に殺される事件(コト)があるかンねぇ。だから依頼で想定される魔獣に対する準備はちゃんとするし、そこがわからないなら、どんなにオイシイ依頼でも断るさね」


 命あってのモノダネであり、逆ではないとメイは告げる。


「逆に言えばもし依頼を受けるなら、相手がどんな魔獣か判らないってだけで報酬は釣り上げるよ。相手が何か判らないってことは賭博(ギャンブル)だからね。アタシの命を賭け(ベット)するってんなら、はした金じゃ受けらんないね」


 勿論、冒険者が受ける依頼に不測の事態はつきものだ。

 数匹のゴブリン退治かと思えば、ゴブリンの大群や大鬼(オーガ)退治するハメになったなんて話がザラにある。

 そういう依頼の内容と大きく逸脱した出来事が起きた場合、ギルドへの報告のみで冒険者は依頼を放棄する権利を持つ。あるいは依頼達成時に追加の報酬を要求することができる。


「けど、そうなれば依頼人としては余計な出費をすることになるし、予定通りに依頼の達成ができないことに業を煮やす。支払いを渋ったりも。するとどうなる?」

「……冒険者と依頼人の間で揉める?」

「正解。だから冒険者ギルドが間に入って仲裁するし、そもそも不測の事態を起さないように、ギルドが相手すべき魔獣や犯罪組織について事前に調査するわけよ」


 問題が解決しさえすれば良い、その為にだったら金に糸目をつけないなんてお大尽はごく一部だ。

 冒険者たちの間でよく知られる、こんな事件があった。

 ある村の村長の娘が攫われた。たまたまその村に滞在していた冒険者たちが村長に娘の救助を依頼されて動いたところ、犯人は狡猾な矮鬼族(ゴブリン)五匹だった。

 娘は無事に助け出されたが、事件の詳細を知った村長が報酬を惜しくなり、値切り始めたのだ。

 冒険者たちは憤慨した。

 たしかに報酬は、ゴブリン五匹の討伐依頼としては破格すぎる金額だったが、そもそも依頼はゴブリンの討伐ではなく、攫われた娘の救出だ。依頼を達成したのに満額支払われないのはおかしい、話が違う、と。


「ソーラはどう思う?」

「それは冒険者の人たちが正しいと思うけど……どうなったの?」

「この場合冒険者ギルドが間に入っていない直接依頼だったからね。揉めに揉めたらしいわよ。あまり裕福な村じゃなかったらしくてね、領主がその村長から、満額支払ったら税の支払いに影響が出る、なんて言われて村長側の肩を持っちゃったからもうメチャクチャ」


 そもそも血が繋がっているとはいえ、たった一人のために村の財政が傾くほどの報酬を約束する時点で村長として間違っているのだが。

 結局冒険者側が折れて、ゴブリン五匹分の報酬で落ち着いたらしい。揉めている間に別の依頼をこなす方がよっぽど建設的でもある。

 だが、感情的に落ち着くかどうかは別だ。


「結局、その村や領地は冒険者にまともに報酬を支払わない、って噂が出回っちゃってね。領内の冒険者が土地を離れたり、その村どころか領内全体の依頼を受けなくなって、魔獣による酷い損害が出たんだよ。村長はもちろん、領政を失敗したということで領主も王様から罰を受けたとかなんとか」


 では、冒険者たちは最初からゴブリン五匹の報酬で満足すべきだったのか?


「それもちょっと違うでしょ? 冒険者側が報酬を少なくて良いと言い出すならまだしも、値切られるのを黙って見ているわけにはいかない。何故か。他の冒険者たちの依頼料も、依頼人が値切りだすことに繋がるからサ――とと、話が逸れちゃった」


 つまり、とメイがまとめる。


見合うか(、、、、)見合わないか(、、、、、、)ってことなのヨ。判る?」

「うん」

「リオンはこの件、見合わないって判断した。場合によってはソーラやセレネの命が懸かるかも知れないのに、全部まとめても多寡が知れた金額じゃ見合わないってね。アンタは見合うって判断した。報酬はどう考えても釣り合わないけど、アンタの感情はそれで満たされる。それならいい(、、、、、、)、ってね」

「……わたし、間違ってたんだ……」

「いや、間違ってないよ?」

「えっ?」


 俯いて呟くソーラに、メイが答えた。

 意外な言葉にソーラが驚いた顔をあげる。


「ソコは間違ってないよ。感情が納得するってのは、とても大事。命懸けだからこそ、理や利より情を優先するって考え方は確かにある」

「で、でもパパはあんなに怒っ……わたしの事叱って、」

「ソーラが間違ったのはね。感情の部分でしか判断しなかったことよ。受けることのメリットデメリット、そうすることの周囲の影響。リオンが言っていた危険性。そういった全部を無視して、自分の感情のまま自分の命を危険に晒す依頼を受けようとしたことよ」

「…………」


 確かにあの時、ソーラは攫われた子どもを助けること『だけ』しか頭に無かった。

 リオンはそこを指摘していたのだ。

 子どもを助けたいと思うこと。それは正しい感情だ。全く間違っていない。

 だが、算数の計算ではないのだ。

 『正しい事しか見ない』『他の事は一切考えない』のは完全な間違いだ。


「じゃ、じゃあもしあの時わたし、『攫ったのはきっと集団で、もしかしたら凄く危険だし時間もかかるし報酬も少ないけど、子どもたちを助けたい』って言っていたら、」

「リオンも無碍にはしていなかったかもねぇ」


 くぴっ、とジョッキに口を付けてメイはソーラを見て笑う。

 呆けた顔と目に力が宿る。落ち込んでいた感情が盛り上がり、なんなら瞳に炎が宿ったかのようだ。


「メイさん、私も食べる」

「おう、食べな食べな」

「食べたらパパの所に行って、もう一回……ううん、こんどはちゃんと説得する」

「そうするといいさね」


 力強く頷くと、ソーラは通りかかった給仕のお姉さんに声をかけた。

 メニューを開いて、


「テーブルに乗ってる料理、全部追加で! あとこれとこれとこれも二皿づつ!」

「思ったより多いね!?」 

「沢山食べて元気出さなくちゃ! ではいっただきまぁぁぁぁーーーーーす!」


 完全に顔に力の戻ったソーラがナイフとフォークを手に取った。

 そして、


「……まんぷくでもううごけない……おやすみ……」

「ばかか!?」


 二時間後、夕暮れと満腹で眠気一杯のソーラは眠り込んだのだった。

 










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