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3-21 元勇者と金の娘、喧嘩する




  †




 ソーオの街に到着した時、天気はあいにくの雨だった。

 霧雨が街を包んでいる。空には重たい雲。

 その曇天が暗示するかのように、リオン達の心もどんよりとしたものだった。


「行方不明の子どものことばっかりだったな」

「だねぇ。魔獣の出現情報が掲示板の隅に追いやられてるの、初めて見たよ」


 リオン達は今、冒険者ギルドに併設された酒場にいた。

 遅めの昼食というのもある。

 また先日村人に頼まれた依頼書を届けに来たというのもある。

 だが旅をする冒険者たちは、何よりも情報を求めてその街のギルドへと立ち寄る。

 危険な魔獣や盗賊たちの出現報告。土砂崩れで山間の山道が通れなくなっていたり。都合が良ければついでに何かの依頼を受けることもできる。今受けている依頼の、思わぬヒントを得ることもある。

 そうした細かい情報が時に自分たちの命を救うことになるかも知れないのである。

 そして今ソーオの街で最も話題となっているのが、周辺地域で子どもたちの行方不明が相次いでいる事件だった。


「掲示板には『行方不明者ノ情報求ム』で一杯。アタシたちが受けたのもその一つに並んだわけだけど」

「有力な情報は無いって、ギルドの受付さんも言ってたよ」

「あのおじさんも情報提供依頼出すのは三回目って言っていたしな」


 他の冒険者たちも、重く、そして深刻な表情だった。

 こんな時代である。子ども一人がいなくなることは珍しくはない――が、こうも立て続けに、そして広い範囲で続けば話は違ってくる。

 この半年での行方不明者は、五十を超えていた。


 家族はやり切れないだろうな、とリオンは思う。

 脳裏に浮かぶのはミヤジヨでの一件だ。死んでなお、子を育てようともがいた母親のあの姿。忘れ形見の孫を抱いて微笑む老夫婦の笑顔。


「もし手遅れだったとしても、せめて遺体が見つかればな」

「!? どうしてパパ、そんなヒドいこと言うの!?」


 ぽつりと呟くリオンに、ソーラが反応した。

 そんなソーラに、メイが宥める様に声をかけた。


「落ち着きなソーラ。リオンだって子どもたちの無事を願ってるさ。けどあたしら冒険者は、もっと現実的に現実を見なきゃいけない時もあるンだよ」

「……けど……」


 ソーラだって、それはわかってる。行方不明になって数か月も経ってなお子どもが無事だなんて、楽観的すぎるということは。

 だがメイやリオンが考えているのは、ソーラが思っているよりももっと現実的なことだった。


「例えばさ、遺体の状態から犯人の目的や手口、あるいは正体が判る場合がある。魔獣ならば特徴的な噛み傷や歯形から種族を特定できることもあるワケ。で、相手の正体が何か判れば対策も打てる。犯罪者なら憲兵や賞金稼ぎ《バウンサー》、魔獣だったらあたしら冒険者の出番さ」


 けど、とメイは続けた。


「なにも出てこない。怪しい集団の目撃証言も、不審な馬車のわだちの跡も、魔獣の足跡や糞も、何かを引き摺った跡もね。行方不明の子どもを探す。それはわかってる――でもそのために、何をすればいいのか全く分からない。最悪な状況さ」


 メイは語らなかったが、遺体が発見されることには別の効果がある。これ以上ない明確な結果を突き付けられることで、遺族は諦めることもできるだろう。残酷で苦しい、そして悲しいが、『終わった』ことにできるのだ。

 だが、現在の状況はそのどれもができない。

 子どもたちの行方は杳として知れず、何も見つからないから注意する以外の対策が無い。そして親たちは、生きていることを願って、尽きない不安と心配を抱えたまま夜を過ごす。

 子どもたちが見つかるまで、ずっと。


「ハティはどうだ?」


 リオンの問いに、セレネルーアは首を振った。


「ダメ。雨のせいで匂いが流れてる」


 当然、セレネたちが村人の話を聞いて協力を申し出ないハズがなかった。

 だが子どもの持ち物の匂いは村の外れで途切れていた。行方不明になった夜に雨が降ったのだという。

 

「ハティは他の犬や狼より鼻が利く。けど流石に何か月も前の、何度も雨が降った後じゃ追いかけることができない」

「だよな」


 そんな簡単に追跡できるのであれば、獣使士の誰かがとっくに情報を持ち帰っていることだろう。馬車の中でホルスと一緒に荷物番をしているハティは、今頃役に立たなかったと不貞腐れているに違いない。


「手詰まりだな」


 椅子の背もたれに体を預けて、リオンが言った。


「この件は本腰を入れて取り掛からないと解決の糸口すら見つかりそうにない。少なくとも、通りがかった村でちょっと聞き込みをした程度じゃ無理だ」


 他三人の顔を順番に見渡して尋ねる。


「だが本気でやるって言うんだったら、結果に見合わない労力が必要になる。ちょっと山奥の希少な薬草を採ってくるってのとは訳が違う。なにせ肝心の、『何をどうすればいいのか』すらはっきりわかっていないんだからな」


 目的ははっきりとしている。行方不明の子どもを探して見つけ出せばよい。

 だがその為の手段がわからない。山を探すのか、川を漁るのか。犯罪組織が関わっているのか、魔獣が関わっているのか。


「何をすればいいかわからないってことは、それに費やす時間と費用がわからないってことだ。山奥の薬草って例でいえば、登山の装備や周辺に出てくる魔獣の対策。行程から逆算して必要日数や食料品の準備なんかの諸々の予定が立てられるんだがな。今回の場合、下手すれば数か月どころか数年かかるかも知れん」


 そしてなにより。


「それだけの苦労を重ねたとしても、得られる報酬は雀の涙だ。正直割に合わない上に手間もかかる」


 ちらりとリオンは依頼掲示板を見た。

 そこには確かに『行方不明者ノ情報求ム』の依頼票で溢れているが、一つ一つの報酬はハッキリ言って小額だった。依頼者が農村の、裕福ではない者たちばかりだからだ。

 しかも今現在、この地域で子どもたちの行方不明は多発しているが、それぞれは別個の事件として扱われている。総合的な依頼として一つに取りまとめられていないのだ。

 なので全ての依頼の報酬を集めたとしても多寡が知れているうえ、子どもが死んでいると知った親たちの中には報酬を出し渋る者もいるだろう。対応はギルドがしてくれるが、割に合わないのは目に見えている事だった。


「そんな……パパ。困っている人たちが、子どもが居なくなっているのに、お金が少ないから助けないっていうの!?」

「そうだ」

「ッ!!」


 余りにも率直すぎるリオンの言葉に、ソーラが噛み付いた。そして返って来た言葉に眉を吊り上げる。


「どうして!? お金がそんなに大切だっていうの!?」

「いや。正直金はどうでもいい」

「だったら助けようよ!」

「場合によってはお前たちの命が危険に晒される。他人の子どもやあれっぽっちの報酬じゃちっとも釣り合わない」

「そっ……!」


 きっぱりと言い切られて、ソーラは言葉に詰まった。


「断言しておくぞ、ソーラヴル、セレネルーア。俺はお前たちが大切だ。赤の他人の子どもたちよりもな。天秤に乗せるまでもない」


 リオンの真剣な言葉に、ソーラは息を飲んだ。


「だから、お前たちが攫われたって言うならば世界を引っ繰り返しても探し出すさ。必要なら他人の子どもを見捨てるくらい平気でする」

「だ、だったら! 子ども攫われた人たちの気持ちもわかるでしょ!?」

「まあな。けど見捨てる」

「どうして!? 私たちなら、きっと子どもたちを助けることができる……ひッ」


 ソーラがその言葉を言った瞬間、ギルド全体の喧騒が消えた。

 リオンがはっきりとした、怒気を露わにしたからだ。

 座った目付きでリオンが尋ねる。


「ソーラ。お前、何を己惚れてるんだ?」

「パ、パ」

「お前もセレネも、そりゃ強いよ。同じ歳頃だった俺よりも遥かに強い。鬼猿と殴り合って、実剣ではないとはいえB級パーティを手玉にとれるだけの実力がある。で、それが今、何か役に立ってるか?」

「それは……」

「お前は、大体の敵を正面から殴り倒す力があるよ。でも世界最強ってワケじゃない。正面からやりあって、お前を力でねじ伏せることが出来る奴はいる。今回の相手が、そうでないってどうして言い切れる?」

「け、けど――こんな、コソコソしてる奴なんて……」


 口にして、ソーラは直ぐにそれが失敗だと気が付いた。

 メイもセレネも渋い顔をしている。


「コソコソしている奴が、弱いなんて誰が決めた?」

「……ッ」


 山奥でコソコソ隠遁生活をしていた、壊神討伐の元勇者がいう。


「ソイツは、半年の間に少なくともソーオ周辺で五十人の子どもを攫い、その痕跡を完璧に隠蔽し、追跡を困難にすることのできる能力がある。だがこの考察に、今のところ意味は無い」


 何故か判るか、と聞かれたセレネが答えた。


「魔獣にしては行動範囲が広すぎる上に証拠も痕跡も残さなさすぎる。状況だけでいうなら、人間の、集団と考えるのが妥当」

「正解。では、集団の一番の利点はなんだ?」

「分担」

「正解。では、その集団の中に、ソーラやセレネより……俺より強い奴がいないと言える根拠は?」

「……無い」

「~~~~~~~~ッッッ!!」


 完全に論破されたソーラが、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。


「パパのバカッ!!」


 そう叫ぶと、椅子を蹴倒して立ち上がり、外へと駆け出して行った。


「あっ、おい!」

「待った。アタシが行くよ」


 リオンが腰を浮かせるが、それよりも早くメイが立ち上がった。


「大丈夫、あの子は賢いからね。リオンが言ってることが正しいって理解してるさ」


 はぁ、とリオンがため息をつく。


「ソーラの言うことも正しくないわけじゃない」

「感情が納得するかどうかはまた別さ」


 そう言って、メイもソーラの後を追って外へと飛び出した。

 いよいよ雨足は強くなり始めている。

 

「……はぁ」


 あとには椅子に座り直して顔を手で覆うリオンと、どことなくジト目のセレネが残された。緊張した空気が消えて、ギルドに談笑と雑談のざわめきが戻って来ていた。

 





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