3-19 銀の少女、答える
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ミヤジヨの街から、馬車で街道を三日。
リオン達は問題なく国境を越えることができた。そこからしばらく進んだところに開けた場所があったので、そこで野営することとなった夜。
「野営っていっても、あんたらと一緒だとほんとラクでいいねぇ」
椅子代わりの丸太に腰かけるメイが、焚火を前に呟く。
アンタも飲むかい、と火にかけていたポットを差し出すと向いにいたセレネルーアは首を横に振った。
「いらない。それに、野営が楽なのはいつものこと」
セレネはいつものように横たわるハティを枕にだらりと構えている。
夜――ソーラを除く三人で、順に見張りを行っているのだ。
だが、セレネは夜の殆どを起きて過ごしている。
まだ幼いセレネは寝かせて、自分とリオンで見張りをすべきだと主張したメイだったが、この数日、夜を寝ないセレネと夜は殆ど起きていられないソーラを見て、その主張は撤回されたのだった。
なお、リオンとソーラ、そしてホルスは馬車の中で寝袋に包まってぐっすりと寝ている。
「アンタにはこれが普通なんだろうね、セレネ。リオンやソーラと一緒だし、【収納】系のスキルももってる」
羨ましいことだよ、と言ってメイは肩を竦めた。
冒険者として旅をしていると、いかに休息を取るかはとても重要な問題だ。
複数人であれば交代で見張りを立てることもできるが、独りだとそうもいかない。
歩きであれば荷物に限界があり、馬車であれば馬の世話も行う必要がある。
役割分担ができることの利点は計り知れない。
メイのような高ランク冒険者であれば体力任せに強引な旅も出来なくはないが、そもそも冒険者とは旅することが目的ではないのだ。道中余計な疲労も危険も少ないに越したことはないのである。
長く独りで活動してきたメイにとって、この数日の旅は快適そのものといってよかった。
「だけどなんと言っても、ハティが一番だね」
「ハティが?」
「そうさ。魔獣は同系統の動物よりも能力に優れていることが多い。ただでさえ鼻が利く狼の、そのまた魔獣だよ。警戒索敵にこれ以上のうってつけはいないさ」
「だって、ハティ。褒められた」
セレネがハティの首をポンと叩くと、フン、興味ねぇよとばかりにハティがそっぽを向いた。だがその尻尾がパタパタ動いている辺り、嬉しくはあるのだろう。
「ねぇセレネ。魔獣を使い魔にするなんて専門の獣使士でも何年も時間をかけて行うものだけど、ハティとはどうやって出会ったんだい?」
「メイは一つ勘違いしている。ハティは使い魔じゃない。そう振舞ってる方が街中で問題が少なくてすむから。それだけ」
「じゃあ、使い魔じゃないなら何なんだい?」
問われてセレネは一瞬考える。
友達。親友。相棒。家族。弟。椅子。移動手段。
どれもしっくり来るようで、少しだけ何かが違う。
親友というにはもっと束縛的で、相棒というにはより使役的。
家族というにはもっと精神的で、仲間というにはより隷属的。
だから出てくる答えは、
「ハティはわたしの――【眷属】」
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【眷属】――意外な答えに思わずメイは目を丸くした。
本来的な意味であれば眷属とは、血縁や強固な主従関係にある対象を指す。だが、冒険者が言う【眷属】とは、魔力や闘気によって性質そのものを変質させた被使役存在である。
例えば死霊術士の操るアンデッド、吸血鬼の蝙蝠や鼠がそれに当たる。
ある種の強力な魔獣――例えば上位の竜などは下位の亜竜を使役するし、矮鬼王が矮鬼族たちを束ねて軍勢とすることもある。それらは非常に強力で危険な存在だが、【眷属】ではない。
いわば人の王や貴族が市井の人々を使役するのと同じで、魔力、あるいは権力によって強制的な支配をすることはあっても、存在そのものの変質まではされてないからだ。
「へえ……【眷属】って、そりゃまた。本職の獣使士でも、使い魔を指してその言葉を使う奴はいないよ」
「当然。【眷属化】には条件がある。ただ魔力を注げばいいわけじゃない」
獣使士は魔獣の幼体に自分の魔力を馴染ませながら育てることで、使い魔とする。そうすることで魔力的な強化も行えるし、無言での意思疎通もできるようになる。
「条件ってのは? それさえ整えばアタシにも【眷属】ができるものなのかい?」
「メイには無理。私も、ハティだからできた。赤ん坊の時に親を亡くしたのを見つけて、拾って以来ずっと育ててるし、何より相性がよかった」
「相性かぁ」
メイも動物は嫌いではないが、好かれるような性格ではない自信がある。
「そう。もし私が卵から育ててもホルスは【眷属化】できない。ソーラだからできた。逆にソーラもハティを【眷属】にはできない」
「なんでだい? ソーラとアンタは双子なんだろ?」
魔力の持つ波長には個人差があると言われている。
だが双子であれば、その波長は非常に近しいものになる。
「隼は、太陽に住まい獲物を目がけて襲い掛かるから。そして狼は月を望んで吠えるから。だからハティが私の【眷属】」
そう言って、セレネはハティの頭を撫でた。嬉しそうにハティも耳を動かしている。
「月と、太陽……」
メイの脳裏に、ミヤジヨの街での幽霊騒動が思い起された。
あの哀れな母親が変じた悪霊に向かって突進するソーラの、背に生えた陽光を湛える翼。
「アンタたち、一体」
【眷属】と称する魔獣に体を預ける、目の前の銀の少女。
双子の少女共々、見た目通りではないことを察してメイは思わず口にしていた。
そうだ。考えてみれば、おかしなところが沢山ある。
ソーラの翼もそうだし、【眷属】を有するという部分も。
「冒険者の過去は詮索しないのが暗黙の了解。仮に気が付いても必要が無ければ口にするものじゃない。違う?」
「あ、いや。そうだけど」
そこでセレネが更に何かを言おうとして、止めたのがメイには分かった。
銀色の瞳に何もかも見透かされているようでどうにも落ち着かない。
自分の中にある、熾火のようにいつまでも燻ぶっている醜い感情を見抜かれているのではないか――そんな気さえしてくる。
だからセレネが飲み込んだ言葉の代わりに「そろそろ時間」と言ったので、メイはそそくさと夜番をリオンと代わった。交代するには少し早かったのに。
馬車の中で毛布を被ったメイは、隣で眠る金色の少女の、幸せそうな笑顔を見て思わずその頬っぺたをつついてみる。
「……パ~パァ、もー止めてよう~」
むにゃむにゃと寝言を呟くソーラ。メイは思わず微笑む。と、同時に先ほど自分が口にした言葉を思い起し、呟いていた。
「月と、太陽」
彼女たちは一体何者だろう。
セレネは、冒険者の過去を詮索するなと言った。その通りだ、メイもよく知っていることだ。
だが――齢十二、三の少女に一体なんの過去があるというのか。
それを考えると、『リオンの娘』という部分についても疑問が湧いてくる。
メイは、リオンが勇者として活動する前の時期を知っている。事情があってメイはこのクシュウ亜大陸を離れていたが、そんなメイの元にも『勇者リオン』の活躍は届いていた――壊神と相討ち、亡くなったという噂も。
リオンが生きていたこと自体は、驚きはしても不思議ではなかった。
この稼業、死んだと噂されていた者が実は生きていたというのはよくある話だからだ。
だが、『勇者リオンに娘がいる』という噂は聞いたことが無かった。
それが事実ならば、ソーラとセレネはリオンが死んだとされた時期に生まれた娘ということになる。
壊神との相討ちから七年と少し。
ちょっと体格の良い十歳と見積もっても年齢計算が合わない。
獣人族などは純人族に比べても成長が早いが、そうとすればわざわざ純人を装う必要が不明だ。そしてあの戦闘力。
考えれば考える程、双子の正体がわからなくなる。
一抹の不安と疑問を抱え、メイの夜は更けていく。
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そして翌朝。
「……ひどい雨」
出発した幌馬車の中で、セレネはため息交じりに呟いた。




