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3-18 槍士、同道する




  †




 悪霊騒動から明けて、昼を過ぎてリオン達は領主の館にいた。

 結局昨夜の騒動のあと彼らはヒュージの求めに応じて領主の館へと連れていかれ、朝方まで事情聴取を受けていたのだ。夜に弱いソーラヴルなどはリオンの膝枕で寝ていたが。

 

「昨夜は、エスターのために迷惑をかけたな。リオンどの、メイどの、お嬢ちゃん方も。どうもありがとう」

「私からもお礼を言わせて下さいませ。どうもありがとう。感謝の言葉もございませんわ」


 昼食を終えた食堂で、ヒュージとその妻であるエマ、後ろに控えたメイドや執事まで揃ってリオン達に頭を下げた。これにはリオンのみならず、メイまで慌てた。


「ちょっ、頭を上げて下さい。貴族の方が冒険者に軽々しく頭を下げては他の者に示しが付きません」

「もちろんそうだ。だが、これは伯爵としての儂ではない。一人の親として、祖父としてそうしたいのだ。それが礼儀というものだろう」

「そうですわ、リオン様。お陰で娘の忘れ形見をこの腕に抱くことが出来ましたもの」


 エマが微笑み、傍らの揺り籠を見る。そこにはすやすやと眠る赤ん坊がいた。

 席に着いたヒュージたち。紅茶を飲んで口を湿らすと言葉を続けた。


「とはいえ、これは貴族家としての恥を晒した一件でもある。申し訳ないが、この件については他言無用ということで頼みたい」


 ヒュージが合図をすると控えていた執事前に出て、リオンとブレントの前に袋を置いた。


「迷惑料兼口止め料だ。ブレントと申したな、リオンどのたちへの依頼は儂が立て替えることとして、店の修理費用も足しておいた。確認してくれ」


 畏まったブレントが袋を開くと、そこには……


「き、金貨がこんなに!」

「気にすることは無い。お主にこそ一番迷惑をかけたし、ハチミツの支払いもせねばならん。なによりお主のお陰で孫は生き永らえたのだ。受け取ってくれねば儂が困る」

「ははぁ! あ、有り難く頂戴いたします!!」


 なお、ブレントはエスターが支払いに充てた指輪や金貨をヒュージに返還している。あれは元々エスターの副葬品として棺に入れられていたものだったからだ。それらはバトル夫婦が大切に、娘の形見として保管している。


「口止め料を頂くからには他言はしないと誓いますが、結局あの赤ん坊は一体……?」


 メイの問い掛けに、ヒュージは少し考えて口を開いた。


「まぁ、なんだ。お主たちも訳の分からぬまま騒動に巻き込まれて迷惑だったろう。疑問に思うのも当然だし、知る権利もある。儂らの懺悔代わりでもあるし、娘のために祈って欲しいからな」


 ため息交じりに、ヒュージは語った。


 衛兵隊長が漏らしたように、バトル家の一人娘だったエスターは病弱だった。そのせいで許嫁との結婚が度々延期となっていた。

 そんな折、お抱え医師の弟子として新たにやって来た青年と恋仲になってしまったという。


「将来有望だと医師は言っていたがな。そんなこと伯爵家として許すことはできない。それを知った儂は、あの手この手でその青年を王国北部へと追いやった。この街から出ることなく育ち、結婚後もおそらく街を出ることの無いエスターにとって、そこは世界の果ても同じくらい遠い場所だっただろうな」


 例えばヒュージや妻のエマは社交のため王都に赴くことはあっても、その更に向こう、国の反対側の端まで行くことは無い。王都までの旅程も、病弱なエスターには耐えることはできなかっただろう。


「エスターは当然その事を嘆き悲しんで、体調を崩して寝込んだ。以来儂は勿論、妻とも殆ど顔を合わせることを嫌がり、僅かな身の回りの世話をするメイドを除いて誰も近づけようとはしなかったのだが……まぁ、身籠っているのを隠したかったのだろうな。それを知ったら儂は堕ろせと命じたことだろう。気が付いた時には、もうそれもできない時期に差し掛かっていた」


 落胆する様子のヒュージの言葉を、エマが引き継ぐ。


「ですが、子を産むとはそもそも命がけの行為です。病弱なあの子が、十分な準備も無しに成し得たとは思えません。実際に日に日にやせ細っていくあの子を見るのがどれほど辛い事だったか……」


 それでもエスターは愛しさを滲ませなる手で、大きくなる腹を撫でていた。

 だが、エスターの元に悲報が届く。

 開拓村に往診に出た青年が盗賊に襲われて大怪我を負った。そして彼は村人の看病も及ばず亡くなってしまったのだ。

 死の床で書いた青年の遺書は、バトル家へと届けられた。青年とエスターの関係を知っていたメイドが配達人から受け取り、ヒュージに報告することなくエスターへと渡してしまったのだ。

 愛する青年の死を知って、エスターは酷く気落ちした。

 病は気から、なんて言葉があるが、元々病に侵され衰弱していたエスターにとってそれは致命的となってしまった。


「手紙が届いて僅かな間で、エスターの病状は悪化して、火が消えるように亡くなったの」

「そして死産ということで胎の子ともども埋葬したのだが……」


 あとはリオン達も知っての通りだ。死産どころか、棺桶の中で赤ん坊は生まれた。その子を育てるためにこの世に留まったエスターの魂だったが、存在自体が不安定な剥き出しの魂は周囲の不浄なものに侵され、魔獣化しやすい。それでも数日に渡ってブレントの店でハチミツを購入し、子に与えていたのだ。

 或いはそれは、生来病弱だった母親(エスター)の最期の執念だった。


「……母親って、すごいね」

「うん」


 黙って話を聞いていたソーラが呟き、セレネが頷く。


「今頃娘は、天国で青年と一緒に居る事でしょう。娘の一生が幸せだったかはわからないが、せめてこの子が無事で良かった。それだけが救いです」


 ヒュージが言った。その眦には涙が浮かぶ。

 こうして、ミヤジヨの街の一角で起きた奇妙な幽霊騒動は幕を閉じたのだった。




  †




 結局バトル家を辞するのが遅くなったため、リオンたちの出立は更に翌日となった。

 元々予定があってないような旅である。入口は半壊したものの営業を再開したブレントの店で旅に必要な物を購入し、ミヤジヨの街を出る。


「へぇ、メイさんもトウヅ戦王国に向かうんだ」

「まぁね。ちょっと用事があってねぇ。探し人がそこにいるらしいからさ」


 リオンが操縦する馬車の中でメイとソーラがお喋りしている。

 セレネはハティを枕に昼寝の真っ最中だ。


「しかしあんたらの旅、楽でいいね。ホルスっていうんだっけ? あの鳥さんが空から見張ってくれてるから魔獣の襲撃警戒しなくていいし。……なぁ、リオーン」


 馭者台に続く天幕を捲ってメイが言う。


「へいなんでしょや」

「トウヅまで、あたしも一緒に乗っけてってくれよ」

「あんた街出た時からずっとそのつもりだっただろ」

「へへ、まーね」

「ちゃんと乗車賃払えよ」

「え!? 金取るの? あたしから!?」

「いや、当然だろ」

「アンタが駆け出しの頃を知ってるあたしから金取るの!?」

「ゑっ」


 リオンの顔色が変わる。


「ちょっとデカイ依頼を達成した報酬握り締めて色街に駆けていったけどタチの悪い店に引っかかって、いたすどころかベロベロに酔わされて前後不覚になったところで有り金全部巻き上げられた挙句泣き付いて来たから、仕方なく暫くの間の生活費を貸してあげたあたしから金を取るっていうの!? アンタ正気!?」

「やめろォ!!」


 リオンが叫んだ。

 メイの言葉通り、若く失敗ばかりだった頃のリオンを知っている彼女は、まさしくリオンの弱点の宝庫だ。


「タダで良い。タダでいいから止めて下さいお願いします。でないと泣きます。主に俺が」

「へぇ……ねえねえ。メイさん。パパが駆け出しだった頃の話、もっと聞かせてよ!」

「待つんだソーラ。それ以上いけない」

「ふーん。どっしよっかなぁ? こんなかわいい子に頼まれたら、あたしも無碍にはできないねぇ」

「止めてお願いマジで止めて。ほんと! マジで!! ゆるして!!!」


 そんな騒動を薄目を開けてみていたセレネは、興味なさそうに寝返りをうつ。

 幌の向こうには街道と、遠く小さくミヤジヨの街が見える。

 脳裏に浮かぶのはエスターが最後に見せた微笑みだった。


「……どうしたの、セレネ」


 ぎゃあぎゃあ言い合っているリオンとメイから離れて、ソーラがセレネに気が付いた。


「ちょっとだけ」

「うん」

「母上たちに会いたくなった」

「……そうだね。今頃何してるかな」

「忙しいから。あの人たち」

「そうだね」


 小さく囁き合って、双子は笑みを交わす。

 他の誰にも聞き取れない、二人だけの秘密の会話だった。


「でもきっと、もうすぐ会える」

「パパのこと紹介しないとね」

「でもきっと、父上(・・)は」

「うーん。父上はそうだよね。けどパパなら大丈夫だと思うよ」

「うん。私もそう思う」



   †



 リオン達が漏らした訳ではないが、人の口に戸は立てられないのも世の常である。

 バトル家で起きた話はいつの頃からか人々の間に広く知られるようになった。

 最初の頃は伯爵家の醜聞として。

 そして子が長じてからは、その才覚を彩る逸話の一つとして。

 バトル家の跡取りとして育てられた件の男児は母親譲りの美しい顔、そして知勇兼備で聡明な青年へと育った。やがてバトル家の家督を受け継いだ彼は様々な政策を打ち出し、領地をさらに繁栄させる名領主として国内外に知られるようになる。

 

 伯爵家の幽霊寵児。

 

 やがて時代や地域を超えて語り継がれるお伽話となるのだが、それはまた別の話である。





と、言うわけで第三章でした……と言いたいところですが第三章自体はもう少しだけ続きます。

第四章までに挟みたいエピソードがもう一つあるので。


それでこの「幽霊寵児」のお話ですが、まぁツッコミが入る前に解説しておこうと思い、

こうして今回はあとがきをつけています。


元ネタは説明不要の有名な怪談、「飴屋の幽霊」ですね。

粗筋も大体一緒で、


夜な夜な水飴を買い求める不気味な女性の後をつけたら墓地についた。

赤子の泣き声がするので数日前に亡くなった女性の墓を掘り返すと、

死後棺桶のなかで出産した赤ん坊が泣いていた。

赤ん坊はお寺に預けられ、長じて有名な高僧になったという……


という流れです。

今回の話を執筆するに当たりちょっと調べてみたところ、

この怪談は京都の物が最も有名だそうで、飴屋や預けられたお寺の名前が判明しているとのこと。

一方で古くからある民話・説話・怪談の類は人づてに伝わり、

詳細は違うものの類話が各地に残っているというパターンがあるようで。

僕がこの話を書こうと思ったきっかけも、

京都ではなく地元の民話集から見つけた怪談からでした。


「有名な飴屋の幽霊をファンタジーでやるならどういう話になるだろうか」


と思いついたのです。

どんな話になったのかはごらんのとおりです。

プロットはそのまんまなものの、

「自分の作品に取り込む」という前提でリ・ノベライズするのは

新鮮な思いがする一方、一種の縛りとなってストーリー上の整合性を取るのに苦労しました。

どこまでうまくいったかは分かりませんが、楽しんで頂ければ幸いです。


この続きともどもよろしくお願いいたします。


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