3-17 父親、慟哭する
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衛兵隊の隊長と共に幽霊の後を追って走る。
先日ブレントが追った際には角を曲がって見失ったそうだが、今回もまた同じだった。
「あれ、居なくなってる!」
ソーラヴルの言葉に、しかし隊長は躊躇わなかった。
「大丈夫。こっちだ」
「えっ、隊長さん、あの人がどこに消えちゃったか見えたの?」
「見えなかった。が、あの方がどこに向かっているのかなど考えなくても判る」
隊長はハティに跨り、頬をさすっているセレネルーアに尋ねた。
「きみはさっき、子どもを育てている、と言ったな。どうしてわかった?」
「私はそういうのがわかる、としか言いようがない」
悪霊化していたその表面部分を吹き飛ばしてようやく、セレネはそれを感じることが出来た。こういった感覚はソーラも備えているが、セレネはそれを遥かに上回る。
「そうか……」
ある種の修行を修めた神官や巫覡は死者と交信することができるという。その類だろうと納得した隊長は、夜の街を駆けながらもリオン達に語った。
「あの方は――間違いない。エスター・バトル様という。このミヤジヨの御領主ヒューゴ・バトル伯爵様のお嬢様だ」
「深窓の御令嬢だったってわけかい」
メイの言葉に隊長が頷く。
「そうだな。俺も数える程しか顔を見たことがないが、奥方様に似て美しい方だった。だが、病弱でな。先日、亡くなられてしまったばかりなのだが」
エスターは、バトル家の一人娘である。
そのため親の定めた婿養子がいたのだが、その病弱さから結婚は先送りとなっていたという。
「若い身空で病死かい。無念だね」
「う、うむ。病死といえば病死……なのだが」
メイの言葉に、隊長は歯切れ悪く答えた。
リオンが尋ねる。
「なにか事情があるのですね?」
「まぁ、そうだ。すまんがこれ以上は勘弁してくれ。バトル家の名誉に関わることだから、俺の口からは……お前たちも、他所でこの話をするのは控えてもらいたい」
メイとリオンは肩を竦めた。
未婚の貴族女性、そして子どもというキーワードから凡そのことを察したのだ。
「わかったよ。冒険者が貴族の恨みを買っても碌なことにならないからね」
「助かる。……ああ、そこを曲がったところだ。お前たちはシャベルを用意しろ、墓を掘り返すことになるからな!」
命じられた衛兵が別の方向に駆けていく。
隊長によって案内されたのは街の外。衛兵用の裏門を抜けて、辿り着いたのは予想通りの墓地だった。
月明かりに照らされた墓地の一番奥に、一際大きな墓石の並ぶ一角があった。柵で区切られるそこが貴人用であることがわかる。バトル家の墓所だった。
隊長は躊躇いなくそこへと入っていくと、一番手前にあったまだ真新しい墓石へと近づいた。
「エスターお嬢様の墓か」
「そうだ。亡くなってまだ六日しか経ってない」
そこに、寝間着に外套を羽織っただけの男性が慌てた様子で馬を駆って来た。高級そうな外套から、貴族であることが伺える。彼が領主のヒューゴ・バトルなのだろう。中年だが引き締まった体つきに、武芸を嗜んでいることがわかる。国境の街を任されているだけあるが、さしもの彼も、深夜に叩き起こされた上騎走してきたとあって、顔を真っ赤にしていた。
「夜分にお呼びだてして申し訳ございません、伯爵様」
「ぜぇ、ぜぇ……全くだ。エスターの件というのでなければ、貴様はクビだぞ……」
それで、とヒューゴは続けた。
「エスターの幽霊が現れた、と聞いたぞ。しかし、娘がなぜ幽霊に?」
伝令は、子どもの件を聞いていなかったのでヒューゴもまた、エスターが幽霊になって現れたことまでしか聞いていない。
「それは……」
と、隊長が言い淀む。事情を知らいリオン達や他の衛兵たちに聞かれたくないからだが。
「そんな気を遣っている場合じゃない」
セレネが割って入った。
「なんだ、貴様は?」
「それはあとで説明する。それより、耳を澄ませて。みんな静かにして」
「……?」
銀色の少女が、有無を言わさずに命じる。本来であれば貴族相手に不敬と取られておかしくない物言いだったが、思わずヒューゴたちはそれに従った。
そして沈黙に包まれた墓場に、わずかに、しかし確かに、それが聞こえた。
「赤ん坊の泣き声……まさか!?」
ヒューゴがはっとした。
そしてセレネが言う。
「エスターって人の墓を掘り返す。許可を」
「も、もちろんだ! お前たち、早く! 急げ、松明とシャベルを!!」
その十数分後。
シャベルを持って来た衛兵やリオンが墓穴を掘り返す。
そして現れた棺桶の蓋を開いたそこには、転がっている空のハチミツの小壺。そして、腐敗の始まった若い女性の遺体と、それに抱かれるようにして元気な声で泣く、へその緒も繋がったままの赤ん坊がいた。
「お、おおお、エスター……!」
リオンから赤ん坊を受け取って抱きしめたヒューゴが膝をついて泣き崩れる。
その肩を、セレネが叩いた。
顔を上げたヒューゴが見たのは、
「エスター……」
そこにいたのは、エスターの幽霊だった。
彼女は父親に向かって微笑む。そして名残惜しそうに、赤ん坊の頬を撫でると、すう、と空に向かって浮かんでいく。
「エスター! すまなかった! 儂が悪かった! この子のことは心配するな、だから、エスター! エスター! エスター!! あああああ!!」
月が優しく、そして僅かに強く輝いた。
その光に包まれたエスターの姿が、薄くなって、そして、消えた。




