3-14 金と銀の少女、待ち伏せる
†
夜。
ブレントの店の屋根の上に伏せるリオンとメイの姿があった。
下を覗き込むリオンに、メイが尋ねる。
「どうだい?」
「いや、まだ来てないな。ま、来れば気配で判るし」
それを聞いて、メイがニヤッと笑った。
「? なんだよ?」
「いやいや。あのリオン坊やがねぇ。『気配で判る(キリッ)』って、ヤルようになったじゃないかい」
「やめてくれ……」
心底げんなりとした声で、リオンがうなだれた
「おお、あの愛らしかったリオン坊やは一体どこに行ったんだい? 『メイさん、依頼の薬草これですか!?』って頼ってくれた私の坊や」
「…………ッ!」
声も出せず身悶えるリオンである。
「あれから何年だい? 二十、はまだか。でももう、それくらい経つよね。月日が過ぎるのは早いものだねぇ」
「そんなに経つのか」
言われて、リオンも遠い目をした。
孤児だったリオンが、冒険者ギルドの門を叩いたのが十二歳。
その時何かと世話を焼いてくれたのが、このメイだった。
ユーフォーン魔導国の南部、トウヅに近い南部の街トヨシーで辺りで出会った二人は一時期弟子と師匠のような、姉と弟のような関係だった。
「それが、あーんなかわいい娘を二人もこさえちゃって。あーあ、あたしも歳を取る訳だわァ」
「ええと、あの頃メイが十八歳だったから、今は三十と、」
「おやめ。もぐよ」
「どこを!?」
なんか最近よくもがれそうになるリオンである。どこをとは言わないが。
「それで?」
「それで、とは?」
「あの娘たちの母親よ。娘でアレなんだから、母親も相当な美人でしょう? アンタ昔から面食いだったもんねぇ。あのリオンが、上手くやったもんだね」
今度はメイが遠い目をする番である。
脳裏に浮かぶのは、野営の時に水浴びしているメイを覗こうとして石を投げら「はいスーップすとーぉぉっぷ! 今絶対余計な事思い出してるだろアンタ!」
「ちっ、バレたか」
ニヤニヤと笑うメイに、舌打ちするリオン。
勇者になる以前の自分の過去を知っている相手だけに、どうにも調子が出ない。
「……あの子たちの母親は、まぁ、色々有ンだよ。いや、無い……かな?」
「有るのか無いのかはっきりしないね」
そしてリオンは、少しためらった後、訊ねた。
「――そういうそっちは、どうなんだ? 見つかったのか」
その瞬間、周囲の空気が少し重くなった。
メイの纏っている雰囲気が変わったのだ。
「未だだよ。ただ、手掛かりは得た」
「そうか」
そして、沈黙が下りる。
気まずい数分が過ぎて――
「……来た」
リオンの感覚に引っかかるものがあった。
誰もいない道の向こうから、やって来る気配がある。
メイもまた重くるしい気配をすっぱりと断ち切って――この辺りは、流石熟練の冒険者だけある――リオンが示す方向を見た。
「どれどれ? ……あれかい」
ソレは、確かに人ならざる者だった。
月の光に照らされて、淡い燐光を纏っている。
見た目は若い女性の様だが、ざんばらと乱れた髪のせいで顔は窺い知れなかった。
だが、重要なのはそんな事ではない。
「あれ、ヤバくないかい?」
「だな。ヤバイ」
纏う燐光に、時折濁ったものが混じっている。
ひりつくような気配にリオンの直感も告げている。
それは、
「まずいな。悪霊化しかけてる……!」
†
灯りを抑えたブレント雑貨店の中には三人の人物が、女性の来店を待ち構えていた。
店主のブレント、セレネとソーラである。
ソーラは椅子の上でうつらうつらと舟を漕いでいる。その肩に止まるホルスも同様で、ブレントがそれを見て苦笑した。
「金髪のお嬢ちゃんは、奥に連れて行こうかい?」
「それには及ばない。夜に弱いけど、不思議と必要な時には目が覚める」
「じゃあもし、女性が来てもそのお嬢ちゃんが目が醒めなければ」
「何の問題も無いってことになる。取り越し苦労の笑い話で終わり」
「なるほど」
そんな会話を終えた時――明り取りの天窓を叩く音。コンコン、コンコンと間を置いて。それを聞いて、ブレントとセレネが顔を見合わせる。
「ブレントさんの方こそ下がって」
「わ、わかった」
ブレントが椅子から降りた瞬間、ソーラがぱっちりと目を覚ました。
「何か来た」
「丁度合図があったところ」
「そう。何回?」
「二回と二回」
予め屋上に潜むリオンたちと決めていた合図だ。前半が一度なら『女性が来た、人間』。二度なら『幽霊』、三度なら『不明』を意味する。
だが重要なのは後半だった。
後半部分が一回なら、見た目に問題なし。
「後半二回だから、結構ヤバイ……ってことか」
「すまないが、お嬢ちゃんたち、あとは頼んだぞ」
「任せてブレントさん!」
店の奥へと下がって行ったブレントを尻目に、ソーラが扉の前に立つ。
ハティとセレネ、そしてホルスは扉の影に。
「近い。もうすぐ」
壁越しでも、揺らめくような負のオーラが感じて取れるようになった。セレネの言葉にソーラが頷く。感じるオーラは凄く不安定で、今にも割れそうな危うさだ。
「できるだけ刺激しないように――よし」
ドンドンと乱暴に扉を叩く音。
ソーラはゆっくりと、ドアノブを回して扉を開く。
そこに、白い女性が、居た。
着ている衣服――土にまみれた白いワンピース。
肌――白蝋のように。
長い髪は黒だったが、まったく手入れされておらずざんばらと乱れている。
そしてその顔に浮かぶ表情は――何も、無い。
「な、何か御用でしょうか?」
異様さに僅か気おされながらも、尋ねるソーラ。
ブレントの話だと無言でハチミツの小壺を指さすというが――今夜は、違った。
『――o、あa、は ti み づ』
喋った。
たどたどしい口調だが、確かに――ハチミツ、と。
「ハチミツ。こ、こちらですね」
そう言ってソーラが、用意しておいた小壺を女性に見せる。
だが。
『は、はち、HATI mi? ミミミ、ミツ、ミツ、ハチハチチハハハハハハHAHAHATIHAHAHATIHAHATIIIIIIィィィィィィ――――よ゛こ゛ぜ え゛え゛え゛え゛!!!!』
一気に増大し、強大化する負のオーラ。
全身を巨大化させる女性。白い肌や服がひび割れ、そのひびの中に赤と黒と紫の色が走り、禍々しく変化していく。
「ソーラ!」
セレネが叫んだ。
女性が――いや、悪霊と化した女性が、ハチミツ――ソーラを狙って負のオーラを纏った腕を振り上げる。そして扉の上部を破壊するのも構わずに叩きつけた。




