3-13 雑貨商、語る
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ブレントの店はミヤジヨの街の、門からほど近い区画にある。
食料と雑貨を扱う店で、冒険者の利用も多い。街の外に出る者たちの御用達の店だ。
「ま、安くする分質はお察しですけどね。それでも重宝してもらってます」
そう言うブレントの目には力強い光がある。稼業に信念があるのだろうことが伺える。
「取り合えず応接室がありますから、奥へどうぞ」
ブレントに案内されてリオン達は店の中に入っていく。
所狭しと置かれた商品の陳列棚。何組かの冒険者たちが店員と話をしていた。
その間を縫って店の奥に向かうところで、一人の女性が顔をあげた。
「あれ、リオン? あんたリオンじゃないかい?」
上半身を深緑の鎧に包んだ、槍士の女冒険者だ。
呼ばれて振り返ったリオンは、近寄る彼女の顔を見て記憶を探り――目を丸くした。
「……メイ? あんた、ユーフォーンのメイ・オズか?」
「やっぱりリオン坊やだ。ひっさしぶりだねぇ、元気してたかい!?」
メイと呼ばれた女性は、リオンの肩をバンバンと叩いた。
それを見ていたソーラとセレネが、
(んー、パパの昔の恋人さん?)
(違うと思う。だって父さん、童貞だし)
(なんで知ってんのォ!?)
驚愕するリオン。
二人の娘を覗き込んだメイが、首を傾げた。
「ん? なんだいそのお嬢ちゃんたち。えらい美少女じゃないかい」
「はーい。リオンの娘で、ソーラヴルっていいます! よろしくお願いしまーす!」
「同じく双子のセレネルーア。よろしく」
「リオンの娘ぇ!?」
今度はメイが目を丸くする番だった。
「……えっと、とりあえず皆さん、応接室にどうぞ?」
店の通路を塞がれて困ってる他の冒険者を見て、苦笑するブレントが言った。
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応接室で、ブレントは紅茶で口を湿らせて口を開いた。
彼の話によると、六日ほど前から深夜になると、閉めた店の扉を叩く客が来るのだという。
「そのうち居なくなるかと思って放置してたけど、あんまりしつこく叩くもんだから根負けしてね。こんな喧しい強盗もいないだろうと思ってちょっとだけ扉を開けたら、これがまた顔色の悪い女が立っているのよ」
「顔色の悪さなら今のブレントさんも負けて無いかもよ?」
ソーラヴルの茶々に、ブレントは笑った。
「はっは、違いないね。で、その女は無言で店の中を指さすんだ。何かと思えばハチミツの入った小さな壺を指してたんだよ」
これが欲しいのか、とブレントが問うと、女は無言で頷いた。
ブレントがハチミツの壺を持ってくると女はブレントに硬貨を渡して、その場を立ち去ろうとした。
「僕はびっくりしたね。ハチミツは壺で銀貨一枚。だけど彼女が出したのは金貨だったんですよ。それで一気に目が覚めて。慌ててお釣りを出そうと店の中に入って、扉の前に戻ってきた時にはもう彼女はいなかった」
「へえ……それはまた」
それだけだったら、変な客が来たな、で終わった話である。
「でもそれで終わらなかった」
「翌日も来たってことかい?」
メイの問い掛けに、ブレントは「鋭いね」と答えた。
「翌日深夜、同じころにまた扉が叩かれた。眠い目を擦って扉を開けると、同じ女性がそこにいて、やっぱりハチミツの小壺を指さすわけだよ。前日にお釣りを返していないからお金は要らない、って言ったんだけどね」
ブレントは肩を竦めた。
その女性は壺を手に取り、金貨をポトッと店の床に落とすとそのまま出て行ったのだそうだ。
「僕はあっけにとられて、次に怒りが湧いて出てきた。こっちは先祖代々マジメな商売を心掛けているのだけが取り柄だからね。釣りを受け取ってもらえないってのは、こう……イヤなんだよ。他のお客さんを裏切ってるようでね」
「ブレントさん、良い人なんですね」
「それしか無いってだけさ」
ソーラに微笑んでから彼は話を続ける。
怒ったブレントは、三日目も彼女が来るかも知れないと考えた。
それでまた金貨を出すだろうと、三日分のお釣りとハチミツの小壺を用意して待ち構えていたそうだ。
「それで、その顔色の悪い女性は来たんですか?」
「うん。やっぱり深夜になって、やってきた。またハチミツを買いにね」
「じゃあお釣りは受け取ってもらえたんだ」
ソーラがそう言うと、ブレントは苦笑した。
「いや、渡せなかったよ。三回目は金貨じゃなくて、ルビーの指輪だったからね」
宝石鑑定ができないブレントには本物かどうか判断できないし、本物ならば用意していたお釣りでは全く足りないのは間違いなかった。
慌てるブレントには頓着せず、女性は店を出て行った。
「そのルビー、偽物だったってオチかい?」
「朝になって宝石店で鑑定してもらったよ。本物のルビーだった。大きさも申し分なし。台座も白銀。価格は金貨で七十枚、ハチミツの小壺が五百は買える値段だった」
メイがピュウ、と口笛を吹く。
ブレントはため息をついた。
「ここまでくると、もう薄気味の悪い客じゃ済まない。翌日もまた来たから、お釣りは用意していたけど渡すことよりも後を追いかけようって思ってね」
翌四日目の支払いは真珠の首飾り。これも朝になって値打ち物であると判るのだが、とにかくこの時のブレントは、待たせていた従業員と共に隠れながら女の後を追うことにしたそうだ。
「僕も店員も素人だからね。傍目には隠れている様には見えなかっただろうけど、隠れる必要は無かったよ。女性は全く振り返らなかったし、僕らに気付いているのかいないのか――多分、どうでも良かったんだろう。だけど、角を曲がったところで僕らは彼女を見失った」
忽然と消えたんだ。
まるで幽霊のように。
「それが昨晩の話さ。流石にただ事ではないし、あの女性も人ならざる存在じゃないかと思ってね」
「それで冒険者ギルドに行こうと思ったら、俺たちに出くわした、と」
「これでも人を見る目は確かだと自負してるからね」
それを聞いて、ソーラとセレネがブレントに聞こえないように、
「本当だよね。だって勇者リオンを見つけたんだもん」
「父さんを引き当てる運もある」
「ん? 僕を呼んだかい?」
ブレントに、いえいえ、とソーラは手を振った。
「そうだ。ブレントさん。最近気分が落ち込むことが多いって言ってた」
「うん。その女性のせいだってことはないと思うんだけど、なんか気分がね」
「ちょっと手を出して」
顔にハテナを浮かべたものの、ブレントはセレネに手を差し出した。
「なんだい? 手相占いかい?」
「違う……けど、」
手を繋ぐ二人。
セレネの手から淡い光が立ち上がり、ブレントの手に移って染み込んでいく。
それを見て、メイがすっと目を細くした。
「こ、これは? なんだ、すごく――うきうきするというか、え、なんだこれ?」
「ブレントさんの精神不調を解除した。幽霊系の魔獣は周囲に負のオーラを撒き散らすことがある。軽傷だけどそれにやられてた」
強力な負のオーラに晒されると、戦闘職でも眩暈や混乱、諦念などに陥ることがある。
「その女性に敵意が無かったから、気分が沈む程度で済んでた。接触が無ければ数日で回復してたと思う」
「負のオーラの影響ってことは、その女の人はやっぱり幽霊ってことで確定?」
「そう」
ソーラの言葉に、セレネが頷く。
「やっぱり幽霊だったのか、あの女性」
と頷くブレント。心なしか血色も良くなったようだ。
そんなやり取りを見ていたメイが尋ねる。
「その女が幽霊ってのは良いとして――幽霊がハチミツを、一体何に使うんだい?」
「壺が小さいっていっても、四つも買えばそれなりの量だよな」
メイとリオンの言葉に一同は、はて、と首を傾げた。




