3-12 金の少女、仲良くなる
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ウーガの街を出て、約二週間が過ぎた。
旅自体は順調だ。
時折魔獣に襲われることもあったが、その程度を問題にするような三人ではない。
王都キザヤを越え、南隣のトウヅ戦王国との国境を守る都市ミヤジヨへと至る。
久しぶりの都市である。急ぐ旅で無し、リオン達は休息と観光を兼ねて、三日ほどこの街への滞在を決めた。
宿の食堂で遅めの昼食をとり、今後の予定について話あっていたリオンたち。
すると、ふとセレネが顔を上げた。
「セレネ? どうかしたの?」
「匂いがする」
「? 別に何も変な匂い、しないけど……?」
ソーラが首を傾げた。
リオンも同意見だったが、言葉は挟まなかった。ソーラもだが、セレネは特に『何か』を直感的に感じ取ることがある。
そしてそれは、往々にして物理的な何かとは違う
辺りを見回したセレネは、離れたテーブルで食事をしていた初老の男性を見た。
「あの人から匂いがする」
「ふーん。なんか、元気なさそうだね」
「セレネ。匂いって一体何の匂いだ?」
リオンに問われて、セレネが答える。
「幽霊」
「ふむ、そりゃまた」
リオンもセレネが示した男の方を見た。
特に変わったところがある様には見えない、初老の男性である。
だがどことなく元気が無さそうではある。ため息などついて、食事も進んではいないようだ。
「幽霊ね。墓地や特殊な迷宮なんかでは見ることがあるが、街中でってのは珍しいかな。酷い犯罪に巻き込まれた被害者がなることが稀にあるけど」
「じゃあパパ、あの人が誰かを殺して、被害者が憑いているってこと?」
「それはない」
セレネがキッパリとソーラの意見を否定した。
「それだったら私には見えるから今回は違う。何かはわからないけど、もっと別の理由がある」
「魔術的に囚われるとかの事情がなければ、殺されたとしてもその人の霊魂は天に還るのが普通なんだ。長くても数日を越えてこの世に留まるのは滅多にない。となれば相手を呪い殺すことができる程の強い恨みがあるとか、物凄い未練があるとか」
「ふぅん。でもさセレネ、それって、あまり良いことじゃないよね?」
「良いどころか、物凄く悪い事」
セレネが眉根を寄せて説明した。
「死にたての幽霊だったら、生前の記憶がしっかり残ってる。理性があって、高位の聖職者なら会話もできる。けど時間が経つにつれて記憶が曖昧になり、理性は失われて、やがてこの世に留まる理由に執着し、最後にはそれも忘れてただ暴れ回るだけの悪霊になる」
「そうなったら厄介だな。なにせ実体が無いから直接攻撃が効かない。倒すには闘気系の技か、精神系の魔術が必要になる。神聖術も低位じゃちょっと弱いな」
「高位の戦闘職か神官が必要ってことだよね。この街なら居ると思うけど」
リオンがソーラの言葉に頷いた。
「国境防衛の街だからな。そりゃ居るだろう。だが墓地ならまだしも、街中で夜中突然悪霊が暴れ出したら目も当てられないことになるな」
幽霊は、攻撃方法が限られるが厄介なのはそれだけの低級魔獣扱いだ。
しかし悪霊ともなると最低でもC級。時にはB級指定されることもある。街中に出現すれば、広範囲の破壊を撒き散らす恐れがある。
リオンは娘たちを見た。
二人は揃って何か言いたそうにリオンを見ている。
勇者を辞めた今、自分から厄介事に首を突っ込む必要は全くない。
だからと言ってこの件から顔を背けるのも目覚めが悪いし、娘たちの教育にも良くないだろう。
「仕方ない。ソーラ、ちょっとあのオジサンと仲良くなって来てくれ」
「はーい。パパならそう言うと思ったよ」
ニコッと笑顔になったソーラは、早速椅子から立ち上がると、男のいるテーブルに駆けて行った。
「あのー、すいませんおじさん。ちょっとお尋ねしたいんですが」
「おや。何かねお嬢ちゃん」
ため息をついてた男が、ソーラに声を掛けられて顔を上げた。
「私たちは旅の冒険者で、何日かこの街に滞在する予定なんですけど。どこかお勧めの観光するトコって知りません? 街の人だけ知ってる穴場のお店とか」
「それだったらだね――」
語り出す男に、ソーラが興味津々という風に相槌を打つ。
「えーっ、そうなんですか? すごぉーい!」
などと会話に花を咲かせるソーラ。
つられて辛気臭かった男も幾分か表情が明るくなったようだ。
それを見てセレネが呟やく。
「一瞬で仲良くなった。あれは私には真似できない」
「気にするな、俺にもできないから」
リオンとセレネの視線を他所に、二人の会話は盛り上がっていく。
そして。
「いやぁ、笑った笑った。こんなに笑ったのは何日ぶりかね」
すっかり明るい顔になった男が笑顔で言う。気が付けばいつの間にか席を移動して、四人は同じテーブルに居た。
男はブレントと名乗った。ミヤジヨで代々食料品と雑貨を扱う店を営んでいるという。
「ここのところ、ちょっと気分が落ち込むことが多くてね。やっぱり人間、笑わなきゃいかんな。ソーラヴルのお嬢ちゃん有り難うよ」
「いえいえ、どういたしましてーッ」
ニカッと笑うソーラである。
凄いのは、これが演技でもなく本気であることだろう。
それはさて置き、
「気分が落ち込むとおっしゃいましたが、何かあったのですか?」
リオンに問われて、ブレントは何かを思いついたように言った。
「それなんだが……リオンさんたちは冒険者なんだね? それもこの街に着いたばかりで、何の依頼も受けていない」
「そうです」
「じゃあ、これも何かの縁かな。これから冒険者ギルドに依頼を出すつもりだったが、せっかくだからあなた達にお願いしたい」
それを聞いて、リオンは頷いた。
「話をお聞きかせ下さい」
「ある人物を追跡し、その身元を調べて欲しいのです。自分でも追いかけたことがあるのですが――街の外れまで来たところで、ふっ、と消えてしまって」
まるで幽霊のように。
その言葉に三人は真剣な顔をした。




