3-10-2 元暗殺者、連れて行く
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ウーガの街、貧民街――その四分の一を支配するマーカス傭兵団のアジトの中で惨劇が起こっているのを、離れた場所から見ている青年がいた。
キャスケット帽を被る、まるで駆け出しの新聞記者のような風貌の青年――マシューである。
マシューは日干ししたモゲモゲの串を咥えながらため息をついた。
「ちょっともー、リオンさーん。せっかくマーカス傭兵団の内偵進めてたのに全部水の泡じゃないですかーもーやだなー」
「ですが、言ってもあの御仁は聞いて下さいますまい」
「そだねー」
背後にいるのは、マシューの部下だ。先日リオンをこのスラムに案内し、強かに蹴り飛ばされた男である。
「ま、結果オーライだ。前向きに行こうか……ところでモゲモゲ食べる?」
「いえ、自分は結構です」
「そ」
モゲモゲを飲み込んだマシューは、部下の男を振り返る。
部下の足元には、縛られ、猿轡を噛まされた男が転がされていた。
その顔を温和な笑顔のまま蹴飛ばし、踏みつけた。
「マーカス傭兵団のNo.2、ルパード。元治癒術士。単なる乱暴者だったマーカスと知り合い、ウーガのスラムでも指折りの犯罪者集団を組織した。組織の資金源として誘拐と違法な奴隷売買を行う傍ら、元の職場から逃亡する原因となった趣味を継続する――というか、趣味のために傭兵団を組織し、誘拐を繰り返したな?」
マシューの笑顔――その視線に射貫かれて、ルパードは震えが止まらない。
頼りなさそうな優男にみえて、マシューはこの大陸でも群を抜いて危険な男の一人である。なにせ、壊神討伐の英雄の一人なのだから。
「キミは、十歳以下の男児を虐待し生きたまま解剖するっていうイカレた趣味があるそうだね。調べがついているだけでも二十人以上。まったく、例の教団について調べてたら、奴隷売買からこんな大物犯罪者を釣り上げることになるなんてね。運がいいんだか悪いんだか」
そのルパートを、こうして捕らえることができたのは僥倖だった。
もし今夜行動を起こしていなかったら、リオンによるあの粛清に巻き込まれていたかも知れないからだ。
「む……! ぐ……!!」
「おや、ルパードくん。何か言いたいことがあるようだね。猿轡を外してあげろ」
部下の男がその言葉に従った。
魔術封じが施されているので、ルパートにできることは何もない。
「ぶはっ! こ、この俺に! ちょっとでも手を出してみろ! 傭兵団のバックにいる貴族の方々が黙ってはいないからな、覚悟しろ!?」
「ふぅ~ん? 言っちゃう? それ言っちゃうんだぁ、へぇ~」
マシューはむしろ、その笑みを深くした。
「ああ、ちゃんと僕の所属を明らかにしてなかったからね。もしかしてキミ、僕らのこと、そこらの憲兵かなにかと勘違いしてるのかな? でなきゃ賞金稼ぎとか?」
「ち、違う……のか……だとしたら……?」
自身が持つバックの権力が通じない。
そのことに、ルパートは酷く狼狽えた。認識していた以上に、状況が悪い。
「改めて自己紹介しよう。僕は、ローランド王直轄近衛騎士団、第六大隊の長を拝命しているマシューというものだ。こっちは副官の――」
「ま、マシュー……!? 壊神討伐の英雄!? ば、裏の第六大隊!」
「……聞いてないね。まぁ、そのマシューでその第六大隊だよ。表向き存在しないけど、キミたちみたいな裏稼業じゃ、まあ当然知ってるよね」
キザヤ王国近衛騎士団第六大隊は、マシューとローランド王によって創設された非正規部隊だ。諜報・防諜・潜入、時には暗殺――と、非合法な諸々を任務とする。正規の騎士団では相手にし辛い貴族がらみの犯罪に対応することもある。
「さて、ルパード。今言った、犯罪者のバックにいるような貴族ってのは僕らの仕事相手でね。彼らの情報、違法奴隷売買の記録、他にも色々と教えてもらいたいことがたくさんある」
元から青い顔をさらに青くして震えるルパードに、マシューが微笑む。
「なに、大丈夫。どんなに口を開くのが億劫でも、カナリアよりも上手に歌いたくなる気分のノセ方なら僕たちも詳しいし、」
最後はちゃんと、生きたまま解剖いてあげるから。
安心してね? それが好きなんだろう?
「…………!」
「さぁ、連れて行け」
再び猿轡を噛まされたルバードが担ぎ上げられ、運ばれていく。
それを見送ったマシューは、再び視線をスラムへと向けた。
青白い結界に包まれたその内部で、一体何が起こっているのか知る由も無いが。
「……せめて、証拠になる資料はふっ飛ばさないで下さいよリオンさーん」
そう、ため息交じりに祈るのだった。




