3-10 元勇者、暴れる
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「うおっ、なんだ!?」
「上からだ。何があった!?」
マーカス傭兵団のアジト――その一階ホールには、百人を超える男たちが集まっていた。その全員が傭兵団の構成員である。
頭であるマーカスによって招集を受けていた彼らだったが、突如建物内に起こった轟音に身を竦ませた。中には武器を構え、周囲を警戒する者もいる。
「今のは二階――お頭の部屋の方からだよな?」
「ああ。今は部屋にガキ連れ込んでいるはずだが……なにかあったのか?」
ざわつく男たち。決断と行動が速い者たちは、早速二階に上がろうと階段に駆け出そうとした者もいるが、次の瞬間、その二階の方から魔力の放出があった。
団員たちは一斉に武器を構えた。
傭兵団の団長であるマーカスは、闘気で戦う純然な戦士系の能力持ちだ。
魔力を扱うのは苦手である。
つまり、マーカス以外の何者かが二階にいる。
異常事態を察知した男たち。窓際にいた者が叫んだ。
「おい、外! 結界が張られてるぞ」
「なに!? ――あれは、監獄系結界じゃねえか? 閉じ込められた!?」
バチバチと紫電を迸らせる、青白い光が館全体を包んでいる。
監獄系結界は、その名の通り結界内部にいる存在を閉じ込めるためのものだ。
「くそ! なにが起こってる!? お頭に報告しろ!!」
「――いや、その必要はないなぁ」
二階の廊下奥から、一人の男が歩いてきた。
抜身の剣を無造作に手にしている。
「てめぇ、何者だ!?」
「ん? そりゃ不審者さ。リオンって言うんだが、まあ覚えなくていいよ」
「ざっけんなゴラァ! てめぇ、お頭どうした!!?」
「殺したけど」
「「「…………!?」」」
何気なく、気負いもなく放たれた言葉に一同は訝しむ。
あのマーカスを殺した――? このひょろっとした細身の男が?
彼らは互いに顔を見回し、そして笑い出した。
「はーっはっはっ! そりゃすげぇな、お頭を殺すとか!!」
「あの『千鬼』マーカスの首を挙げたとなりゃ、そりゃあ大殊勲だ! たんまり賞金が手に入るぜ!」
笑う団員たちの声に、リオンと名乗る男が階段を降りる足を止める。
「あっ! そうか。そうだよなぁ……そりゃ賞金首だよな……。ギルドで確認しておきゃよかったよ。すっかり忘れてた」
そう言って項垂れるリオン。
冒険者ギルドは賞金首ギルドと連携しているので、賞金首を捕らえた場合換金に応じてくれるのだ。
だが生死問わずの賞金首の場合、換金には本人の顔が必要なのである。
「ま、忘れてたことは仕方ない。前向きに生きよう」
「何が前向きに、だ 貴様はここで死ぬんだよ!!」
傭兵団員の一人が、武器の槍を構えて突撃する。
跳躍し、階段を降りる途中のリオン目がけて槍を突き込む。
申し分ない速度と威力の突きだったが、リオンはつまらなさそうに首を傾げてそれを避ける。そして、
さん さん
さささ
と軽い音が走った。
男の放った槍は壁に突き立つ。それを握る両腕を残して男はそのまま一階の床に落ちた。
そして身体中をバラバラにして、血の池の中に沈む。きっと腕を斬られたことも気付かずに死んだのだろう。その顔はリオンに襲い掛かった時のままだった。
「「「――!!?」」」
そしてリオンが、一階に降りてくる。
固まったままの一同を見回した。
「目の前で仲間殺されて、なに雁首揃えて固まってんだお前ら。呆けてないでかかって来いよ」
「ッ――野郎ども、かかれ、ぶっ殺せ!!」
「「「おおおおおおおおお!!!」
誰かが叫び、咆哮が上がる。
皆がリオンに向かって殺到し――
「ぎゃああああ!?」
集団の半ばで、悲鳴が上がった。
階段の傍にいたリオンの姿が消え、団員たちのど真ん中で剣を振り抜いている。リオンによって袈裟切りにされた男は血を吐いて絶命した。
「い、いつの間に!?」
「全然見えなかったぞ!?」
「さあ、どんどん行くぞ!」
剣が閃く。
紫電が瞬く。
その度に悲鳴が上がり、傭兵たちはその命を散らした。
「くそ! どうなってんだ、こっちの攻撃が当たらねえ!」
「魔術士! 奴の動きを止めろ! 束縛系の術を使え!」
「何度も使ってる! けど効かねえんだ! 全部無効化されてる!?」
悲鳴と怒号。そして鮮血が飛び散る。
「くっそおお! 【火術・火炎槍】!!」
文字通り自棄になった魔術士が、リオン目がけて魔術を使用した。火炎の槍を打ち出し、目標を焼き貫く中級魔術。外れても着弾点周囲に炎を撒き散らす効果がある。そんなものを密集状態の場所に向けて放てば――
「ばか、止め――ぎゃああああ!!!」
リオンに向けて殺到していた近接系の武器職を巻き込むことは必至だ。
だが、あっという間に十数人を切り伏せたリオンの実力は本物。例え混乱と恐怖に紛れた行為であり、仲間を巻き込むえげつない攻撃も、少を犠牲にすることで大を生かすという意味では間違いではなかった。
切り捨てられた者たちにとってはたまったものではないが。
「ち、こうなったら!!」
「俺も――恨むなよ! 【土術・岩石砲】!!」
「【火術・火炎嵐】!!」
「うわわっ、離れろ!!」
「ぎゃあああ、ひぎゃあああ!」
仲間が邪魔でリオンを狙えなかった後衛職が、一人の自棄をきっかけに吹っ切れた。
各種属性の魔術や弓矢、毒矢の類がリオンの元に殺到する。
立ち上る火炎の柱に、土の弾丸が、炎の槍が、貫通力を増した矢が、雷の球が飛び込んでいく。リオンに近すぎて離れることの出来なかった数名の仲間もろとも、焼き尽くす攻撃である。
複数の攻撃魔術を叩き込まれたため、立ち上る炎の柱が一際大きく膨れ上がった。
傭兵たちは確信した。
数十の魔術を叩き込まれて、無事でいれる者などいるはずが無い。
膨れ上がった火柱は――大きく破裂するという大方の予想に反して、そのまま窄まるように小さくなって、ポッ、という間抜けな音と共に消えてしまった。
そしてその火柱が焼いた場所の中心部には、
「……ありえねぇ」
誰かが呟く。
切り裂かれ焼け焦げて煙を上げる仲間たちの死体の只中に、薄い光に包まれるリオンが、まるで何事も無かったかのように佇んでいたからだ。
「む、無傷!?」
「馬鹿な! 闘気も魔力も感じなかったぞ……防御系の術を使わず!? まさか常時展開の防御障壁だけで凌いだのか?」
「だとしたらA級魔獣どころじゃないぞ……S級!?」
「馬鹿言うな! そんなのアジトどころか街ごとふっ飛ばすような攻撃じゃなきゃ通じないぞ!」
「化け物……」
「化け物だ……敵うワケねえ!」
「くそっ冗談じゃねえ! 俺は逃げるぜ!」
ひとりが武器を投げ捨てて、踵を返して駆け出した。
すると二人、三人、十人と雪崩を打って我先にと逃げ出した。
リオンはそれを阻止するでもなく、ゆっくりと歩き出す。
洋館の外、傭兵団員たちが逃げた先には、最初に展開した結界があるからだ。結界に込められた魔力を凌駕しない限り、彼らが外にでることはできない。
「クソッ! 硬い!」
「攻撃を集中しろ、同時にだ、同時に同じ場所を叩くんだ!!」
「畜生……ちくしょうぅぅぅぅう!」
「な、なんなんだお前……なんで俺たちを攻撃するんだ!?」
結界に阻まれ、外に出ることが出来ないと知った男が、リオンに向かって叫んだ。
その顔は突然降りかかった恐怖に、訳が分からないと書いてあるようだった。
「なんでって、お前らが俺の身内を攫ったからだろう? 殴りつけたら殴り返される、当然の事じゃないか。それに」
恐怖が、剣を持ち上げて結界に縋って叩く男たちに向ける。
「理不尽に誰かを襲い、殺し、奪うのはお前らの専売特許だろうが。だったら、お前らも理不尽に襲われ、殺され、奪われろ」
「「「…………!!」」」
マーカス傭兵団の男たちは戦慄した。
彼らは襲う側であり、奪う側であり殺す側だった。
端的に言って、強者であった。
そして強者とは、往々にしてより強者とは戦わない。自分たちより強いものをではなく、弱い者たちを食い物にするのが常である。
自己よりも強いものに必要も無いのに戦いを挑むことは、自然の摂理に反する行為だ。
マーカス傭兵団はこの数年で急成長した組織である。
成長途上にあって周囲の勢力と戦うことはあった。それはマーカス傭兵団が弱者だったからだ。
だが確固たる地位を築き、スラムの勢力図が安定して以降、弱者ばかりを襲うようになった。その刃を鈍らせた。今や団員の大半が途中加入者であり、数を頼みにする者ばかりである。
気骨ある者は少なく、そのまとめ役であるマーカスはいない。
ならば、数を頼みにできない相手では、彼らが抵抗できるはずもない。
「た、助けて……」
「断る」
再び、悲鳴。
こうしてこの日、ウーガの街の裏社会に悪名を轟かせたマーカス傭兵団は壊滅した。




