3-8 商人少年、助けを求める
前半部分、暴力的な表現がごさいます。
苦手な方はご注意ください。
二つ目の † マークまで飛ばすことをお勧めします。
†
マーカスが頭となり、貧民街全域に悪名を轟かせているマーカス傭兵団。元冒険者や元兵士を中心に構成される犯罪組織だ。強盗団というのがその実態に近い。
ウーガの街のスラムを四分する大勢力、その一角だった。
「さて。夜にあのクソ餓鬼オーバリーが来る……その前に」
傭兵団の根城である、古びた屋敷に戻ったマーカスは自室のベッドにウイバリーの身体を放り投げた。
その衝撃で、気絶していたウイバリーが目を覚ます。
「……う、あ……ここは?」
「俺のネグラだよ、子猫ちゃん」
「えっ……ひぃっ」
マーカスの姿をみたウイバリーが、恐怖に目を引きつらせて後ずさった。
「い、いやっ! 来ないで! 家に帰して!!」
そのまま後ろに下がり、ベッドの端から転げ落ちた。
「はっ、中々いい反応してくれるじゃねえか。その歪んで引き攣った顔、そそるぜぇ」
マーカスが大股でウイバリーに近づく。腰の抜けて床を這うウイバリーは簡単に追いつかれて、腕を捩じり上げられた。
「痛い! お願い、放して!!」
「駄ァ~目。お前は、あのクソオーバリーをおびき出すエサになってもらう」
「……に、兄さんを?」
「そうだ。オーバリーはな、俺と敵対するリッドの野郎の腰ぎんちゃくなんだよ。アイツのせいで俺たちが何度煮え湯を飲まされたか……ちっ、思い出すだけでも忌々しい!」
「そんな、ただの逆恨みじゃない! 兄さんは言ってた。リッドさんは、スラムの人たちに健全な生活を送らせるいい人だって!」
「ふうん。じゃあ、オーバリーは俺の事、マーカス傭兵団のことをなんて言ってた?」
「ま、マーカス傭兵団……!」
青い顔をするウイバリーに、マーカスは凶悪な笑みを見せた。
「その反応だけで十分だ」
マーカスは再び、ウイバリーをベッドの上に放り投げる。
そして躊躇いなく、その右の膝を叩き砕いた。
「ひっ、ぎゃああああああ!!!」
痛みに涙を流し、叫ぶウイバリーを見てマーカスは嗜虐の笑みを見せた。
「おっと、俺の好みからはちょっと歳が行ってるからどうかと思ったが、なんだいい声で鳴いてくれるじゃねぇか」
「痛い! 痛い! あああ、痛いよう!! 助けて! 助けてぇ! 兄さん! リオンさぁん!!!」
「はっはっ、もっと、もっと泣け! ほら泣け!」
バシバシとウイバリーの顔をはたき、マーカスは服を掴んで破り裂いた。
「きゃあああ!!」
「夜、オーバリーが来るまで可愛がってやる。その後は兄貴と一緒に壊れるまで飼ってやる。いや、変態貴族に売る方がいいか? 後で決めてやろう。さぁ、いい声で鳴け。俺を満足させろ」
上着を脱いだマーカスが、ウイバリーに覆いかぶさる。
膝と腹、そして顔の痛み。のしかかる巨体の獅子人の恐怖。
「いやっ、いやだ! 助けて、誰か助けて、リオンさん、リオンさぁぁぁぁぁん!!」
「叫んでも誰も来ねえよ」
ウイバリーの絶叫は誰にも届くことなく、空しく部屋の中で消えていく――。
†
ウイバリーがマーカスのアジトで今まさに襲われようとしているその頃、兄のオーバリーはウーガの街の表通りを決死の形相で走っていた。その手には、潰れた手紙が握り締められている。
「ウイバリー……ウイバリー、ウイバリーが……!」
手紙の差出人は、マーカス。
オーバリーが懇意にしているスラムの商人リッドと対立している男である。
マーカスについて知っていることは少ない。
獅子人の元傭兵であること。元々素行が良くなかったマーカスはある時気に食わない上官と雇い主を殺し、犯罪者として手配された。
噂では、戦場で過剰な虐殺や略奪、人身売買を行ったことを咎められたのを逆恨みしたとか。
それがどこをどう転がったのかウーガの貧民街に住み着いた。その時はただの腕っぷしの強い犯罪者というだけだったのが、数年前から似たような境遇のゴロツキを組織し、スラムでの勢力を伸ばした……。
商人のリッドと対立していることで、オーバリーも目の敵にされていると知っていたが、ウイバリーを攫い、脅迫してくるとは思わなかった。
店に投げ込まれた手紙には、夜になったら店の権利書を持って一人でスラムへと来い、と書かれていた。でなくば妹の無事は保証しないとも。
勿論オーバリーは、そんなマーカスの戯言を僅かとも信用していなかった。
のこのこ出て行けば、店どころかオーバリーもウイバリーも命を奪われるに決まっている。運が良ければ奴隷(もちろん違法な)にされるかもしれない。
だから、手紙を見た瞬間オーバリーは、この街で最も頼りになる男に縋ることを決めた。
通りを駆け抜け、走る馬車に轢かれそうになり、息も絶え絶えに、リオンの家へと。
開きっぱなしになっている門を抜けて、庭を駆け抜け、玄関へと転がり込む。
「リオっ……げほっ! リオ、リオンの旦那! 助けて、ウイバリーを助けてくれ!!」
妹と一緒に何度か訪れたことのある家である。
無礼を承知で――そんなこと考える余裕も無かった――駆け込んだリビング。
「……えっ……?」
オーバリーは、信じられない物を見た。
「あら兄さんも来たんですか」
ソーラヴルとセレネルーアの双子――と一緒に、テーブルに座って優雅にお茶を飲んでいるウイバリーの姿だった。
「いらっしゃーい、オーバリー」
「ちょうどいい所に来た。そろそろ夕飯のグラタンが出来る頃。食べてく?」
エプロン姿のセレネに声を掛けらたオーバリーは、扉を開いたままの姿勢で固まって目を丸くしている。
当然だ。凶悪な犯罪者集団に攫われたはずの妹が、こうして無事で居る。
「え、なん、ウイ、えっ? どうして?」
「どうして、と言われても私にもよくわからない、というか……えっと。目が覚めたら、そこのソファに寝かされてた、っていう状況で」
「ついさっき目が覚めた」
「そしてアタシ、そろそろ眠いのよねぇ」
なんてマイペースに、ソーラとセレネがいつものようにやりあっている。
その緊張感の無さに、オーバリーはへたり込んだ。
「よくわからないけど、二人がウイバリーの事、助けてくれたんだな……?」
そしてオーバリーはそのまま、勢いよく額を床に叩きつけた。
「ありがとう! ありがとうございます! 妹を助けてくれてどうもありがとうございます! この御恩は、一生かかっても必ずお返しいたしますぅ!!」
鼻水交じりの泣き声に、ウイバリーたちが慌てた。
「ちょっ、オーバリー! 頭を上げてよ!」
「オーバリー。お礼だったら父さんに言って。私たちは何もしてない」
顔を上げたオーバリーは、そこで初めてリビングを見回した。
止まり木にホルス、部屋の隅にハティがいるのにリオンだけが確かに居ない。
「あれ、旦那は? リオンの旦那はどこに?」
「それなんだけど……パパから、オーバリーに伝言があるの」
「伝言?」
「えっと……『これからちょっと、スラムの大掃除をする。勢力図が大きく書き換わって混乱するだろうから、暫くスラムには近寄らない方がいいぞ』、だって」
言われたオーバリーは、再び目を丸くする。
「それってつまり――マーカス傭兵団を潰すってことか……!?」
三人の少女たちは、異口同音に、「多分そう」と答えた。
そしてセレネがちょっと困ったように、呟く。
「父さん、すごく怒ってた」
その言葉に、オーバリーは息を飲んだ。




