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3-7 商人少女、玉砕する



  †




 ウイバリーを抱えたリオンは屋根伝いにぐるりと走り回り、最後に跳躍。お姫様抱っこしているウイバリーがその浮遊感に「ぅひえっ!?」と小さな悲鳴を上げた直後に着地した。

 そこはリオンの家の庭だった。


「もう大丈夫だろう。急に済まなかったな」

「い、いえリオンさん。私こそ急に変な事言って……申し訳ございません」

「いや、別に…………うん」

「…………」


 気恥ずかしくなって、二人は黙り込んだ。

 こういう時童貞男(リオン)はどうしていいか判らない。

 気が利かないとも言う。セレネがいたらジト目で何か言われそうだ。


「と、取り合えず中に入ろう。お茶くらいは出すからさ」

「は、はい!」


 と、言うことになった。

 ウイバリーは忙しい仕事の合間を縫って、何度かリオン邸に遊びに来ている。

 リビングに通されたセレネはキッチンで湯を沸かすリオンのことを見ていた。

 そして、ふと思いついたように尋ねた。


「リオンさんは……」

「うん? なんだい?」

「勇者、リオン様なのですか?」


 問われたリオンは、戸棚から茶葉を取り出ながら振り返る。

 最近どうも、勇者リオンであることに縁があるな、と思いながら答えた。


「そうだよ。俺がかつて、勇者と呼ばれていた男だ。どうしてそのことを?」

「だって、その。ミーゴ村で、すごく強い魔獣を相手にもしなかったっていうし……。今だって、無詠唱……って言うんですか? 呪文も唱えず火を熾したり、ポットに水を張ったりしてたし。それ、高位の魔術士でも難しい技術だって聞いたことがあって。それで、なんとなく……っていうか、ずっと前からそうじゃないかな、って」

「ああ、無詠唱(これ)ね。コツさえ掴めば、割と簡単なんだが」


 言いながら広げた手の指先に魔術で小さな火種、水球、雷光、土玉、風旋を発生させる。ウイバリーは目を見張った。事も無げにして見せているそれが、リオンが言うほど簡単な技術ではないと気付いたからだ。


「ご、五属性の魔術を同時行使……!?」

「はっはっは。これでも勇者ですから」


 わざとらしく笑うリオンに、ウイバリーがスミマセン、と呟く。


「? どうして謝る?」

「えっと、だって、リオンさん――リオン様は、勇者であることを隠しているんでしょう」

「今まで通りでいいよ、ウイバリー。リオンサマなんて柄じゃない。それに、確かに勇者であることは隠しちゃいるが、積極的に広めるつもりが無いってくらいなもんさ。バレたらバレたでそん時だ。山奥から出て来た時から、いずれはバレるだろうなって思ってたよ」


 お茶を淹れたポットとティーカップを乗せた盆を、リオンが運んで来た。

 ティーカップにお茶を注ぐと、ふわりとその香りが広がった。


「キミの店で買った茶葉だけどね。セレネがこれが好きなんだ」

「ふふ、毎週買ってくれるお得意様です。いただきます」


 一口飲んだウイバリーが、テーカップをソーサーの上に置いた。

 そして決意した目で、リオンを見る。


「私は――勇者様だから、リオンさんにきゅ、求婚したんじゃありません。それは、信じてもらえませんか?」

「もちろん」


 ウイバリーの言葉にリオンは頷く。

 勇者をやっていた頃、リオンに群がる女性は沢山――特に貴族の女性が――いた。

 その殆どが、自分の肩書に群がっているようなものだった。

 勇者という戦力や武威を取り込み利用しようとする政略だったり、あるいは純真無垢な少女たちは白馬の王子を夢見るように(その後ろに父親の影が透けて見えたが)。

 どちらもリオン自身ではなく、勇者との結婚を望んでいた。

 いずれとも、ウイバリーは違う。


「ウイバリーはいつも一貫して損得じゃなく、ちゃんと相手(・・)と商売をしているもんな。ミーゴの時だって、その気になれば狐人たちをもっと絞るような取引ができただろうに」

「そ、そんな! あれは、たまたまそうするのが一番、私たちも儲かるからで……じゃ、なくって」


 言葉を探すよう一息入れて、ウイバリーは続けた。


「ソーラとセレネから聞きました。リオンさんたちは、街を出るんですよね」

「ああ。近々そうする予定だ」

「いつ、帰って来ますか」

「わからない」

「……帰って来ますか」

「それもわからない」

「どうしても、行かないといけないんですか?」

「そうだな」

「どうして!?」

「俺が勇者だから」

「死んだじゃないですか!」


 ウイバリーは椅子を蹴倒して叫んだ。

 リオンの側に回り込んで、立ち上がったリオンにしがみ付く。


「勇者様は、死んだってことになってるじゃないですか! 私には事情がわからないけど……これでもちょっとは世の中のこと判ってるつもりです。勇者様は死んでいた方が都合が良いって、皆が思っているんでしょう!? だったら、リオンさんは今まで通りでいいじゃないですか!! この街で暮らせばいいじゃないですか!!」

「ウイバリー……」

「行かないで下さい、リオンさん。勇者なんて止めて、私のリオンさんになってください。私、きっといいお嫁さんになります。だから、だからどうか……」

「オーバリーに申し訳が立たない」

「兄さんなんか! どうとでもします! 私ならソーラとセレネとも上手くやれます。いいえ、私しかいないと思います。リオンさん」


 涙ながらに懇願するウイバリー。

 リオンは無言で、その背中を撫でた。

 その手付きがとても優しくて、だから、ウイバリーは言葉なくとも返答が判ってしまって、リオンの胸に顔を埋めて、泣いた。




  †




 泣き腫らした目元を拭って、ウイバリーは街路を歩いていた。

 リオンの家を辞して、それなりの時間が経っている。ふらふらと道を歩くウイバリーは、ぶつぶつとリオンへの恨み言を呟いていた。


「……そりゃ、私だって可能性無いかもなーって思ってたけどあんなキッパリ振らなくてもいいじゃないですかぁ。っていうか、街を出るなんて急過ぎますよ、リオンさん……もっと時間を掛けて胃袋からゆっくり攻略する予定だったのに……リオンさんのバーカ」


 足元の小石を蹴飛ばす。

 小石は勢いよく跳ねて、側溝へと音を立てて落ちた。

 小石の行く末を目で追ってウイバリーは、初めて辺りを見回した。

 失恋のショックでどこをどう、どれほどの時間歩き回っていたのか全く覚えていない。


「ここは……」


 辺りの薄汚れた建物。

 壊れた樽が転がっている。

 ぼんやりと力の無い目で上を見ているだけの、座り込んだ男。

 破れた衣服をまとった子ども。


 貧民街(スラム)の、直ぐそばだ。

 澱んだ空気に包まれた通りでウイバリーは、不用心に突っ立っていた。


 ヤバい――


 直感的に、ウイバリーは踵を返した。

 店を持つ前、まだ孤児院に住まい何でも屋を営んでいた頃から、兄のオーバリーはこのスラムへと出入りしていた。

 が、それはオーバリーの如才の無さから方々の人たちに可愛がられていたからだ。スラムにおけるオーバリーの人脈は今でも生きている――先だってのミーゴ村の件で、随分と役に立ったらしい。

 そして一部の人間に利するということは、別の人間と負の関係を築くことでもある。

 そう言った状況から、オーバリーは昔から、決してスラムの周辺にウイバリーを近づけようとしなかった。

 オーバリーの事が無くともウイバリーは若い年頃の乙女で、街でも評判の美少女だ……リオンには通じない程度ではあったが!

 いや、もっと単純な話、着ている服からしてそれなりに財ある家の者と一目でわかってしまう。つまり、スラム(ここ)では誘拐して下さいと言っている様なものだ。


「早く表通りに――きゃっ」


 慌てて後ろを振り返ったので、人にぶつかってしまった。


「す、すみません。失礼しました……」


 見上げたそこにいたのは、


「なんだてめぇ、逆ナンにしては斬新だなぁ、おい!?」


 顔に大きな傷のある、屈強な獅子人族の男と、


「おっ、マーカスの兄貴。このガキ、表通りのオーバリーの妹ですぜ」


 ひょろりと青白い顔の純人族の男の二人組だった。


「なにぃ? こいつがオーバリーのクソ餓鬼の妹!? へぇ……」

「い、いえ。人違いじゃないですか……?」


 ウイバリーは一歩後ろに下がった。

 が、駆け出そうとするよりもマーカスと呼ばれた男がウイバリーの手を掴む方が早かった。


「いやっ、放して!?」

「人違いかどうかは後で考えることだぁな。着てる服見りゃわかる――絞れる(・・・)家だな、こりゃ」


 言うが早いか、獅子人の拳がウイバリーの鳩尾に叩き込まれた。


「う!?」

「……手加減してくださいよ兄貴。せっかく攫ったのに内臓破裂で死んでたなんて前回でこりごりですぜ?」

「ふん、心配するな。ちゃんと生きてる――骨は折れたかも知れんがな」


 一撃で気絶したウイバリーの身体を、獅子人が担ぎ上げる。


「おい、ルパート。人を集めとけ。オーバリーに怨みある奴を中心にな」

「へい。……ああ、それと」

「なんだ?」

「オーバリーの奴、腕の立つ冒険者を雇ってるそうですぜ」


 ルパートに言われ、マーカスが凶悪な笑みを浮かべた。


「そうか。じゃあ、傭兵団を招集しとけ」

「合点です」


 青白い顔に笑みを浮かべたルパートが駆けていく。

 まだ日も高いうちに行われた凶行だったが、周囲の目撃者たちは目もくれない。マーカスに関わってとばっちりに合うのを恐れてだ。

 傷の有る顔に笑みを浮かべて、マーカスはアジトへと戻って行った。

 スラムの住民たちは何も言わずその背を見送り、そして関心を無くした。


 そんな彼らを、高い空を舞う一羽の鳥が見下ろしていた――


 

 





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