3-6 商人少女、突撃する
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冒険者ギルドは、元々冒険者たちの互助組合である。
ギルド無しでは冒険者たちは薬草採取という、新人向けの仕事すらまともにこなせなくなる。毎回薬草を買い取る依頼人を探すところから始めなければならないからだ。
逆に言えばその仲介を行うことで、依頼人と仕事請負の冒険者たちが互いにスムーズに契約できる、という利点がある。
或いは依頼人に対して所属する冒険者を紹介することもある。
冒険者と一口に言っても千差万別。
魔獣退治専門の者がいれば、採取専門のチームも存在するわけで、鉱石採取依頼に魔獣退治専門の冒険者が名乗りを上げても、互いに良い結果にはなりにくいだろう。
と、まあそのような人材紹介派遣業務を行っている以上、所属する冒険者たちは、長期の依頼や本拠地の移転を行う際、所属ギルドにその旨を報告しなければならないのだ。
「と、まあかなり私用が原因なんだけどな。近々この街を出るよ」
「そうなんですね。はぁ、リオンさんたちが居なくなると寂しくなりますぅ」
リオンの(大部分を誤魔化した)説明に、ギルドの受付嬢がため息をついた。
「リオンさんたち、そつなく何でもこなしてくれるじゃないですかぁ。ギルド的にはぁ、中級冒険者で万能系な人たちって凄く有り難いんですよねぇ……思い直してくれません?」
言うまでもなく、B級以上の上級冒険者パーティともなるとその報酬は非常に高くなるし、どうしても数が少ない。貴族や商会のお抱えとして、ギルドの仕事は片手間でやっている者もいる。仕事を選べる立場なのだ。
その点、リオンやソーラたちであれば、5と7級として依頼料はそこそこで、しかも手広い分野の仕事を任せることができる。実力も折り紙付き。ギルドとしては是非とも居て欲しい人材なのだ。
なお、リオンとソーラ達が中級なのには理由がある。
リオンが意図的に、自分と双子が受ける仕事の内容だったり頻度を調整しているからだ。でないとあっと言う間に注目を集めて身動きがとれなくなってしまう。
その意味で、危険度B級指定相当の鬼猿を討伐してのけたソーラとセレネは、顔が売れ過ぎたという見方もできる。
「うーん。申し出はありがたいけどもね。娘たちにも、他の街を見せて回ってあげるいい機会なんだよな」
先ほどまでは娘たちを置いていくと言った口で、リオンはさらりと言ってのけた。
「仕方ありませんねぇ。では、リオンさんたち三人にはもう単日依頼のみですね。街を出る時にもう一度来て手続きして行ってくださいよぅ?」
そしてリオンは、受付嬢と雑談をしてギルドを出た。
「あとは……まだいくつか回らないといけないな」
この街に住んで、まだ三ヵ月かそこらである。
だが山奥にいた頃から世話になっていた人たちもいる。
気が付けば、リオンは勇者ではない、ただのリオンとしての居場所が出来ていた。
「寂しくなるなぁ」
冒険者をやっていれば出会いと別れは日常的に起こることだ。
だから、別れに際して彼らはしんみりとする態度は滅多に取らない。さっぱりと、互いの幸運を祈り、再会を願って別れるのだ。
そして買い出しついでに街を回って、オーバリー・ウイバリー商会の近くに着た時。
「――リオンさん!!」
丁度、通りの向こうからウイバリーが駆けてくるのが見えた。
背後にはソーラとセレネの姿も見える。家を出た後、ウイバリーに会いに行ったのだろう。双子にとってウイバリーは、依頼主という以上に最も仲の良い友人でもあった。
だが、そのウイバリーの様子がおかしい。
真剣というか、鬼気迫る表情でリオンに向かって疾駆してくる。
そして彼女は半ばタックルするように、リオンにぶつかった。
「お、おいおい。情熱的だな」
ウイバリー程度にぶつかられてよろめいたりはしないが、リオンは苦笑してその身体を受け止める。
そして、顔を上げたウイバリーと目が、合った。
「……リオンさん!」
「お、おう。どうした」
一拍置いて、大きく息を吸ったウイバリーが、通りというのに大声で叫ぶ。
「――私と結婚してくださいッッ!!!」
周囲を歩いている人間がその歩を止めて、一斉にリオンとウイバリーの方を見て目を丸くした。
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ウイバリーは年頃の美少女だ。
この数年で兄のオーバリー共々商売を興し、それを軌道に乗せた才媛とも知られている。
つまり、ウーガの街ではちょっとした有名人なのである。
そのウイバリーが、街の往来のど真ん中で冒険者風の男に抱き着き、大声で求婚した。
「ソーラ。これはちょっとした修羅場かも知れない」
「わわわっ、ウイバリーったら大胆……!」
離れて見ている金と銀の双子は父のことというのに、まるで他人事だ。
そして、
「あれ……俺、耳がおかしくなったのかな……へへっ、変な幻聴が聞こえたよ」
「僕もだよ。まさか我らが愛しの天使ウイバリーたんがド底辺童貞クソ雑魚ナメクジ童貞冒険者に結婚を申し込むなんて……夢かな?」
「夢だとしたら最低の悪夢だな」
「おおい、こっちだ。人数集めてこい。親衛隊全員に連絡回せ」
「麻袋を忘れるな。ああ、街の出入り記録に関してはもみ消すから大丈夫だ」
「武器屋が倉庫開放するってよ。ツルハシとシャベルの手配はできてる」
「よし。思っきしヤッちゃえるな」
リオンは突如向けられる殺気に慌てた。
「待てお前ら。ヤるって何をだ。あと最初の奴なんで童貞二回言ったし」
「大事なことだからだろうがオラァン!?」
泣き崩れる男たちと、ドス黒いオーラを纏って変な方向にハッスルし始める男たち。
「えーっマジ、舞台みたいなんですけどぉー」
「うわー青春……いいなあ」
「いいなぁってお前……お前には俺がいるだろ。それに羨ましがる必要なんて……お、お前には俺が、け、け、結婚申し込むんだから」
「マーくん……」
「シーちゃん……」
「あらあら、うふふ。私たちもあんな時期がありましたね、お爺さん」
「そんなことより婆さん、飯はまだかいのぅ?」
「あらやだお爺さん、ご飯は一昨日食べたでしょ」
「腹減ったのぅ……もう二日も何も食べてないみたいにフラフラするわい」
抱き合うリオンとウイバリーの周りの注目が集まる。一部は視線だけで人を殺せそうな殺気を放っていた。
「いかん。このままでは……と、とにかくウイバリー。あっちのほうで話をしようか?」
そう言って咄嗟にリオンが指さしたのは、
「あらやだ、連れ込み宿? お盛んね」
「若いってうらやましいわね」
「ふぁーーーーーーーーーっっっ!?」
一連の騒ぎを見ていた主婦が呟き、リオンが叫んだ。
「よし。準備はできたか野郎ども!」
「「「応!!!」」」
「おう、じゃねえよ!? ウイバリー!? ちょ、離れてくれ。周りが、ここじゃ話も出来ないからさ……な!?」
腰に抱き着いて離れないウイバリーの説得を試みる。
しかし、ウイバリーはリオンの胸元に顔を埋めてイヤイヤと拒絶した。
「だっ、だって! リオンさん、居なくなっちゃう……!!」
その目に浮かぶのは、涙。
「う、ウイバリー……」
「おい、あいつウイバリーたん泣かせてるぞ」
「極刑に値するな」
「よしヤるか!」
「俺たちのォ、天使を泣かせる奴は!?」
「「「殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!」」」
「モテる野郎は!?」
「「「吊るせ! 吊るせ!! 吊るせ!!!」
「俺たちゃ」
「「「ガン・ホー! ガン・ホー!! ガン・ホー!!!」」」
リオンは叫んだ。
「ガン・ホーじゃねえよ馬鹿じゃねえの!? いちゃついてるカップルなら他にもいるだろうが!?」
「うるせぇ、よくわからんがウイバリーたん泣かすてめえは死刑だ! 捥いでから殺す!!」
「捥ぐってどこを!?」
「てめぇのおにんにんに聞いてみろ!?」
「訳わかんねぇ!」
男どもの殺意が頂点に達しようとする。中には武器を抜いているものまでいて、
「くっそ。街中で武器まで出したら重罪だぞ!? すまん、ウイバリー!」
「えっ、リオンさ――きゃあああ!?」
有無を言わさず横抱きにウイバリーを抱えたリオンは、その身体能力にモノを言わせて跳躍した。通りに面した三階建ての建物の屋根へと、音もなく着地する。
そしてそのまま、屋根の上を駆けて行ってしまった。
残されたのは、呆気にとられる野次馬と、武器を手にして喚く男たち。
「お前たち、何をしている!?」
「なんだその武器の山は!? 街中での抜刀は重罪だぞ!?」
と、そこに巡回の衛兵数名が駆けてきた。
「うわっ、逃げろ!!」
衛兵を見て蜘蛛の子を散らす様に逃げだす男たち。
方々に散らばる男たちを衛兵が手分けして追っていく。その内一人が、道端に突っ立っていたソーラとセレネに声を掛ける。
「すまないお嬢ちゃんたち。さっき、ここで何があったのか見てたかな?」
二人は顔を見合わせ、答えた。
「え、あたし知らないし」
「なんか人だかりがあったから来てみただけ。ソーラ、行こ」
他人のフリしてそのまま行ってしまった。
声を掛けた衛兵も首を傾げて、別の者に事情を聞くのだった。




