3-5 元勇者、妄想する
†
「ふーん」
「そうなんだ」
「ふーん、てキミタチ。もうちょっと驚きというか、こう、反応があっていいんじゃないかってお父さんは思うんだが」
翌日、昼食を終えた席でリオンは娘たち二人に今後の予定を話した。
古い友人に会うために、ユーフォーン魔導国に赴かなければならないという話である。
だが、ソーラヴルとセレネルーアから返ってきたのは気の抜けた返事であった。
「だってさ、別にそんな、大したことじゃないじゃん」
「そう。父さんと一緒だったら、どこにいても何も変わらない」
「えっ?」
セレネの言葉にリオンは驚いた。
「えっ、ってなに? パパ?」
「なに、ってそりゃお前……ついてくるつもりなのか!?」
「当然。むしろどうして父さんが驚いているのかがわからない」
リオンとしては、娘二人のことをオーバリーたちにでも預けて独りで行くつもりだったのだ。ソーラとセレネは冒険者として十分やって行けるだけの経験を積んでいる。リオンが居なくとも大丈夫、との判断だった。
それを話すと、ソーラが唸った。
「パパがどうしても、っていうならそれでもいいけどさ」
聞き分けの良い事を口にするソーラだが、その口が思いっきり尖っていた。
「パパがいないってことは、私たちがどんな行動しても構わないってことだよね。私たちは私たちでユーフォーンまで遠征しちゃおうか、セレネ」
「ソーラ、ナイスアイディア。早速荷造りする」
「どこを通って行こうか?」
「フレンダール王国経由の北回り、トウヅ戦王国経由の南回り、もしくは……」
「蒼天連峰ブチ抜き☆最短直結コース?」
「それ」
「それ、じゃありません!」
リオンが叫んだ。
フレンダール王国の西側からアソウ大盆地に抜ける街道がある以外、蒼天連峰を越える道は存在しない。
最高ランクのS級冒険者チームが束になっても敵わないような強力な魔獣を倒し、或いは迂回し、自然の驚異を乗り越え、好運に助けられてどうにか超えることができるかも知れない、という道――獣道すらも存在しないのだが――である。
のみならず、アソウ大盆地から南側はエルフの有力氏族、ウグイ氏族の縄張りが点在している。彼らの隠し道はあるだろうが、ウグイ氏族はエルフの中でも特に排他的な一族だ。
そんなところで少女二人が見つかりでもすればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
だが、それがどうした、という顔で双子はリオンを見た。
「じゃあ、そのコースは取りやめる」
「たまたま偶然、パパと同じ道筋で行くことになるかもね」
「偶然だったら仕方ない」
「仕方ないよねっ」
「いやーコワイわー、偶然ってコワイわーいやあマジで」
うんうん、と頷く双子たちである。
リオンは絶句した。コイツラ、何が何でもついて来るつもりだ……と、理解したからだ。
大陸の地図を取り出し、旅路の予定を立て始めた双子を見て、リオンは考える。
そしてしばらくして、覚悟を決めた。
「……俺が逢いに行くのは友だち――ではあるんだが、ちょっと複雑な関係でな。昔、ソーラたちが生まれる前に喧嘩別れした相手でな。その……、なんというかだな」
「あっ、わかった。アレでしょ。別れた恋人とか? キャー!」
「うぐっ!?」
童貞男は呻いた。
かつて彼に、恋人と呼べる関係を結べた相手は存在しない。
「ソーラ。それはない」
「えー、なんで?」
「だって父さん、童貞だし」
「あ、そうだった」
「そうだった、じゃなくてだね!? っていうかなんで知ってンの!??」
リオンは叫んだ。
自分が世間の常識から離れたところにいるのは自覚しているが、それでも幼い娘たちに自分の性遍歴を教えるのが当然だとは思っていない。
というか単純に恥ずかしい。
叫んだリオンに、双子は顔を見合わせ、にまっと笑った。
「だってぇ、パパって分かりやすいモン」
「色街の近くを通りがかったら、そっちの方ばっかり気にしてる」
「バレてたぁ!?」
リオンは頭を抱えた。
これでは父親の威厳が形無しだ。そもそもそんなものがあったかどうかはさて置き。
ソーラとセレネははテーブルに突っ伏すリオンの両側に回って、その腕を取った。
「もう、パパ。そんなにしょげなくていいじゃん」
「父さんは私たちが売約済み」
「そうだよ。私たちが大きくなったら、パパをお婿に貰ってあげる。だからそれまでもうちょっと待ってね」
そして二人揃って、リオンの両の頬に口づけた。
突然のことにリオンは呆然と二人を見る。
「ソーラ、セレネ……」
「キャー、恥ずかしい~!」
「今のは手付金。大きくなったらもっと凄い事してあげる。乞うご期待」
顔を真っ赤にして飛び跳ねるように、ソーラがリビングを出て行く。
それを追うセレネはいつも通りを装っているが頬が赤い。あと翼が左側だけ飛び出ていた。
二人が出て行った扉を見つめながら、リオンはとても温かい感情に満たされていた。
「これが父親冥利に尽きる、という奴だろうか」
卵を拾うまで、ずっと家族というものに縁が無かったリオンである。
家族とはどんなものだろう、と妄想することもあった。
その中で今のは、『もし自分に娘や妹がいたら、言ってもらいたい台詞』堂々のNo.1である。
「もう俺、今死んでもいいんじゃないかな……いや、待て」
幸福過ぎて人生に満足しかけたリオンだったが、ふと思い直す。
先ほどのが『娘に言って貰いたい台詞No.1』とするならば、自分もまた、『父/兄として是非言ってみたい台詞』No.1がある。
すなわち、『貴様のようなどこの馬の骨ともわからん奴に娘はやれん!!』である。
これを父の威厳たっぷりに、挨拶に来たチャラ男に言い放ってやるのである。
「だがこの台詞の危険なところは、場合によっては俺が悪役になるところだよな。チャラ男に勇者的地獄の特訓を施しつつ、『なかなか見どころの有る奴』とか呟いて娘の好感度
を稼がねば……」
などと馬鹿なことを考えつつ、リオンは食器類を片付けると冒険者ギルドへと向かった。
ぶつぶつと呟きながら道を歩くその姿。
道行く親子連れに「ママー、あの人なんかヘン~」「しっ、見ちゃいけません」などと言われているその後姿に、父親としての威厳は皆無だった。




