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3-4-2 銀の少女、脅す



  †



「月がきれい」


 熟睡してしまったソーラヴルをベッドに寝かせたセレネルーアは、月明かりの照らす庭を歩く。白狼ハティは庭の片隅で月光浴。ゆらゆらと尻尾をゆらめかせている。

 月の光を浴びて、木々が生み出す影を踏んで、セレネは庭をくるりと歩いた。

 夜の世界は、昼の世界とまた違う顔を見せる。

 耳を澄ませば小さな虫が鳴いているのが聞こえる。

 藪の中を夜行性の動物が駆け回っているのがわかる。

 空に浮かぶ月を、すうっと横切ったのは蝙蝠か。


「ああ、セレネ。ただいま」

「おかえり父さん。午前さま」

「そうか? もうそんな時間か……」

 

 鼻歌なんぞを歌っていたら、リオンが帰って来た。


「俺はもう寝るが、セレネはどうする」

「まだ起きてる。どうせ寝れない。それより」


 と、セレネは庭の向こうをぐるりと見回して続けた。


「変なのが付いてきてる。どうする?」


 その言葉にリオンが苦笑した。


「わかるのか」

「わかる。夜、月の下で私から隠れようなんておこがましいにも程がある」

「そっか。さすがだな」


 そう言ってリオンは、セレネの頭をぽんぽんと叩いた。


「さっきな、父さん昔の友だちと会って来たんだ。その友だちの部下がな、酔ってる俺がちゃんと家に帰れるのか心配して見送ってくれたんだ」

「ふーん。そう。じゃあまだ敵じゃない?」

「そうだな、まだ」

「なら丁重にお帰りいただく」

「当てるなよ?」

「そんなヘマはしない」


 言ってセレネは、【無限収納】から紙とペンを取り出し、何事かをさらさらと書いた。

 次いでその紙を折りたたみ、闘気で生み出した矢に結び付ける。

 そして同じく闘気の弓を生み出して、無造作に矢を番えて庭の一角の立木に狙いを定めて射る。それだけに留まらず、更に別の立木、藪の中、路地を挟んだ隣家の角と立て続けに矢を射っていく。

 そして待つこと数秒。


「よし」

「さすがセレネ。全員いなくなったな」


 じゃあお休み、と言ってリオンは家へと入って行った。

 それを見送ったセレネは、寝そべるハティによりそい、身体を預けた。

 隠していた翼を出して月の光を受け止める様に広げる。


「ねぇハティ。そろそろ、私たちも忙しくなりそう」


 ハティは無言で、セレネの脚を尻尾で叩いて応える。


「そうね。もう少しのんびりできると思ってた。けど世界は勇者を必要としてるみたい。私やソーラが思っていたよりも、ずっと」

「ワフッ」


 セレネはハティの返事にクスっと笑って微笑んだ。その顎をくすぐると、そのままぼんやりと月と星と、夜空を眺めて過ごした。


 


  †




 数時間後、東の空がうっすらと明るくなり始めている。

 セレネは立ち上がってハティを伴い、家へと入った。そのまま自室ではなく、リオンの寝室に音もなく入り込む。

 ベッドの上ではリオンが大の字になって寝ていた。その傍らには金髪の頭がシーツに半ば埋もれる様に見えていた。

 我が姉ながら不思議なことに、ソーラはどれほど熟睡していても必ず横中に起き上がって、リオンの横へと移動する。そして本人はそれを全く覚えていないという。夜を徹して起きているのが当たり前のセレネはその光景を何度も見ているがちょっとしたホラーのように思っていた。


「だからどうせ、父さんの横で寝るんだから寝室を分ける意味がないのに」


 あの山小屋では同じベッドで三人で寝ていた。

 この街に越してきてからソーラとセレネは自室を与えられていたが、そのベッドを利用したことなんてほとんどなかった。

 眠りながら移動するソーラは不思議だが、リオンの横で寝る事事態は全く変な事とは思っていない。むしろどうせソーラも自分もリオンと眠るのは決定事項だから、頑なに寝室を分けようとするリオンの態度の方が不思議だった。

 そのうちなんとか懐柔しなくては……と、おもいながら、セレネはひとつあくびをする。ハティは既にベッドの横で丸くなって寝息を立て始めていた。


「お休み父さん。愛してる」


 眠るリオンの頬に口づけをして、セレネもまたリオンの横へとシーツの中に潜り込み、目を閉じて眠りに入った。




  †



「……なぁ、あの子俺の顔の五センチ横に矢を打ち込んで来たんだけど」

「俺は前髪かすめる位置だった。絶対狙ってやってた」

「だよな。俺、藪の中にいたのに目が合ったって感じたもん」

「なにそれコワイ」

「で、矢文にはなんて? あれ読んでから撤退の合図出したよな」

「……これ、見てみ」

「どれどれ……」

「「「「…………」」」」


 無言で彼らはキュッと内股になった。 

 彼らが手にする矢文には、こうあったのである。


『警告。一分以内に全員の撤退が認められない場合、全員の股間の玉を両方射貫く。できないと思うのも後悔するのも貴方の自由』


「……俺、明日から死ぬ気になって訓練する」

「俺も。潜伏隠遁には自信あったんだけどな……」

「あんな子どもに見抜かれるんじゃな……」


 キザヤ王国の諜報員がその筋の業界で、世界で最も優秀と言われるようになるのはもう少し後の事であった。




数年後。

ローランド王「マシューよ。貴様の育てた諜報員は優秀だな。他国の王城に忍び込んで書類を回収するなど並みの事ではあるまい。どうやったらそれを育てることができる?」

マシュー「……えっと、その……」

ローランド王「どうした。口に出せぬほど厳しい訓練の賜物ということか」

マシュー「ええと、元勇者に百か所くらい骨折させられたり、十二歳くらいの少女に隠れているところを簡単に見破られたうえ股間を射貫くと脅されれば、みな必死になって訓練するようになるようでして」

ローランド王「」



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