3-1 元勇者と双子の少女、ご馳走になる
「おいっっっしぃぃぃ!」
ソーラヴルの明るい悲鳴が室内に響き渡った。その手には、ミーゴ産の川エビのフライが刺さったフォークが握られている。
本来ならばソーラの行儀の悪さを窘めるリオンとセレネルーアはそれをしなかった。二人もまた、川エビ料理に舌鼓を打つのに夢中だからだ。
「さぁ、じゃんじゃん食べてくれ! 今日は仕事の成功を祝う祝勝会なんだから!」
オーバリーが言う。
このレストランは、オーバリー・ウイバリー商会が契約している、川エビの卸し先の一つだ。その一室を借り切ってのお祝いである。
テーブルの上にはずらりと川エビ料理が並んでいる。フライ、サラダ、ガーリック炒め、パスタ、ペッパーソースかけ、パイ包み焼き、他にも名前も知らない料理が色々と。
「これは春巻か。珍しいな!」
半透明のシートにエビと野菜を巻いたもの。そしてそれを揚げたもの。どちらもこの辺では見ない料理だ。
「ここのオーナーシェフは東邦料理にも詳しいんだ。腕は確かでね。きっとミーゴのエビを誰よりも上手に料理してくれるって思ってた。だから真っ先にこの店に卸したんだ」
自信満々にオーバリーが言う。なるほど、と確かにオーバリーが太鼓判を押すだけのことはあるとリオンは頷く。
貴族向けではない、しかし庶民でもちょっと奮発すれば何かの祝い事にでも利用することができる、ちょっとお高めの値段設定の店である。その料理がこれならば、繁盛すること間違いないだろう。
「不思議な触感。なんだかくにゅってしてるわ」
「こっちはパリパリ。好き」
ウイバリーとセレネがそれぞれの料理を評価する。いずれも好感触のようだ。
「いやあしかし、リオンの旦那たち。旦那たちなら間違いないって思ってたけど、飛んでもない大仕事だったんだな」
「本当だよぉ。最初は、ウイバリーをミーゴ村まで送り迎えすれば良いだけだって思ってたんだから!」
「それか、なんだ? 狐人たち助けて、家を建てて畑作って、ミーゴ村襲った奴らぶっ飛ばして……大活躍じゃねえか!」
「そう。大変だった。だからその最後のエビフライは私がもらう」
「あっ、そりゃねえぜセレネ! 俺だってこっちで大変だったつうの! 手紙ひとつで大量の服と食料と日用品手配させられた身にもなってくれよ。俺じゃなきゃ全部は都合できなかったね、あの量をあの短時間で!」
「むう」
セレネが唸った。手元にある、オーバリーから奪ったエビフライを見て考える。
オーバリーが狐人たちの衣類を始め、様々な物をかき集めてくれたのは事実だ。
「では互いの労力を鑑みて分けると」
セレネがナイフを振るって、エビの尻尾を切り落とした。
「このくらいで」
「俺の労力割合尻尾分!? でも食べりゅう! 美味い!」
「兄さんったら……」
ウイバリーが呆れた声を上げる。
「おいおい、オーバリー。そういう時はいくらでも怒っていいんだぞ」
「怒る? そうはいかねぇよ、旦那」
エビの尻尾をバリバリ食べてたオーバリーが居住まいを正した。
「俺たち兄妹、ほんと三人には感謝してるんだ。旦那があの時、俺たちにくれたお金があったからこそ今の俺たちがいる。本当だったら俺たちは、商店持ちどころかこんな立派なレストランで食事することなんてできない身分なんだ」
「それが、リオンさんたちのお陰で沢山のお金を稼ぐことができました。今回の件だって、巡り巡って我が商会に多大な利益がもたらされています。その恩を少しでも返せるならば、エビフライを譲るくらいなんてことありません」
「そう言われると……俺はただ、金にまつわるアレコレが煩わしかっただけなんだがな」
リオンが狐人にもたらした家財や畑。その多くは有償ということになっている。あの時のリオンたちはオーバリー・ウイバリー商会に雇われていた身分だからである。その利権を格安でリオンから譲り受け、しかも狐人たちから長期の分割で支払うように取りまとめたのが他ならぬウイバリーだった。
その支払いの一つが川エビの仕入れであり、その売り上げは商会の柱の一つとなる。
「と、いう訳だ。旦那には返さなきゃいけない恩がまだ沢山ある。支払う報酬もな! さぁ、どんどん食べてくれ! ソーラ! ガーリック炒め美味いぞ! セレネ、エビフライの一本と言わず皿ごと追加しようぜ!!」
オーバリーは振り返り、部屋の隅で骨付き肉を齧るハティと、大きなエビを何本も用意されてご満悦なホルスに声を掛けた。
「お前たちもな、遠慮するな! 肉は足りてるか!? 骨は!? さあ、どんどん食べてくれ! 今日はお祝いなんだからな! 旦那、さあ飲んでくれ!」
そうして一行は美味い川エビ料理を腹一杯堪能した。
†
川エビ料理を満腹になるまで味わったその帰り道。
「もう食べれないよぅ」
「ソーラ、夢でもまだ食べてる」
「ソーラらしいな」
満腹になって寝てしまったソーラを背負って、セレネと並んで夜のウーガの街を並んで歩く。ソーラは夜更かしが苦手ということで日が沈まぬうちに始まったので、夜の街はまだ宵の口と言ったところだ。
「あのレストラン、美味しかった」
「そうだな。エビを仕入れるようになる前から評判らしいから、今度は別の料理を食べに行こうか」
「うん。楽しみ」
ふと、セレネが意味ありげな視線を送って来た。
――後を追けられてる。
リオンは笑顔で頷いた。
――大丈夫、わかってる。
背中のソーラを降ろして、ハティの背中に乗せてやる。
「うへへ、山盛り……」
ソーラの涎が毛皮に垂れて、ハティは迷惑そうだった。
「じゃあ、帰ったら戸締りはしっかりとな」
「わかってる。父さんこそ遅くなりすぎないように」
雑踏の真ん中で、リオンは娘たちと別れた。ハティの頭の上にちょこんとホルスが乗っているのがちょっと滑稽だな、と思う。
そしてリオンは振り向いた。
「――用事があるのは俺だろうが。娘たちを付け回すのなら、先ずは全員ぶっ飛ばしてから話をすることになるぞ?」
そこを歩いていた、何の変哲もない労働者風の男に告げた。
「な、なんだいあんた突然」
「…………」
リオンは無言でくい、と顎で物陰を指した。
一瞬の睨みあい――だが、折れたのは男の方だった。
それだけで男は観念したように、軽く手を挙げる。周囲に潜んでいた、あるいは雑踏に溶け込んでいた何人かの男、あるいは女たちがその場からいなくなる。
リオンの探知能力からも、セレネ達の後を追いかける者がいないのは確認できた。
「追けるもなにも、どうせ住所まで調べ上げているだろうに。で、俺と話をするのはお前でいいのか?」
労働者風の男は憮然として答えた。
「話はボスがする。俺はアンタを迎えに来た案内役さ」
「そうか。ではその役目を果たしてくれたまえ」
その前に、と男がリオンに問い掛ける。
「聞かせてくれ。どうして俺が使いだと分かったんだ? 俺も周囲の部下たちも変装は完璧で、不審なところは何も見当たらなかったはずだ」
振り返ってリオンが答える。
「そうだな、お前たちは完璧で、人混みに紛れて見分けなんてつかなかったよ」
「だったらなぜ」
「――勘」
「な……」
その答えに、男は絶句した。
逆にリオンは呆れた様に言った。
「なんで驚く? この程度の変装と追跡に気が付かないで魔獣討伐なんてやってられるか。岩石生物がただの岩に化けている荒野を突破したし、音も匂いも姿まで魔法的に消える迷彩避役なんてのもいた。百メートル地面の下に埋まってる【地雷魔法】もあった。見破らなきゃ百回死んでも足りねえよ」
男は目を丸くして、そして降参とばかりに両手を上げた。
「なるほど。アンタが本物かどうかは知らないが、少なくともボスと同じ物が見えてるワケだ。一般的な冒険者が、そんなもん見破れるわけがねぇ」
「ふーんそんなもんか?」
「少なとも俺には無理だね」
男が肩を竦める。
立ち振る舞いから、それなりの実力者だと思われるが、謙遜でなければそうなのだろう。
「それで、あんたらのボスが俺に用事がある、と」
「おう。ついて来てくれ」
にやりと笑って、リオンは案内役のあとを歩き出した。




