表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/89

2-999-3 元勇者、吹き飛ばす



  †




「行くよパパ――【陽拳・黎明一閃】ッッ!!」


 突撃したソーラが、その勢いを乗せた拳を振り抜く。小柄な少女でもその威力は申し分ない。無防備に喰らえば悶絶は確実だろう――当たればの話だが。

 半ば不意打ちの様な戦闘開始だったが、それでもリオンは避けてみせた。


「シッ!」


 リオンの反撃。刃引きしてあるとはいえ、鉄剣だ。胴を薙ぐ剣筋だが、ソーラはそれを左の拳で打ち払った。金色の闘気で両手足を覆っているからこそできる荒業である。パシッと金の闘気がまるで火花の様に飛び散る――


「【陽拳・黎明乱閃】ッ!」


 前へと踏み込みながらもソーラはその両の拳で連撃を繰り出した。

 一撃の威力を重視する【一閃】ではなく、回転と手数重視の【乱閃】。リオンは剣の柄や刃元を上手く使いながら凌ぎ、後ろに下がって距離を置こうとする。

 だがそれをさせる程ソーラも甘くはない。


「させない――からッ!」


 左前蹴りを交えてリオンの動きを牽制。同時に右を引き寄せてリオンが下がった分の距離を潰す。


「間合いのッ! 潰し方がッ! 上手くなったじゃないか!!」

「パパのお陰様で――ねッ!」


 剣と拳。

 同じ近接戦闘とはいえ、得意な距離は全く違う。ソーラは相手の間合いの、その更に内側へと潜り込む。そこは剣の距離を潰す位置だ。

 逆に内側に入られたリオンは厳しい戦いを強いられていた。

 取り回しの良い片手剣ではあるが、突きを除けばその動きはどうしても円運動になる。剣の威力と速度が最も乗るのはその円周部分だからだ。内側に入られれば、手数と速度で拳に劣る。


「パパに教わった! 対人戦闘もッ! ちゃんと練習してるんだからっ!!」

「おっ! おおっ!? やるじゃ! ないかソーラッ!」


 リオンは後ろに下がりながらソーラの拳を避け、柄や軽鎧で受け、そしていなす。


「ちっ! 纏わりつくんじゃありません!」

「ヤダ! 絶対離れない!」


 大きく飛び退るリオンの動きを予測し、同じだけ距離を詰めるソーラ。

 押しているソーラに観客たちは大興奮だ。


「体術の基本もきちんと押さえてるな。あの歳でこれだけ闘気使いこなすとか見どころあるなんてもんじゃない」

「炎系の闘気だよな。だとしたら高熱なほど消費も早いんだが……闘気総量ヤバくないか?」

「おいおい、本当に父親越えするんじゃねえの?」

「いやどうだろうな。リオンの奴、まだ余裕がある様に見えるぞ」


 白熱の戦いに興奮する者、ソーラの歳に見合わぬ戦闘力を目の当たりにし噂以上であったと納得する者、しかし現状の優劣がどちらにあるのか見抜く者と様々だ。

 リオンは防御と回避に専念しており、ソーラの猛攻に晒されながらも未だ有効打を貰っていない。一見、ソーラが押しまくっているように見えるしそれは事実だが、余裕があるのは逆だった。

 怒涛のラッシュを繰り広げるソーラの方が、焦った顔を見せているのだ。


「あああ、もう! どうして当たらないの!?」

「それは攻撃の連携(コンボ)が単調でパターンも少なくて読みやすいからだ。あとな、」


 左のジャブ三連発からの右の正拳(ストレート)がリオンの剣の柄を打った。しまった、とリオンが飛んで行く剣を目で追った。

 今までとは違う手応え。跳ね上がったリオンの右手、防御を失ったリオンにソーラは勝機を見た。


「今だ――【陽脚・沈日蹴撃】ッッ!!」


 身体を横倒しにしながらの右回転。黄金色の闘気を右足に集めた渾身の浴びせ蹴り――

 しかし期待していた威力は発揮されることはなかった。ソーラの右足は、あっけなくリオンの両手に受け止められていたからだ。


「……えっ?」

「――それにな、対人戦で相手に焦りを見せるのは厳禁だ。見せるなら、俺みたいにやらないと――いや、わざとらしかったかな」


 呆気にとられ、そして剣を手放したこともその慌てた小さな呟きも表情も全て罠と悟る。

 ソーラは全身に魔力と闘気を巡らせ、防御障壁に力を込める。


「素手は久しぶりだな――【雷術・紫電衝】」


 リオンの、雷の闘気を纏った掌底がソーラの腹に叩き込まれた。

 ドン と訓練場全体に響く重たい衝撃。

 ふっ飛ばされたソーラが訓練場の地面でバウンドし、反対側の壁へと激突した。

 突然の逆転劇に、訓練場の冒険者たちが静まり返った。


「……あれは、死んだかな?」

「俺だったら腹ぶち抜かれてたかも」

「お前障壁保つ? 俺ムリだわ」


 ざわめき出す冒険者たちの間で、オーバリーとウイバリーは声を失った。

 今のリオンの攻撃は素人目に見ても強烈だった。ウイバリーの脳裏に最悪の事態がよぎる。思わず傍らの銀色の少女を見るが、しかし彼女は退屈そうに欠伸をしているだけだった。


「お、おいセレネ。今のは……その、大丈夫なのか?」

「?」


 なにが? と言いたげな顔でセレネはオーバリーを見たが、少し考えてようやく思い至ったらしい。


「大丈夫。いつもよりちょっと激しいくらいだから」

「……ちょっと?」

「ちょっとだけ」


 ほんのちょっと、と指先でジェスチャーするセレネ。

 オーバリーは呆気に取られて、思い直す。

 リオンは空中ぶっ飛ばしてオムツ買いにくるような狂っ……頭のネジが外れ――えー、その、なんというか、色々規格外な人物だ。そのリオンが育てている双子が、普通の範疇に収まるワケがないのだ。

 見た目は元気印の美少女なのに。

 これで自分の手が届くくらいの規格内だったらなぁ、とオーバリーは内心でため息だ。

 そんなオーバリーの内心を知ってか知らずか、セレネの言葉を裏付けるように土煙の中から服をはたきながらソーラが出てくる。


「うえ……ぺっぺっ、口の中に土が入ったぁ……」

「「「…………!!??」」」


 観客一同、目と口を間抜けの様にあんぐりと驚愕している。

 腹をぶち抜かれたのではなかったのか?

 一部の観客には、美少女が内臓をぶちまけた惨殺死体が出てくるものと思って憲兵の詰め所まで駆け出そうとしている者もいたくらいである。

 そんな外野の心配や驚きをよそに、ソーラは肩を鳴らして調子をうかがうと、不敵に笑って拳を構えた。そんなソーラの心情を表すかのように両手足を覆う黄金色の闘気が更に強く輝き、熱を放って揺らめいている。


「さ、パパ。続きしようか!」

「おう掛かって来――……!?」


 応じてリオンも構えた瞬間、


「「「ちょおおおッと待ったあ!!」」」


 二人の間に飛び込む、複数の影。

 それぞれ訓練用の武器を構えた冒険者たちである。

 彼らは武器をリオンとソーラの両者に向けた。


「この戦い、我々が預かった!」

「続けたくば我々を叩きのめすか――リオン! 美人を紹介しやがれお願いいたします!」

「何言ってんのお前ら!!? っていうかそもそもそういう話だったっけな!? 紹介しないけど!」


 そもそも紹介できる女性などリオンにはいないのだが。


「もしくはソーラちゃん!」


 半数はリオンではなく、ソーラの方に向いてその名を呼んだ。

 呼ばれるソーラの笑みが引き攣る。


「え、なにこの人たち……全体的にねっちょりしてる……うえ……」

「きみも父親と殴り合うなんてことしたくないだろう。きみのその拳、我らがこの身体で受け止めよう――さあ、かかって来るが良い! っていうか来て!!」

「全力でイヤなんですけど!?」

「てめえらウチの娘になにすんだゴラァ!!」

「「「グバッハァッッッ!?」」」


 ソーラに迫った男たちを見てリオンがキレた。拳を一閃させると紫電が走り、ソーラに向かっている男たちが吹っ飛ぶ。


「リオン! 貴様の相手は俺たちだ!」

「そうだ! 女を紹介しろ――誰でも良いからッ!」

「ぐぎぎ……なんのこれしき。ソーラちゃんに殴られるためだったら耐えられるッ!」

「き、気持ち悪いよぅパパーッ」

「立ち上がってくんじゃねえッッ!」

「「「ゴバッハァッッッ!?」」」

「俺にもリオンをヤらせろ!」

「俺が……俺たちが冒険者だ!」


 訓練場の中では混乱が増していく。

 観戦していた冒険者たちが次々と訓練場に飛び込み、参戦しているためだ。

 賭けの胴元をやっていた男が観客の冒険者たちを煽っているようだ。リオン対冒険者の賭けが不成立になりそうなので、リオンを倒した者の総取りに賭けを変更したのだ。

 気が付けばソーラとリオンは背中合わせとなり、次々と襲い来る冒険者たちを殴り飛ばしている。

 

「あーあ、なんかもう収集つかなくなってんなこれ」

「あれセレネ。どこに行くの?」


 ウイバリーが尋ねると、セレネは懐からガマ口の財布を取りだして言った。


「父さんとソーラが全員殴り倒すに賭けてくる」


 その言葉にオーバリーとウイバリーは顔を見合わせ、頷いた。


「よし俺たちも乗るぜ!」

「私もご相伴に預かりまーす」


 結果として、リオンとソーラは次々と襲い来る冒険者たち全員を張り倒した。

 結局ソーラとセレネの母親を冒険者たちに紹介するという話はうやむやになり、セレネとオーバリー兄妹は懐が温まってほくほく笑顔だ。

 良い汗をかいたと満足げなソーラとリオンを交え、オーバリーたちの奢りで食事に向かう最中、ふとウイバリーは思い出す。


 セレネが言った、『知っているから』。


 この不思議な双子は一体何を『知っている』のだろう。

 どうもその何かを、リオンにも秘密にしているようだ。

 そもそもリオンにだって不思議なところが多い。

 冒険者の過去は詮索無用。だが、気にはなる。

 

 気の良い、しかし謎の多いこの親子。

 

 その秘密の一端――双子の背中には光る翼が生えるのだとウイバリーが知るのは、もう半月ほど後のことになる。




以上、これにて二章終了です。

2-999パートは時系列上、2-1より少し前の話と設定したのですが

これは構造弄れば別にそんな小細工しなくてもよかったなー、と終わってから。


元ネタは感想で頂いたSSテーマ募集だったのですが、本編との兼ね合いもあってこのようになりました。

双子の母親についてはまたいずれ本編でやるので、下手糞な伏線とでも思っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ