2-999-2 元勇者、襲われる
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冒険者ギルドはその性質上、冒険者たちが数多く出入りしその食堂や受付には武装した荒くれ者たちがたむろすることになる訳だが、一般人がいないかと言えばそんなことは全くない。むしろ日々その建物を訪れる者の半数近くが一般人だったりする。
冒険者ギルドとは、要は人材派遣業である。
となれば仕事の依頼人がいなけば話が始まらないからだ。
その日たまたま、オーバリーとウイバリーの兄妹もまた冒険者ギルドへとやって来ていた。隣街へと荷物を送らなければならないので、そのための冒険者を雇うためだった。
受付で仕事の依頼手続きを済ませた二人は、あることに気が付いた。
「んー……? なんか、冒険者の人たち、少なくない?」
「そうか?」
辺りを見回してウイバリーが首を傾げた。
日中この時間、冒険者たちは街の外に出ていることが多いのでギルド内に人が少ないのはいつものことだが、それにしても今日は少なすぎるように思えた。
その疑問を聞いた受付の女性職員がウイバリーを見る。
「ウイバリーさんたちは、確か五級冒険者のリオンさん方と仲が良かったね」
ソーラとセレネは今のところ七級だ。パーティ登録はしていないので、三人はパーティランクは持っていない。そしてどうやら三人は、積極的に冒険者ランクを上げようとは思っていないようだった。
「はぁ、まあ」
「だったら奥の訓練場を覗いてみるといいわよ。なんか、色々派手なことになってるみたいだわよ」
「……?」
兄妹揃って首を傾げた二人はその後時間も空いていたので、言われた通りに訓練場へと向かった。敷地内に併設された、剥き出しの地面の訓練場には、ちょっとした観客席もある。そこにはギルドの建物内と違って多くの冒険者たちが集まっていた。
「おいおい、これで何人目だ!? お前ら不甲斐ないぞ!?」
「いけ、そこだ! 手加減すんな! ぶっ飛ばせ!!」
「挟み撃ちにしろって! 横から行け、横から!!」
「なんだろう、すごくみんな興奮してンな」
「金属の音……誰かが試合してるのかな?」
二人は興奮している冒険者――観客たちの間を縫って、前に出た。
その視線の先に映ったのは数名の冒険者に囲まれたリオンの姿である。
「――リオンの旦那!?」
「襲われてる!? なんで!?」
驚愕する二人を他所に、訓練場での戦いも観客席の熱も激しさを増していく。
三人の冒険者たちが三方から代わる代わるリオンに向かって剣を、槍を振るう。リオンは後ろに下がりながらも剣一本でその猛攻を凌いでいた。金属がぶつかり合い、火花が飛び散る。
「やるじゃねえか、リオン! だが――これはどうだ!」
「んにゃろッ!」
「くらえっ!」
「そして死ねッ!」
「訓練じゃないのかよっ」
槍士が連続の突きを放った。喉、そして両目を狙う厳しい攻めを弾き、そして仰け反って躱すリオンに剣士二人が息の合った連携を見せる。胴薙ぎと足薙ぎ。
「――くおっ!?」
跳躍して足薙ぎを避けると、そのまま胴薙ぎの剣士の振るう手元を蹴った。更にその蹴りの反動で宙返り。後ろに回り込んで来た四人目に向かって天地逆のまま剣を振るう。力任せの攻撃――ではなく、移動手段。
リオンはその反動で更に四人目の後ろへと跳ねた。囲まれた状況からの脱出に成功する。
着地したリオンを追撃しようと、槍士と剣士二人が地面を蹴ろうと重心を低くする。リオンも警戒し身構えたそこに――
「はーい、時間でーす」
離れた場所に立っていた冒険者が、砂時計を手に声を掛けた。
ようやく終わったのか、とほっと息を吐くリオン――
「規定時間を生き延びたので追加DEATH」
「おまっ、ちょ、ふざけん――おおおっ!」
審判?の声に、新たに別の冒険者が加わる。
弓士の女冒険者だ。リオンの剣が届かない離れた位置に陣取って矢を放つ。
「ほらほらほら、アタイの弓で踊りなッ!」
「ノリッノリだなァもう!」
弓士の連射を刃引きの剣で弾くリオン。それを好機と他の四人がリオンに向かって襲い掛かる。
五人掛りで襲われるリオン――それを見てヒートアップする観客たち。
訓練なのか虐待なのかよくわからないノリになってる周囲に、戸惑いつつウイバリーは隣に立つ冒険者に声を掛けた。
「やれ! そこだぶっ殺――」
「あ、あのうすみません……これは一体どういう状況なのでしょうか?」
「ん? ああ。なんか、リオンをぶちのめせば美人を紹介してもらえるって企画らしいよ?」
「え、ええ……?」
オーバリーとウイバリー、どん引きである。
「最初は二人がかりだったんだけどさ、リオンのヤツが意外と粘るからさ。なんかいつの間にか時間経過で人数追加ってルールになっててね。ほら、あっちで倒れてる奴、リオンにはっ倒された奴らね」
男が指さした先には、既に三人ほどの男が倒れている。
「今じゃリオンが何人目でノされるか賭けにもなってるよ。俺八人目に賭けてるからさ、そろそろヤラれて欲しいんだけどなァ」
男が指さした先には胴元らしき者がいて、賭けを盛り上げようと声を荒げていた。
「は、はぁ……どうも」
中々鬼畜なことを言う男に礼を言って、ウイバリーは兄のオーバリーを見た。
「……だってさ。大丈夫かな、リオンさん」
「いや、大丈夫は大丈夫だと思うぜ。だってリオンの旦那なんだから」
「そ、そうだよね」
二人は、このウーガの街でリオン達親子と最も付き合いが長く、そして深い。
現在リオンの冒険者級は五級で、決してすごく強いともすごく弱いとも言えないが、それはリオンが本気では無いからだと察している。
どうにもリオンは冒険者として名を上げようとか大金を稼ぎたいというような、功名心や世間一般的な欲には興味が無いようだ。
冒険者をやっているのも双子が活動しやすいようにサポートするために見える。事実、どこぞの山奥からこの街にやって来たというのに、リオンは積極的に仕事を受けようとしていないからだ。
「けど、変だよな」
「うん。変だよ」
だから二人は、リオンが五人掛りで襲われながらもどこか余裕をもって逃げ続けている光景を見ても然程驚かない。だが疑念はあった。
「旦那が――女を紹介するなんてありえない!」
「紹介するんじゃなくて紹介してもらいたい側だよね、リオンさん」
どこかむすっとしたようにウイバリーが言い、オーバリーは力強く、そして確信を以て首肯した。
「だって旦那、童貞だろ絶対」
「こないだ色街の傍通っただけで挙動不審になってたしね」
「女の人と会話する時、頑張って胸元から目を逸らそうとしてるしな」
「胸……ウンソーダネー」
「ウイバリー?」
もう少しあれば誘惑できるかなー、なんて普段思ってるウイバリーは、そっと自分の胸元を押さえた。目から光が消えている。
「ねー、パパってばむっつりおっぱい人だもんね。街で女の人とすれ違う時、無言になるもん」
「……巨乳は全員もげてしまえばいいのに」
「パパもさ。女の人の前ではもっと堂々としてればいいのに。そーすればモテると思うんだけどなー。ね、ウイバリーもそう思うでしょ?」
「う、うん……って、ソーラ!? セレネ!?」
そんな兄妹の横に、ひょいと現れたのは金髪と銀髪の影。リオンの娘である、ソーラとセレネだった。
「ひっさしぶりだなぁ、二人とも。元気してたか? ってか一体いつからいたんだよ」
「最初からずっといた。オーバリーたちが気づかなかっただけ」
そんな暢気な会話の一方で、訓練場の中では動きがあった。急拵えの連携に隙を見たリオンが反撃にでたのである。
剣士と槍士が相次いで首筋と胴にリオンの攻撃を食らって崩れ落ちる。そろそろ周囲の人々も、リオンの強さに気が付き始めたようだ。
「なあ。これ本当に旦那が女の人紹介するって話なのか?」
「ん? ちょっと違うよ」
オーバリーの疑問に、ソーラが答えた。
「なんかね。アタシたちが美人だから、母親も美人だろう紹介しろよ力尽くでも、ってことらしいんだけどね」
「そしたらいつの間にかこうなってた」
「だ、旦那に全くメリットが無ぇ……」
呆れ憐憫すら感じるオーバリーだったが、ウイバリーは別の事に気が付いた。
その視線に気付いたソーラは、ニカッと笑う。
「ウイバリー?」
「えっと、何でもない……けど……」
言葉を探すウイバリーに、セレネが答える。
「大丈夫、知ってるから。それよりソーラ、そろそろ行こ」
「そだねー。じゃ、二人とも。また後で」
言うが早いか、ソーラは観客席の手すりをひょいと飛び越えて訓練場の中へと降り立った。丁度一旦距離を取ったリオンと冒険者の間に飛び込む形になった。
突然の乱入者たちに観客の声が一瞬静まり、そして爆発する。
「おおお、ソーラちゃんだ!!!」
「なんだこの熱い展開! キタコレ!!」
「いけ! 今こそ父親超えを果たすんだ!!」
「俺たちが付いているぞおおお!!」
沸き立つ観客たちとは別に、リオンは驚いた顔を見せていた。
そんなリオンに向かってソーラは拳を突き付け構える。
「アイエエエエ!? ソーラ!? ソーラナンデ!?」
「ふっふーん、パパ。今日こそパパに勝っちゃおうかなー。勝ったら、私たちにママのこと教えてくれるんでしょ?」
「そ、それはお前、二人が一人前になったら教えるって約束で……!」
「待てないモーンッ!」
「もーん、じゃありませ――おおッッ!」
金色の闘気を両手足に宿したソーラがリオンに向かって飛び掛り、リオンは剣を振るって迎撃した。
プロットの段階と書き上がった原稿が全く違うというのはよくある話でして。
どうしてこうなった。




