2-999 元勇者、連れていかれる
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過去については詮索無用。
明文化されているわけではないが、冒険者にとってそれはいくつかある不文律の一つだった。
腕っぷしひとつで世の中を渡る冒険者の中には、その前職が後ろ暗いものである者もいる。或いは逆に、取り締まる側であったという場合もある。時にはやんごとない生まれだったりすることもある。
彼らは様々な事情によって、今現在『冒険者』という職にある者たちだ。
経緯とその級は違えど、それだけが共通している事実。
故に過去は詮索無用――ということだが、要は藪を突いて蛇を出すのは互いに止めようぜ、ということだ。
出てくるのが蛇ならまだ可愛いもので、時に大蛇どころか竜が出てくることすらある。
そして突いた方が翼虎だったりするからタチが悪い。その結果、巨大犯罪組織同士の大抗争に発展し、治安当局が鎮圧することになった例もあるのだ。
だから自分から明言している場合や本人が教えてくれるなら未だしも、余計な詮索はしない方が互いにとって身のためなのである。
アイツは冒険者。以上! 閉廷ッ!
それで街の平和は保たれる。
その一方で、彼らは常に刺激に飢えている。
普段から魔獣や犯罪者を相手に立ち回っているし、上位の冒険者に至っては本当の竜と大立ち回りを演じている者すらいるのだ。そんな彼らにとって、同僚の過去というのは格好の、そして刺激的な話題なワケである。
本当に身を入れて調べ始めれば不文律に触れる。
だが無責任な噂話ならばそれには当たらない。
現在ウーガの街の冒険者たちにとって最も熱い話題は、突然現れた双子の美少女新人、ソーラヴルとセレネルーアが何者か、ということだった。
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「あの双子は本物だ。冒険者登録した当日から見てる俺が言うんだから間違いねぇ」
冒険者ギルドの一角、併設されている食堂兼酒場。
したり顔で、その冒険者は頷いた。
一緒に飲んでいる男が感心する。
「ほー、おめさんがそこまで言うなんて珍しいな」
「おうよ。あの二人は登録した初日から矮鬼族ン十匹狩って来たからな。ちょっとした騒ぎになったもんよ」
「ほう。新人にしちゃ凄いな。経験者なのか?」
何らかの事情で地元を離れた冒険者が、偽名で改めて新人冒険者になりすますことがたまにある。明確な犯罪ではないが、冒険者ギルトの規約違反なので元の級に応じての罰金がかかる。
ちなみに逃亡犯が冒険者になったり冒険者が重罪を犯したりして、それが発覚した場合即賞金首指定だ。コワーいお兄さんお姉さん方と、命懸けのかくれんぼをすることになる。
「さぁな。だが長寿系種族じゃねえっていうし、見た目通りの年齢だったら違うだろう」
「ソーラちゃんとセレネちゃんたちのデビューだったら俺も覚えてるぜ。薬草採取依頼に森に行ったら襲われたから、ついでに巣を潰したって話だろ」
別の冒険者が話に加わって来た。
「ン十匹規模の巣を潰したってお前……せめてD級の五人パーティが必要な依頼だぞ」
「薬草採取の最中ってことは、ド新人の九級の時ってことだろ」
冒険者には二種類の級が存在する。
個人として、最高で一級、登録したての最低で九級。
それとは別に、集団としての級が最高S級、最低でF級。
このランクは魔獣の脅威度判定と対応しているので、討伐依頼には同じランクのパーティが当たるのが良いとされている。
また、パーティとしての総合能力として評価されるので、各個人の級が低くても高ランクパーティとして評価されることもあるし、パーティランクが低くても専門性が高ければ高額な指名依頼をされることもある。
それらを加味して考えると、たった二人の新人が、D級相当の討伐を達成することはちょっとした異例の事態と言えるだろう。
「でもギルド職員が巣の跡を確認してるしな。それだけじゃねぇ。薬草採取も本来のものだけじゃなくて、希少な薬草ドッサリ採って来て鑑定士のじいさんがひっくり返ったって話だ」
「それで先月、回復薬がえらい安かっただろ」
「どおりで……普段品薄なのに」
「それにあの二人、登録前から結構話題になってたぞ。知らなかったのか?」
「ああ、教官たちと模擬戦やってた話だな?」
「ちらりとそんな話を聞いた気がするが……その頃は王都の方に行ってたからな俺。直接は知らねえんだよ」
「サンダル教官いただろ。エロダルマだよ」
「新人女冒険者に指導名目でセクハラしてた、あのサンダルか? 最近辞めたって聞いてるが、まさかあのちっこいのにまで手を出そうとしたんか」
「おう、手を出した。で、衆人環視でボッコボコにされた」
「最後の方はサンダルもマジでやってたけどな。全然相手になんねえの」
「マジか……教官になるのって、引退前に四級以上の冒険者であることがが条件だよな」
「サンダルは三級だったはずだぜ。で、双子にボコられたのをきっかけにセクハラ被害者たちが訴えて、クビになった」
その話を聞いて、男は驚き呆れた様な顔を見せた。
引退したとはいえ、元三級冒険者。中堅冒険者が四か五級であることを考えれば、十分に一流冒険者と言って良いだろう。また経験豊富であるほど、魔獣に限らず対人戦闘のノウハウも豊富だ。単純な戦闘力に限らず対応力や駆け引き、引き出しは多い。
模擬戦とはいえ元三級冒険者を圧倒する戦闘能力。
「なるほど、本物だな。それも近年稀にみる逸材って奴だ」
「だろ。それにほら、ツラも良いと来た。あのサンダルが手を出そうとしたくらいだしよ」
「確かに将来期待できる美少女だけどよ……なんだお前、ロリコンか?」
「馬ァ鹿ちげーよ。子どもがアレなら、母親だって期待できるだろうが」
「そっちかよ」
「父親似かも知れんぞ?」
「父親って、五級冒険者のリオンだろ。あいつは……」
「あいつは……うん」
「顔が悪いってことはないんだが……」
「普通だよな」
「そだな普通だな」
「うん。なんか普通」
「ってことはやっぱ母親だよ。絶対美人だ」
「だよな」
「……てことはさ……」
「……リオンの奴」
「あの双子の母親とくんずほぐれつの夜間戦闘を」
三人は互いに顔を見合わせた。
ちなみに三人とも独身で、このところ恋人はいない。
「絶許?」
「絶許」
「ブッ殺?」
「絶殺」
互いの意志を確認し合った三人は席を立つと、依頼掲示板を見ているリオンと双子の所に歩いていく。
「よう、リオン。景気はどうだ?」
「お? まあぼちぼち……って、なんだ、血の涙!?」
「気にするな。ところでちょっと、俺たちと模擬戦しないか?」
「拒否権は無いからな」
「えっちょっ、待っ、なんで!?」
「大丈夫。痛くしないから」
「刃引きの武器でボコるだけだからな」
「それ安心できない奴! なんで突然模擬戦!?」
「…………」
「…………」
「黙ってないで答えろォ!!」
二人に両腕を抱えられて、リオンは訓練場の方へと引きずられて行く。
「えっと……なに?」
「さあ……」
突然のことに呆然と見送っていたソーラとセレネだが、傍らに残っていたもう一人の男が尋ねた。
「ところでソーラちゃん、セレネちゃん」
「えっと、なんですか?」
「ちょっと聞きたいんだけど……二人のお母さんって、どんな人? 美人なのかな? よければオジサンたちに紹介してもらいたいなー、なんて」
なんでこの男に、恋人がいないのかがよく分かる質問である。
下衆すぎるド直球の質問に、二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
「私たちの……」
「母さん?」
二人は揃って、リオンが連れ去られて行った方を見る。
そして再び顔を見合わせて花が咲くような笑顔を見せた。傍らにいた男は、思わず後ずさりする。
それは悪戯を思いついた、悪ガキの笑顔だった。
二章外伝です。感想で頂いた、拳さんからのお題「ねえ?私たちのお母さんてどんな人だったの?と言われて四苦ハ苦する様とか?見てみたい気がします。」が元ネタとなっております。




