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2-27 元勇者、尋ねる




  †




「生前散々利用されましたからね。殊更世間を騒がすつもりもありませんが、今後意に沿わぬ権力に従うつもりはございません。……テメェら国王様どもに下げる頭はもうねぇよ。死ぬ前に散々働かされた代金を今支払えや」


 凄まれて、ローランドは嘆息した。

 リオンが勇者として活躍していた頃、各国の王がその権力で無茶な働きをさせたことは両手の指では足りない程だ。

 王が権力を握るのは、その背景に歴史による正統性、積み重ねた実績、何より強力な武力が存在するからだ。

 だが目の前の男は、その武力をたった独りで凌駕しかねない存在だ。

 一国と戦争して、正面から勝つことができる男。

 今こうして、無礼ではあっても言葉を交わしてくれるだけ僥倖と思うべきだろう――と、ローランド自身は自覚している。

 他国の王が、果たしてそう思うかどうかは別だが。

 

「それで、願いとは?」


 問われて、リオンはひょいとその殺気を消した。そこにあるのは先ほどまで泰然とした態度である。


「一つ。もう手紙が届いてることでしょう。ミーゴ村の件ですよ」

「ああ。村長モーズより今日、文が届いたな」


 言いながら、思い当たる。

 この男、さては書状になにか感知系の術を仕掛けたな。でなければ読んだ当日の夜にやっては来るまい。

 王が手にする書状に何か仕掛けられていないか確認する役職者が居るのだが、当然のようにその目を掻い潜っている。その力量にローランドは内心で舌打ちする。


「村民が五十人ほど増えました。せっかく助けたんだから、村を荒らしたとか言って彼らに罰を与えませぬよう。ついでに、暫くの間狐人たちの分は税を軽くしてやって頂きたく」

「なにが『頂きたく』だ。実質の脅迫ではないか……だが、事情は斟酌できる。来年は無理だ。元々の村民が不満を覚えるからな。今年の分のみ、全ての税を免除しよう」


 モーズの書状を読み、狐人たちを追放や処罰、というのも考えないではなかった。だが損ばかりで益が無い。

 そして村への移住を許可するにしても本来免税までは必要ないが、勇者リオンが直接やって来た以上、これができる最大の譲歩だ。元々の村民の不満というのも嘘ではない。


「有り難く。そしてもうひとつ」

「願い事は二つだろう? 容赦と免税、ふたつだ」

「いやぁ流石ローランド王。懐が広くていらっしゃる」

「断り切れぬと知ってて調子の良い……それで、なんだ?」


 問い掛けると、リオンが尋ねた。


「『異神教団』という存在について、知りうる限りのことを教えていただきたく」

「……そう来たか」


 全く予想外のことを問われ、為政者らしからぬことにローランドは嘆息した。

 答えない、という訳にも行かない。


「俺も知っていることは少ないぞ」


 リオンは無言で頷く。


「……この数年、密かに勢力を拡大している宗教団体だ。大陸各地でその活動を活発化させつつある。調査を進めているが、どうも、クシュウ大陸西方に本拠地があるようだ、といったことくらいか」

「西、ね。西にはいい思い出が無い」


 リオンは口元を尖らせて呟いた。


「壊神討伐か。それを達成したのは、大陸西端だったそうだな。それで、逆に問いたいが、貴様はどうして『異神教団』のことを知っている?」

「狐人の隠れ里とミーゴ村を襲った奴が、そうだったんですよ。狐人たちは数十名が連れ去られたそうです」

「ふむ……」


 ローランドは眉根を寄せて暫く思案した。


「我がキザヤ王国では、少なくとも今はまだ、奴らは表立った活動はしていない。地下ではどうか知らんがな」

「西が本拠というなら、ユーフォーンとかドラナルゾではどうなのです?」

「知らん」


 ローランドは一言で切り捨てた。


「俺は王で、王とは多忙なものだ。手の者からそんな集団がいる、と聞いているだけだ」

「なるほど。そりゃそうだ」


 少なくとも異神教団は、キザヤ王国では本格的な活動をしていないようだ。

 となれば他国の新興宗教について、国王本人がわざわざ気にしていられないというのが実情である。


「詳しく知りたいなら、そいつを貴様の元に送ろう。俺としても異神教団がミーゴに手を出したというならばもはや他人事ではない。貴様が対立してくれるなら儲けものだ」

「それはありがたい」

「それで貴様、今はどこに住んでおるのだ? ウーガ? 分かった。数日中に

その者をウーガへと送っておこう」

「よければ俺が、明日にでもその人に会いますが」


 するとローランドは、アホかと返した。


「死んでいたハズの元勇者が生きていたなんてとんでもない爆弾、放置できるか。殊更騒ぎ立てたくないのは俺も一緒だが、住まいを確認するくらいの事はさせてもらう」

「……了解ですよ」


 黙ってそれをしない辺りが、ローランドなりの譲歩なのだろう。

 それから細々とした雑談を交わし、リオンは窓から飛んで出て行った。


 あっという間に夜闇に消えたその背中を見送りながらローランドは考える。


「西で死んでいたハズの勇者が生きていた、か。西の異教が活発に動き出したのと時を同じくして……というのは、因縁めいた何かがあるのか?」


 神ならぬローランドでは答えなど出る筈も無い。

 生きていた勇者という劇薬が、国内に存在すると彼は知ってしまった。

 リオンが余計な事をして国内を乱されたくないというのは本音だ。だが完全に無視するには存在が大きすぎるし、それをしては一国の王は務まらない。

 どうにかリオンを怒らせない程度に巧く利用できないものか、と考えるのだった。


「しかしアイツ、術を解いて行かなかったな」


 ベッドに眠り、寝息を立てる愛妾。

 悪戯してもいいが、ちょっとやそっとでは起きそうもない。


「相手がいるのに独り寝はつまらんな。嫌がらせか?」


 ため息をついて、ローランドは部屋の明かりを消すのだった。



  †



 リオンがキザヤ王国の主、ローランドの寝室に突撃したその二日後。

 ついに一行はミーゴ村を後にすることになった。


「世話になったな」

「返しきれない恩がある。困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。ミーゴの狐人は永遠にこの恩を忘れないだろう」


 ギルとフレッド、ネイトとファニの新婚夫婦、モーズにボスゴ……そして多くの村人たちに手を振られ、街道へと一行は歩いていく。


「色々あったけど、楽しかったね!」

「ソーラは楽しみ過ぎ」

「えへへ、そんなことないけどぉ」

「なにその謎の謙遜」


 セレネが言う通り、ソーラは村にいる間中方々を駆けずり回っていた。

 森を切り開くのを手伝い、家を建てるのを手伝い、畑を耕し魔獣狩りに精を出し、糸を紡ぐ女衆を手伝い川エビ漁を手伝い、朝日が昇ってから日が暮れて眠るまでずっと誰かを手伝うか、さもなければ子どもたちと遊んでいたか。


「それで随分助かっていたみたいだけどな」


 大人も子どもも、狐人と村人の間には微妙な距離感――遠慮があった。

 突然できた隣人に戸惑っていたのだ。その架け橋となったのがソーラだった。

 特別意図したわけでもない。裏表のない、ソーラだからこその行動だった。 


「最初はどうなることかと思いましたが、私は大満足の結果ですね」


 ウイバリーも嬉しそうだった。

 リオンと娘二人の【無限収納】にはミーゴ湖産の川エビが満載である。新たに漁士となった狐人たちが獲った分だった。

 今後ミーゴ村の狐人たちが獲った分の川エビはオーバリー・ウイバリー商会に優先的に卸される契約なので、ウイバリーもほくほく笑顔である。当初の予定より遥かに条件が良い契約ができたのだ。

 その契約の担保はリオンたちが提供した食材や敵の撃退、村の整備である。商会からリオン達に代金は支払うが、リオンは狐人たちのためにとそれを格安で商会に売ったのだ。


「ウーガの街ではまだミーゴの川エビは殆どで回っていないからな。きっと売れるだろう」

「さあ、帰ったら忙しくなりますよぉ!」


 朗らかな笑い声を上げて遠ざかる一行を、ミーゴの人々はその姿が見えなくなるまで見送っていた。中でも熱心に見つめていたのは、狐人の青年クリフである。


「おーい、クリフ。何時まで見送ってるんだ? もうリオンさんたちは見えなくなったぞ」

「いや……俺には見えている」

「――は?」

「瞼を閉じる間でもない……あのふたりの、神々しいお姿がこの脳裏にはっきりと! ああ、ああ!!」


 どんびきするミーゴの人々を尻目に、クリフは自分に与えられた家へと駆け戻ると、槌とミノを手に取った。


 狐人の青年クリフが、『颯爽と駆ける狼に跨り凛々しく弓矢を構える翼の少女』と、『魔鳥を肩に乗せ勇ましく拳を構える翼の少女』の石像でキザヤ王国の芸術界を震撼させることになるのは、これからおよそ十年ほどの後のことであった。





 




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