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2-25 銀の少女、圧倒する

お待たせしました。

傲慢なエルフ青年フルボッコの巻です。



  †



 

 森羅族(エルフ)の青年ナタリオが放った必殺の矢が、全身を矢に貫かれて蹲っている銀の少女(セレネルーア)襲い掛かる。ナタリオは勝利を確信しているが、その瞬間、目を疑った。

 壁をも貫通するその矢は、少女の肩に当たり――しかし、すり抜けてその背後の壁を破壊するのみだった。


「――なに!?」


 そして蹲る少女の姿も、蜃気楼の如く透けて、消えてしまった。

 ナタリオは慌てて気配を探るが、見つからない。風の精霊を締め上げて問い詰める。

 

「あのガキは一体どこに消えた!? 判らないだと……連れていたあの狼まで!?」


 あの狼は戦いが始まって直ぐこの場を離れ、あとは集落の外でじっとしていたハズだ。他ならぬ風の精霊に監視させていたハズなのに。

 怒りに任せて風の精霊を魔力で縛り上げていたナタリオだったが、直ぐに我に返った。身を低くし、移動を開始する。


「ぼうっとしていないで早くあのガキを探しに行くのだ! ちぃっ、一体いつから分身と入れ替わっていた?」


 乱山嵐(ミダレヤマアラシ)で狙い定めた時には、まだ本物だったはずだ。一体どのような技かは不明だが、精霊をも欺くほどの隠形系(スキル)である。あの銀色の少女は、自分が思っていた以上の使い手ということだ。

 攻守は交替し、狩られ狙われるのは自分――そう思った時、ぞくりとする殺気を感じた。思わず地面に飛び込む。

 この俺が――ソルデビラのこの俺が恥も外聞も無く地に伏すなど。

 ちらりとそう思ったが、そんなことを気に掛ける余裕はすぐに吹き飛んだ。


「……くッ!」


 ズドン! という重たい音と共に、先ほどまで自分がいた場所のすぐ横に銀色の矢が突き立っていたからだ。

 正確に頭を貫く位置。心臓が跳ねる。

 さらに続けて上空からナタリオ目がけて矢が立て続けに降ってくる。

 身を起して、ナタリオは駆け出した。


「一体どこから――!」


 路地へと飛び込む。上空からの矢は止まった。

 だがきっとあの少女は、自身を狙っていることだろう。

 一体どこに。

 辺りは日も暮れて、大分暗くなっている。風の精霊を使役できる分、索敵では有利なはずだ――そう考え、矢を弓に番えたまま周囲を窺ったナタリオは、自分が駆け込んできた路地の入口に、ふらりと入り込む人影を見た。


 ――そこかっ!


 瞬間の判断から弦を引き絞ると同時に狙いを定め、放つ。

 幼少の頃より何十万、あるいは何千万回と繰り返した動作。

 この状況にあっても、完璧に近い精確さだと自負できる一矢だったが、直後彼は目を見開いた。

 人影が消えた。再びの幻覚――だが驚いたのはそれではない。

 真上から降って来た白銀の闘気を帯びる矢が、ナタリオが放った矢を貫き、地面に串刺しにしたのだ。


「な――!?」


 狙ってできる事では無い。

 だが、果たしてそんな偶然が起こり得るのか――思わず動きを止め、上方を仰ぎ見た。 

 廃屋の柱の先端。そこには弦月を背に銀色の少女がいた。美しい装飾の銀弓を手にしてナタリオを見下ろしている。

 冷酷という言葉すら生ぬるい程鋭い眼差しでナタリオを見ていた彼女は不意に、ナタリオではなく空を見上げ、そちらに向かって弓を向けた。

 少女が弦に指を掛けると、何もない空間に銀色の矢が生まれる。

 それだけでナタリオは驚きを禁じ得なかった。


「弓だけでなく、や、矢を闘気で生み出すだと……!?」


 闘気を帯びた銀矢ではない。銀矢そのものが闘気を武具化したものなのだ。

 通常、闘気を具現化させて武器を生み出すには長い修練と才能が必要とされる。特定の武器を使い続け、その全てを理解し手足の如く扱うことが出来るようになって初めて具現化の第一歩だ。

 この幼い少女の歳でそれが可能というだけでも恐ろしいのに、矢という、手元から離れてしまう物体までそれが可能など、長命なエルフのナタリオであっても伝説でしか聞いたこともない。

 正確に言えば、矢を闘気で生み出すことはできる。だが身体から離れた闘気の物質化を秒と維持できないのだ。遠距離狙撃には使えない技術。普通なら闘気武器の弓で放つのなら魔術や闘気技(スキル)を乗せた通常の矢となる。それだけでも十分な威力となるのだが。

 それができることだけでも恐ろしい事なのに、顔色変えず少女は、莫大な闘気を込めた矢を空に向かって放った。

 そしてナタリオを一瞥すると、立っていた柱から向こう側へと飛び降りる。

 その姿が消える直前、小さく声が聞こえた。――【月弓・白虹驟雨】。


 次の瞬間、空に打ち上げられたはずの銀矢が……無数に分裂し、まるで雨の如くナタリオに向かって降り注ぐ。


「う……おおおおおお!!」


 恥も外聞も無くナタリオは叫び、魔力障壁を全力展開した。同時に風の精霊に命じて矢の雨を吹き散らそうと試みるが――


「命令を聞かないだと!?」


 魔力を込めて強く命令しても、風の精霊は彼の意に従おうとしなかった。それどころか、別の誰かの方を気にしてすらいる。この場にいるもう一人の誰かなど、考える間でもない。


「小娘ェ!!」


 そして銀矢の驟雨がナタリオを襲う。

 屋根板を雨が強く叩くような音が連続する。ナタリオの展開する魔力障壁を、矢が打ち据える音。

 技の性質として、ナタリオが先ほど使用した乱山嵐(ミダレヤマアラシ)によく似ている。だが、技の規模と持続性が桁違いだ。乱山嵐が精々十数の矢を放つのに対し、この技は軽く見て二百――いや、五百、あるいは千……?

 延々続く銀矢豪雨にナタリオは背筋を凍らせた。

 自身を中心に球状に張る魔力障壁が軋んでいる。数十数百の矢が障壁に突き刺さり、傍から見ればそれこそヤマアラシのようになっていることだろう。恐ろしいのは、これだけの矢を闘気によって実体化させるその力量。

 実際の所は十秒に満たない時間。

 その十秒を、ナタリオは必死の思いで耐えた。

 一瞬でも気を抜けば魔力障壁を抜かれる。その次の瞬間矢の雨に生身を晒すことになる。

 その恐怖が心を支えた。限界まで魔力を振り絞り、魔力障壁を支え、修復し続ける。次々と障壁に突き刺さる矢を押しのけるように魔力を注ぎ込み続けた。

 そしてついに、銀矢の雨が降りやんだ。


「……くっ、はっ、ぐぅ……かはっ」


 呻き、空気を求め喘ぐ。

 短時間で一気に魔力を使用したので頭がぼうっとする。まずい、敵は今この瞬間をこそ狙っているというのに――

 視界の端に、銀光が疾る。


「――【月弓・空明穿凛】」


 パキンと軽い音を立てて、ナタリオの魔力障壁が貫かれた。砕け散る魔力障壁の向こうから矢が飛んできて、ナタリオの左頬に一条の傷を刻む。

 

「ぐっ……!」

 

 ナタリオが弓を構え、矢筒に手を伸ばす――が、それより早く銀矢が再び宙を走り、ナタリオの手にした矢を弾き飛ばした。


「動くな」


 正面に立つ、銀髪の少女が短く、そして強く言う。

 その手に持つ銀弓が、真っ直ぐナタリオの顔に狙いを定めていた。

 真っ直ぐに向けられる冷たい殺気に、指一本動かすことができない。


「くそ、貴様、一体何者だ……!?」

「質問するのはこちら。名前は?」

「…………」


 少女は黙って、矢を放った。


「ぐぁあっ! く、おおっ!」


 右の太腿を射貫かれる。

 たまらず膝をつく。


「名前。無視するなら次は右肩。その次は頭を狙う」


 淡々とした殺気に、ナタリオは口を開いた。


「……ナタリオ・ウグイ・ソルデビラだ」

「ウグイ? ウグイ氏族の縄張りはもっとずっと北のはず。どうしてここに?」

「この狐人集落が何者かに襲われたと知った、上からの命令で調査に来ただけだ」

「そう。何か判ったことは?」

「知るか。私もここに来たばかりで、貴様と出会ったんだ。何かの手掛かりになるかと思ってな!」


 ナタリオは苛立とともに叫んだ。先ほどから魔力を放って風の精霊に命令しているが、全く言うことを聞かない。こんなこと精霊と交流できるようになって以来初めてのことだった。


「そう。だったら無駄手間。わたしもこの集落に着いたばかりだった。何も知らない」


 その見下す態度が、ナタリオの気に障る。


「くそ、くそ、くそっ! このウグイ流弓師の俺が、弓の技で後れを取るなど……!」

「弓師?」


 呆れた様に、少女が言い放った。


(マスター)とは、技だけでなくその道における心の有り様について子弟に伝える者のこと。ウグイ氏族に限らず、エルフの弓は生命の糧を得るため弓神に授けられたものと聞く。問答無用で女子供を襲い、しかも嬲るような戦い方をする者のどこに師の資格がある」


 その上からの物言いが、ナタリオの中の何かに酷く障った。

 弓を構え矢も番えずに弦を引き絞る。怒り交じりの闘気が矢の形となって具現化する。どす黒い赤色。数瞬しか形は保てない。だが数瞬だけで十分。銀色クソガキの顔を貫くだけならば。


「知ったような口をぉぉぉぉぉあ!!」


 生涯で最短最高の動作で、最速の矢を放つ。

 ――殺った。

 ナタリオはそう確信する。

 闘気の矢はナタリオの意志そのものだ。音すら超える速度で少女の空気を貫き、その顔面に肉薄し、


「……な、」


 ぱしりと、あっけなく、その手に掴まれた。


「やっぱり弓師の名にふさわしくない」

「あ、……あ、」

「そもそもこの距離で掴まれる速度とか、お話にもならない」


 少女の手にしたナタリオの矢が形を失って宙に消える。同時に、ナタリオは右肩が砕ける音を聞いた。激痛。見れば、白銀の矢が突き刺さっていた。


「あっ、お、が!? おおおお、う、ああああああああああッッ!?」


 銀の少女が矢を放った姿勢で立っている。

 痛みと混乱がナタリオの中に渦巻いた。

 一体いつ構えた? 矢を生み出し番えた? ずっと視線を向けていた。意識を散らした訳でもないのに、射る瞬間も矢が飛んでくるのも全くわからなかった。


「この程度も見えないなど」

「―――ッ!?」


 そして背後から地面に押し倒された。

 振り向けば牙を剥き出しにした白狼がナタリオの背中を抑えつけていた。身体強化しているのに振りほどけない。

 白狼は集落の外にいたはずだ。風の精霊の一体に監視させていたハズ――だが、周囲を漂う無数の風の精霊は、いくら問い掛けてもナタリオの声を聞こうとしなかった。むしろ嫌がる素振りすら見せる。

 訳が分からない――だが、直感的にわかることが一つだけ。

 目の前にいる、この小娘だ。

 風の精霊がおかしくなったのは、この小娘が原因だ。


「…………」


 少女はしばらくナタリオのことを見ていたが、不意に興味を無くしたように視線を戻し、踵を返して歩き出した。

 ナタリオに圧し掛かっていた狼も彼を蹴って少女の後を追い、そして夜闇の中に消えていった。

 身を起こしたナタリオは、僅かな魔力を振り絞って肩と太腿に【治癒魔術】を施し、怪我を癒す。


「くそぉ……許さんぞ……殺してやる――草の根掻き分けてでも絶対に見つけ出して、絶対に殺してやる!! 我が祖ソルデビラの名に懸けて!!」


 最後に残していった、少女のあの視線。

 そこに浮かんだ見下す態度。

 その顔をズタズタに切り裂いて殺す。

 手の指を念入りに砕き、痛みと絶望に染まる顔を潰して殺してやる。

 目を血走らせたナタリオは、怨嗟の言葉を呟きながらウグイ氏族の里に向かい歩き始めた。遠くから、冷めた目で銀色の髪の少女がその背を見つめているとも気が付かずに。



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