2-24 銀の少女、襲われる
†
人が居なくなり、焼け落ちてしまった日暮れの廃集落。
その一角で、セレネルーアは森羅族の青年と出会い――そして、互いに矢を向け撃ち合った。
空を走る矢が互いの中間でぶつかり合い、あらぬ方向に弾け飛んだ。
その時には、二人は物陰へと飛び込んでいる。
「突然何するの」
「矢を向けられたからな」
「そうじゃない。矢を放ったのはそっちが早かった」
「こんな場所に子ども一人でいるなど、怪しすぎる!」
「それはこっちの台詞」
言いながらもセレネは傍らのハティに合図を出す。
意図を汲み取ったハティは、集落の外に向かって駆け出した。それを見送ることなくセレネも場所を移動する。物陰から物陰へ、自分に有利な場所を確保するために。
エルフの青年もそれは同様だ。
崩れ落ちた家屋の裏を回り、青年が飛び込んだ物陰が伺える場所へと移動したセレネだったが、そこに彼はいなかった。
「ッッ!」
察知し、躊躇なく前転。
一瞬前まで居た場所に矢が突き立った。
「ほう、今のを避けるとは中々やるな!」
矢の飛んで来た方向に人影。
しかしセレネが矢を番え、放つよりも早く青年は物陰へと姿を消した。
「中々やる、はこっちの台詞」
呟き、重心を低くしながら物陰を移動しながらセレネは気配を探った。
しかし【隠密】に長けているのか、青年の気配は周囲に感じることができない。
家と家の間の路地を駆ける――その出口、青年が姿を現し、矢を放つ。
魔力も闘気も帯びていないただの矢。
そう判断したセレネは回避。
「――痛ッ」
避けたハズの矢は、突如軌道をガクンと変えた。
セレネの右の太ももを浅く切り裂く。
痛みを無視し、セレネは崩れ落ちた家屋へと飛び込んだ。そのまま駆け抜け、壁に開いた穴から隣の路地へ。はたくように傷口に触れると、それだけで傷は癒えた。
物陰に潜み、たった今癒した怪我した場所を注意深く探ると、分かったことが一つ。
「――風の精霊の気配」
ほんの僅かに、痕跡が残っていた。
周囲に漂う風の精霊を魔力によって使役する精霊術――あのエルフの青年は、その使い手なのだ。それもかなり強力な。
でなければ、セレネが即座に感知できない程の【隠密】に精霊を抱き込むことは難しい。
「ッ!」
再び、矢が飛んでくる。今度は曲射――上空に打ち上げた矢が、軌道を変えて降るように落ちて来たのだ。
続けて二本、三本と空から襲い来る矢にセレネは駆けて回避する。
「はっはっは、どうした純人の少女! 逃げ回るしか能がないのかな!?」
辺りに響く青年の声。
そこに含まれる嘲笑に、セレネの瞳がすっと細くなる。
「風の精霊を使役しているなら私の位置なんてとっくに見抜いているハズ。そして闘気の弓持ちであれだけの技量があれば、当てるのも訳はない。なのにわざわざ避ける事ができるタイミングで射るということは」
――こちらを舐めてる、ということ。
怒りが湧き上がると同時に、思考がすうっと冷たくなっていく。
「狩りごっこで嬲るつもり? よりによって、私を?」
セレネは空を仰ぎ見た。
日は遠くに沈み、その残滓が西の空を赤く輝かせている――そして東の空は、夜。
弦月――半月に僅かに満たない、上弦の月が見えている。
セレネは、手にしていた弓を捨てた。矢を入れている矢筒も放る。
そして、白く輝く光とともに、美しい装飾を施された銀の弓をその手から生み出す。
「――どちらが獲物で、どちらが狩人か教えてやる」
銀色の狩人が、伏せていた身体を起こす。
†
ナタリオ・ウグイ・ソルデビラ。
鮮やかな緑色の髪と、翡翠の目を持つ森羅族の青年は、空に向けて矢を三本、立て続けに放ったあと駆けて場所を移動した。
そんな彼に、風の精霊の声が届く。
「ふふ、これも躱すか。中々楽しめる獲物ではないか」
背負う矢筒から新たな矢を取り出す。この矢筒は特殊な魔術で内部容量が拡張してあり、何百もの矢が入っている。
ナタリオはその端正な口の端に笑みを浮かべる。
見た目は幼いが、思った以上の実力者の様だ。
「退屈な仕事と思って来れば、こんな活きの良い獲物に出会えるとは。弓神の御導きに感謝しよう」
ナタリオは、その名が示す通りこのクシュウ亜大陸のほぼ中央部の大森林を縄張りとするウグイ氏族の生まれだ。
偉大なる祖ソルデビラの生まれ変わり、そして弓神の寵児とも言われる弓の才能を幼い頃から発揮し、こと弓矢の技能に関して負けたことが無い。
早くから闘気弓の具現化に成功し、ウグイ氏族に伝わる弓術の全てを修めたとしてウグイ史上最年少で弓師の資格を得た青年である。
ソルデビラ家という出自と自身の能力によって、次期長老格を得て、果ては最長老とも目される希代の人物である。
そんなナタリオだったが、狐人たちの隠れ里が何者かに襲われたという情報を察知したウグイ氏族の長老衆によって、その調査に派遣されることになった。
襲われたという狐人の集落と交流があった訳ではない。
だが、同じウグイ氏族の集落が、怪しい集団に接触を図られているという別件に通じるものがあったからだ。
狐人などという下等種族なぞどうでもいいが、長老衆の命令となれば無視も出来ない。
出世のためとはいえ全く気の乗らない仕事であったが――
「こうも楽しめるとはな! 来た甲斐があるというものだ――だが、私の敵ではないな!」
ナタリオは駆けながら、精霊が示す場所に向けて矢を次々と放った。
風の精霊を使役する彼は矢の軌道を好きに曲げることができる。屋根を超えて降り落ちる軌道、壁を曲がって背後から襲う軌道。
「ウグイ弓術・乱山嵐!!」
十数本の矢が、前から、後ろから、そして上からも同時に銀色の少女に襲い掛かる。
そして更に――
「ウグイ弓術・貫徹牙!!」
三本束ねた矢を同時に弓に番え、少女を一直線に狙う。間に廃屋の壁があるが、無視して放った。【風魔術】と風の精霊を同時に使役し、貫通力を極限まで高めた一撃。狙い通り焼けて耐久性が落ちた廃屋の壁を二枚ブチ抜き、三本の矢は全身を矢に貫かれうずくまっている少女へと襲い掛かった。
絶対に避けることのできないタイミング。ナタリオは、自身の勝利を確信する。
「あんなチビ助では犯すにもモノが勃たぬな。よい、腕と足をもいで、この集落で何が起きたのか聞き出すことにしよう」
弓技を放った体勢で、ナタリオはその瞬間を待つ。
矢が、銀色の少女の肩を撃ち抜いた。




