2-23 商人少女、商談する
大変お待たせしました。
続編です。
†
「だぁぁ、終わったあ!」
「お疲れ様、パパ」
そう叫んで仰向けに寝転んだリオンを、ソーラヴルが労った。
バシュマコヴァと名乗る襲撃者を撃退してから四日目の夕刻。ついに、リオンは自身に課していた仕事を全て完了することができた。
「本当にやり遂げるとは……」
「頭が上がらないとはこのことだ」
そのリオンの周囲を、狐人たちが囲んでいる。彼らが身に着けているのは、オーバリーが手配したばかりの古着である。
そして彼らがいるのは、新しい彼らの住まい。今までのミーゴ村のすぐ隣の森を切り開いて出来た場所だ。
「【風魔術】で木々をあっという間に伐採して」
「【土魔術】で埋まっている岩とか根っことか掻き出して整地して、岩壁建ててあっという間に家を作ってたぞ」
「畑もだ。っていうか、村全体の用水路まで整えてくれたぞリオンさん」
「バカ、リオンさんじゃなくてリオンさま、だろうが」
「畑の方見たか?」
「ああ、あれは作物が良く育ついい土だ。肥料をすき込まないとな」
「いやいや、あの金色の嬢ちゃんが畑の前で祈ってたろ? びかーって光って」
「アレは凄かったな」
「何があったんだ?」
「俺も知らないな」
「見てないのかお前ら。いやな。その直後、撒いたばかりの種から芽が出た」
「「なにそれスゴい」」
「ほら、あっち。青々してんだろ。凄い成長早いぞ、あの麦」
「何が凄いって、村中の畑で同じことしてくれたんだよ、あの人たち」
「……神さまかな?」
「銀色のお嬢ちゃんは?」
「今日も狩りに行ってるぜ。昨日は独りで大猪仕留めてたな」
「ああ。いま、女衆が総出で燻製にしてる奴」
「「「…………」」」
狐人と、ミーゴ村の青年たちは汗を拭いながら、お茶を飲んでのんびりしているリオンとソーラを見た。そして誰ともなく、手を合わせ、拝み始める。
「「「ありがたやぁ、ありがたやぁ」」」
「えっ、なに? なになに!?」
突如拝まれて、ソーラは慌てた。
勇者として活動していた頃にたようなことがあったリオンは慣れたもので、苦笑しつつもコップの茶を啜った。冷たい液体が火照った体に気持ちいい。
ああ、これはそろそろ、目立たず生きるってのは無理かもわからんなぁ、などとのんきなことを考えていた。
†
リオンやソーラが拝まれていた頃、ウイバリーはまた別の場所にいた。
ミーゴ村村長宅で、村長であるモーズとその補佐であるボスゴ、フレッドと、ギルと共に商談の真っ最中である。
「と、いう訳でリオンさんが提供した衣・食・住について、その利権は我がオーバリー・ウイバリー商会が買い上げることとなりまして。狐人、及びミーゴ村からは合計でこの額を支払っていただきたいと」
「「「「……Oh」」」」
提示された額は、四人が揃って顔を青くする金額であった。正直、現在のミーゴ村全員が奴隷働きしても一生かかっても支払えないかもしれない。
「ま、待ってくれ。いくら何でもこれは酷い!」
「酷い? ですが先ほど説明しましたように、一つ一つの内訳を見ますと妥当であるかと」
「だがしかし!」
妥当。その通り、妥当な金額である。
十数件の家を建て、畑を拓き、必要ないところの水路まで整備した。
村にやってきた襲撃者を撃退してくれた。被害は最小限で、しかもその補修にも携わってくれている。
そして狐人たちの支援――特に、一番最初のシチューがおかしい。材料に伝説級の食材が惜しげもなく使われている。
その結果が、ウイバリーの手にする請求書に書かれた途方も無い金額である。
「今からみんなで吐けば、シチューの代金はチャラにならないだろうか」
「アホかギル。請求額が倍になるぞ!?」
フレッドとギルは少しばかり錯乱気味だ。
当然と言えば当然。この支払の大半は、狐人たちが負うべきものであるからだ。
とは言え――
「流石にこの金額を、一括で支払えというのは無理がありますし、リオンさんも……いえ、それは関係ありませんね」
リオンにとって成り行きでこうなったので、正直なところ狐人から金を取るつもりなど全くなかった。そもそも、勇者時代にお宝を貯めこんだので今更金に困っているわけでもないのだ。
冒険者をやっているのは、二人の娘に外の世界を見せてやり、自分以外との関係性を作ってあげるためである。
だが、現在のリオンはウイバリーたちに雇われている状態だ。
そもそもオーバリー・ウイバリー商会はミーゴ村に商談に来たのであって、あれほどの援助をしたのになんの見返りも要りません、では体裁が悪いのだ。
もし全くの支払いを受け取らないのであれば、巡り巡って別の商談に悪い影響が出ることも考えられる。
「せっかく助けた狐人さんたちが再び困るのも、我々も望んではいません。よって、リオンさん親子の嘆願もあることですし、大幅にまけてこのくらいで……」
「むぅ」
フレッドが唸る。
高い、が無理な額ではない。
「これだと月々のお支払いが――で、合計と利息はこちら、というのは」
「利息が乗る分少し高くなるが……まだ現実的ではあるな」
つい数日前まで、食うや食わずの生活だった。明日の命も知れない日々から抜け出し、生活環境は改善どころか激変――なにせ、屋根と床と壁がある!――したことを考えれば十分、ありの金額だ。
もとより、自分たちくらいはリオンの奴隷になって働くくらいのつもりでいたのだ。狐人たちが受けた恩を考えれば。
フレッドとギルが目配せする。
そしてフレッドが、商談を受け入れようと口を開く――
「ですが、我が商会としては、もう一つの提案をさせていただきたく」
「……なに? 俺たちとしてはこの額で、納得できるところだが」
怪訝な顔をするフレッドに、しかしにこやかにウイバリーが告げる。
「そもそも当方は、ミーゴ湖で獲れる川エビの仕入れに参入できないかとやって来た次第でして。それがまさか、狐人さんたちを救う大騒ぎになるとは思ってもいませんでした」
「ふむ。ならばオーバリー・ウイバリー商会は川エビを仕入れたいと申すかの?」
「可能であれば、是非」
モーズの言葉に頷くウイバリーに、「だが」と、困った顔でボスゴが告げる。
「川エビ漁が滞っていたのは狐人たちのせいだったからで、それが無くなった今、漁獲量は回復するが、元々の契約先を優先することになるぞ。そりゃ、多少は融通できると思うが、この金額を捨てる程の利益が出せるのか?」
「いいえ」
ボスゴの問い掛けに、ウイバリーは笑顔で否定する。
「漁獲量は回復し、更に増産することでしょう。我が商会はその増産分を最優先で、かつ通常よりも安く仕入れさせていただきたいと考えております」
「増産って、そんな簡単に……そりゃエビはたくさんいるから、人手があれば――あ」
ボスゴは自身の言葉で気が付いた。
フレッドとギルを見る。
「ええ。つい最近、この村は人手が五十名ほど増えた様ですので。実際に漁士になるのは十五名ほどでしょうか? 彼らが獲る分を頂きたいと」
程なくして、商談はまとまった。
†
リオンとソーラヴル、そしてウイバリーがそれぞれの仕事を全うしている頃――ミーゴ村から更に東へと分け入った山の中。
セレネルーアとその使い魔であるハティは、かつての狐人たちが暮らしていた集落にいた。狙っていたわけではないが、人の足跡を見つけてそれを辿った結果である。
「完全に焼け落ちてる」
火を放たれたと聞いていた。多数の魔獣がいたとも。
それを裏付けるように集落の家の殆どが焼け落ち、そして壁には魔獣の爪痕が残されていた。
ここに辿り着いたのは半ば偶然だったが、セレネは何か手掛かりになるものがないかと日が傾き、夕暮れに染まる集落の中を見て回る。
「死者の気配……夜になれば何か訊くことができるかも」
血痕がいくつもあるが、遺体は残っていない。二か月以上が経ち、魔獣たちが腹に収めてしまったのだろう。
ふと、傍らのハティが何かの気配を感じ、振り返る。
何かを警戒している――焼け落ちた通りに、一人の青年がいた。
柔らかな曲線を描く木の枝――いや、弓を手にし、矢を番え、そしてこちらを狙っている。とっさにセレネも手にしていた弓矢を引き絞って狙いを付けた。
隠形系技。ハティの気配察知を潜り抜ける、かなりの使い手。
「あなた、誰」
「ふん。純人になど名乗る名は持ち合わせておらんな」
一陣の風が吹き抜ける。
青年の髪がなびき、その下にあった耳は尖っているのが見て取れる。
「――森羅族がなぜ、こんなところに?」
「答える義理も無いな」
そして青年が矢を放つ。
応じてセレネも矢を放った。




