2-22 商人少年、奔走する
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夜が白み、山の稜線の向こうが茜色に輝く。
朝が来た――と、鮮やかな金髪の少女は目を覚ました。
見れば地面にひいた毛布に包まって寝ていた。直ぐ傍には倒木を枕に眠るリオンと、その背中に引っ付くようにセレネルーアが寝ている。
ソーラヴルはリオンを起さないように大きく伸びをすると、毛布から抜け出した。
ちらりと、セレネの傍で丸くなっているハティと目が合う。
小さく頷くと、ハティは耳を動かして返事とした。
そのそっけない態度に苦笑してソーラは歩き出す。
ソーラは辺りを見回して一本の大きな木を見つける。
軽く跳躍してその枝に掴まると体を持ち上げ、そしてするすると上へと登って行く。
適当な高さにまで来るとソーラは空を仰ぎ見る。その肩に、飛んできたホルスが止まったので顎を撫でてやる。
長かった夜が退き、朝が来る。
稜線の向こうから昇る太陽を真っ直ぐに見ながら、ソーラは背中の翼を広げた。
起きだしてきたミーゴ村の主婦が、夜なべして警戒を続けていた樵士が、家が無いので仕方なく外で雑魚寝していた狐人が目を覚まし、朝日の輝きを浴びる少女を見た。
「きんいろのおねーちゃん、ありがとー」
舌足らずな、幼い子が叫んだ。
それに気が付いたソーラはそちらを見て、満面の笑みでピースをしてみせた。
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ウーガの街の一角にある店舗兼事務所兼住宅の一室で、オーバリーは大きく伸びをした。
小さいながらも店を構えた以上、その会長として彼は様々な決済をしなければならない。
「頭の痛い案件ばっかじゃねえか。ったく、こっちが零細だからって吹っ掛けすぎだろ」
年若いオーバリーは他の商会から兎角舐められがちだ。
方々に顔の効く彼は、それでも上手く立ち回って来たのだが――
「ウイバリーの方は、どうなってるかな。順調であればそろそろ、川エビの仕入れについて纏まってれば良いんだけどな」
何か問題が起きて、川エビ漁が滞っているということまでしかオーバリーは知らない。それも、リオンであればどうにかしてくれるだろうという算段があった。これが解決し、川エビの取引に一枚噛むことができれば、ウーゴの街でオーバリー・ウイバリー商会の評価が増すことになるだろう。
そんなことを考えているオーバリーは、コツコツと小さな音を耳にした。
辺りを見回せば窓のところに、
「――ホルスじゃねえか。何やってんだ、お前のご主人様は?」
「ピイッ」
窓を開けて向かい入れたホルスは小さく答える。
それこそ主人のソーラヴルやセレネルーアであれば自身の使い魔と普通に会話できるのだが――少なくとも今、オーバリーにその技能は必要ない。
ホルスの足に、手紙が結び付けてあったからだ。
「ソーラヴルから伝言か? 俺に? 伝書鳩ならぬ伝書隼でラブレターとか新しいな、お前のご主人さ……あいててて、冗談だって!」
「ピイッ!」
嘴で割と本気に突かれて、オーバリーは涙目になった。
「そーだよな。あの双子は同じ年頃の男にゃ目もくれず、リオンの旦那にゾッコンだもんなー……頑張れウイバリー。恋敵は手強いゾ」
前途多難な妹の恋路である。
兄としては応援したいが、傍から見て、どうにも絶望的と言うか。双子の邪魔もだが、肝心のリオンの方が、ウイバリーを認めつつも子ども扱いしているからだ。
「……って、なんだこれ!? 古着? 五十人分を五着ずつ? 明日の昼まで!? ミーゴで一体なにが起きてんだ、取引の目的はエビだぞ?」
疑問に思いつつも、商売人としてのオーバリーは冷静に計算をしていた。
街中の古着屋の数。その在庫量。お互いの親密度。商談としての旨味。
結論。
「――なんとかなる」
オーバリーは、掛けてあった上着を手に取った。
商会を立ち上げた時にあつらえた一張羅である。
階段を下って店舗にいた従業員に声を掛ける。
「済まねぇがちょっと出る。後は任せた!」
どうやらミーゴで何かが起きているらしい。
それがどう転がったか判らないが、とにかく古着に繋がった。
オーバリーは頭上を舞うホルスに叫ぶ。
「何とかする、と伝えてくれ!」
黒い隼はピイ、と一鳴きしてミーゴの方へと飛び去って行った。
それを見送ることなく、オーバリーは雑踏の中を駆け出す。
「何がどうなってるかわからねぇけど」
今までもリオン――というよりもあの双子に仕事を依頼すると、思いがけない幸運が舞い込むことがあった。きっと今回もその類だ、という不思議な確信がある。
緩む頬を押さえながら、オーバリーは先ず最初の古着屋に駆け込むのだった。




