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2-20 金の少女、殴り合う




  †





「グギャアアアア! バァァァアアア!! ゴアアアアアアアッッ!!」

「おおおおお、【陽拳・大日天道】!!!」


 裂帛の気合と共に、金色に全身を輝かせた少女が魔獣に突撃する。相手は軍隊大猩々(アーミーコング)大尉級(キャプテン)。禍々しく燃えるような毛皮を持つ、巨体の魔獣。

 黄金色の闘気を乗せたソーラヴルの拳と、アーミーコングの拳が空中でぶつかり合った。

衝撃が宙に広がり、辺りに轟音が響く。


 両者の突撃の結果は――引き分け。

 互いに反対側に吹き飛ばされる。

 しかし、アーミーコングは見事に着地し、対するソーラは勢いを殺すことが出来ずに地面に転がった。


「ああ、もうっ。撃ち負けるなんていつ以来だろ……いてて」


 すぐさま立ち上がったソーラは油断なく構えた。

 そこに僅かに体勢を整えるのが早かったアーミーコングが飛びかかる。両手を揃えて撃ちつける鉄槌。ソーラは飛び退き、地面を打つのみ。しかしソーラが飛び退いたところに追撃の討ち払い。


「ッッ!」


 ソーラは討ち払いを防御したが、空中にあっては踏ん張ることができなかった。

 そのままふっ飛ばされるが、宙で反転し、飛ばされた先の立木を蹴って逆襲を試みる。

 しかしそれを読んでいたアーミーコングは素早く反応、打点をずらし肩の筋肉でソーラの拳を受けた。


「バァァァッ!!」


 吠えるアーミーコングがソーラを掴もうと逆腕を伸ばす。その掌には、ソーラと同じく闘気が宿っていた――禍々しく、赤黒い毒性を帯びた闘気が。


「それヤバいッ」


 掴まれるだけで、その人外の握力と毒炎の闘気でダメージを受ける。

 ソーラはアーミーコングの肩を蹴って掴みを回避する。

 そして離れるのではなく、懐に入り込む様に前に出た。


「おおお、せぁッ!」


 打ち下ろすアーミーコングの拳も屈みこんで回避。そして晒された脇腹に金色の手甲を突き刺した。更に連撃。その衝撃にアーミーコングの身体が揺れた。

 だが。


「――効いていない!?」


 見れば、アーミーコングの毛皮全体に広がる、赤と黒の燃えるような模様がざわざわとうごめいている。ある一定以上の魔力や闘気を持つ魔獣は、本能的に魔力防壁を備えている場合がある。

 魔術で発生させる魔術障壁のように中空に備えている場合もあれば、このアーミーコングの様に毛皮や皮膚がその発生器官として機能し、いわば防御障壁を『纏う』個体もいる。


「それにしたって硬い! さすが上位種……!!」


 闘気を込めた拳を三回叩き込んだが、ほとんどダメージは無かったようだ。

 見上げる程の頭上から降ってくる拳を回避しながらも、ソーラは自身の間合いを維持していた。回避の合間に腕、腹、足へと打撃を叩き込むが、防御障壁によって威力を殺されているのを感じる。

 再び拳が降ってくる。

 踏み込んだタイミングで、回避は難しい。

 毒炎を纏うアーミーコングの拳に手を添え、軌道を反らす。

 地面に突き立ったその腕、肘に蹴りを入れるが、これもさほど効いていないようだ。

 アーミーコングにとってとほとんど足元に入り込んでいるソーラは、まとわりつく虫ような鬱陶しい存在だ。それが針を持っていて突いてくるともなればなおさら。

 イラつきを交えて蹴り。

 ソーラはそれも避けてのけ、軸足に拳を突き立てた。

 攻撃をしながらもソーラは考える。


「敵の防御力を突破できていない……どうする?」


 戦闘に於いて複雑なことをしようとすると致命的な隙を晒すことになる。父リオンの教えだ。だからソーラは、戦いにおいて状況打破の手段とは単純で、かつ実行可能なことであるべきだと信じている。

 となれば、現状を打開するためにソーラが採るべきなのは――


「防御を突破する一撃を叩き込むか、防御を突破するまで連撃を叩き込むか。理想は防御を突破する一撃を連続で、だけど」


 魔力や闘気の防御層を突破できたとして、アーミーコング・キャプテンは素でも分厚い筋肉と見上げる巨体を誇る。基礎体力そのものが桁違いなのだ。


「セイッ! て、あああっ!!」


 アーミーコングの前蹴りを交わし、左の脇腹に左右の拳を叩き込む。

 やはり効いていない。これはもう、大技を叩き込むしかないか――そうソーラが覚悟を決めたところで、違和感。

 頭上でアーミーコング・キャプテンがその醜悪な顔を笑みの形に歪めたような気がしたのだ。

 そして奴は突然飛び退いた。


 ――今の攻撃、誘われた!?


 アーミーコング・キャプテンの陰に隠れていて見えなかった。ゴブリンが一体、槍を構えて突撃してきている。



「ゲキャア!!」

「ちっ、しまった!」


 ソーラは反射的にその槍を掴み軌道を逸らすと、カウンター気味に裏拳を放った。重たい拳は難なくゴブリンの頭蓋と頸椎を破壊し、その命を刈り取る。

 だが、その瞬間こそアーミーコング・キャプテンの狙いだった。

 アーミーコングの巨体は、筋力に任せて見た目以上に俊敏だ。一旦飛び退いたものの直ぐに地面を蹴り、ゴブリンの不意打ちに対処し隙を晒したソーラに肉薄する。


「しま……ッ」


 毒炎の拳がソーラを襲った。

 何とか防御はしたものの、姿勢を崩すソーラ。そこに容赦なく追撃が襲い掛かる。


「グギャッ! ゲバァァァッッ!!」


 今までいいようにやられた鬱憤を晴らすように笠に着て襲い掛かるアーミーコング。膝をつき、攻撃の衝撃で地面に背を付けたソーラの、腕を十字に交差させた防御の上からでもお構いなしに殴りつける。

 ドゴンドゴンと重たい音が響き、地面に亀裂が入る。

 ソーラの身体は殴られる衝撃で地面にめり込みつつあった。


「ぐぅぅぅぅぅ……ッ! お、も、た、い、ぃぃ!!」


 ソーラとアーミーコング・キャプテンの体重差ならば数百キロもある。毒の闘気込みの拳を受け、ソーラは防御と毒の治癒の両方に闘気の全力を注いだ。最早節約どうこうなど考えている場合ではない。

 一瞬でも力を抜けば、闘気の防御層を抜かれる。一撃で両腕が砕け、毒炎に冒されて全身の機能を奪われてしまうだろう。圧し掛かられて殴られ、半ば地面に埋まっているのでは回避も出来ない。闘気が尽きればソーラの命も尽きてしまう。

 賭けにでるしかなかった。

 防御と毒炎治癒に回す闘気をギリギリにまで絞り、それ以外全てを体内で活性化させタイミングを計る。

 両腕に熱い痛みが走る――強い毒性を完全に中和できずに、闘気の防御を超えて侵食されつつあるのだ。


「このッ! おとめのッ! 柔肌にッ! 痕がッ! 残ったらッ! ただじゃ! おかないッ! からねッ!?」


 地面に押し付けられて殴り続けられる――つまり、攻撃が単調になるということ。毒の侵食に獲物が限界と見たアーミーコングが、大降りに一撃を見舞おうと――

 

「――今だっ!!」


 アーミーコング・キャプテンの打撃を受けるその瞬間、ソーラは隠していた闘気全てを爆発的に発揮した。


「ぜいあああああああああ!!」


 そしてその受けた拳を、正面から押し返し、弾き飛ばした。

 体重の乗った、打ち下ろしの攻撃を弾かれてアーミーコングの身体が仰け反った。その顔にははっきりと、驚愕。

 その瞬間を逃さず、ソーラはめり込んでいた地面から脱出。

 距離をとり、再び拳を構えた。全身に漲る黄金色の闘気を力強く輝かせ――その闘気が、翼と両腕に宿る。腕を焼いていた毒は、一瞬で治癒された。


「ああああああああああああああ、【陽拳・大日天道】ッッッッ!!!」


 叫び、突撃。蹴った大地がひび割れる。

 戦いの最初に放ったものとは、威力も速度もけた違いのその渾身の一撃は、アーミーコング・キャプテンのどてっ腹に深々と突き刺さった。明確な手応え、間違いなく防御層を突破している。


「まだまだァ! 【陽拳・黎明乱閃】ッッッ!!!」


 魔獣は本能で防御層を再生する。

 それを破った今が好機だ。輝く拳に力を込めて、ソーラは【黎明一閃】を乱打した。四発、五発と打ち込んでいく。肉を穿ち、内臓を破壊し、骨を砕く確かな手応え――だが。

 拳に宿った輝きが、急激に消え失せてしまった。六発目は手甲すら消え失せ、ただのパンチでしかない。


「そんな、しまっ……」


 口から血を吐くアーミーコングが、血走った目でソーラを見下ろした。

 敵対するこの少女が、自らの命に届かなかったのだと悟ったのだ。最早そこにいるのは輝く力を振るう恐るべき強敵ではなく、ただのか弱い獲物であると。

 防御力も失い呆然とする少女に向けて、アーミーコング・キャプテンが毒炎の拳を振り上げた。


「―――――ッ」


 雄叫びと、誰かの悲鳴と、轟音。






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