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2-19 金と銀の少女、ゴブリンを駆除する



  †



 夜の村の中を、走り回る気配がする。

 ミーゴ村村長の屋敷の裏手で油断なく剣を構える狐人の青年クリフは、闇に眼を凝らしていた。右の爪先でトンと地面をつつき、感触を確かめる。


「よし、行ける……金色のお嬢ちゃんの治癒と、銀色のお嬢ちゃんのお陰だ。また、仲間たちのために戦える」


 今、村長屋敷の中にはミーゴ村住民の、戦えない女子供たちが避難している。幼い狐人の子らもだ。クリフやフレッド、そしてギルのような戦闘可能な男衆が中心となって、この屋敷を護っていた。


「集落を襲って来た連中……怖いけど。リオンさんたちなら」


 絶望に染まっていた狐人たちに、あっという間に笑顔をもたらしてくれた人たち。

 彼らの強さは、このミーゴ村までの道中でも見せつけられた。矮鬼族(ゴブリン)邪精人(エビルホビット)などものともしないその戦闘力。

 フレッドもそれなりに戦いの心得がある。

 だから、ゴブリンを撃退するリオンたちの余裕さからその実力の底知れなさを窺うことができるくらいには。


 だが、敵は獣使士。

 ソーラやセレネも強力な魔獣を従えているが、それだけでは獣使士とは言えない。

 複数の魔獣を意のままに操ってこその獣使士である。

 リオンたちを足止めしての、後衛狙い(バックアタック)は十分に考えられることだった。――集落の時と、同じように。

 遠くから、ギルの声が聞こえる。ボスゴという、純人の声も。


「……灯りを増やせ! 死角を減らすんだ!」

「松明、ありったけ持って来い! こっちにも!」


 バタバタと駆け回る人々の気配――それとは別に、クリフの狐耳は茂みの向こうに別の気配を感じ取っていた。


「――――そこッ」

「ギギャッ!?」


 足元の石を拾って、投擲。

 茂みの暗がりに居た何者かに、投げた石は当たった。

 今の悲鳴。間違いない。


「おい、こっちだ! 矮鬼族(ゴブリン)がいるぞ! 茂みの中、もうそばまで来ていやがる!!」


 クリフは剣を構えて叫んだ。

 近くにいた狐人や銛を持った純人の返事が聞こえた。

 が、彼らが来るより先に、茂みの中からゴブリンが飛び出す方が早かった。

 額にコブが出来ていて、醜悪な顔を怒りと痛みに歪めている。


「ギッ! キギィ!! ギイャアア!」

「石をぶつけて悪かった――なっ!」


 ゴブリンが怒り任せに振り回す棍棒を、クリフは軽く弾き返した。

 返す刃で脇腹を切り裂いた。


「ギィィィィィ!!」

「ちっ、浅い!」


 もう一撃を叩き込み、そのゴブリンの息の根を完全に止めた。

 だがその攻撃が隙となる。

 別のゴブリンが茂みの中から飛び出して来た。いやその後ろからも。先走って飛び出したゴブリンのせいで時機を逸する判断したのか、指揮官である軍隊大猩々(アーミーコング)までいる。


「しまっ……」


 飛び出したゴブリン二体は、粗末な木製の槍をもっていた。その先端はクリフに向けられている。

 ヤバイ。距離が近すぎる。回避が――


 クリフが死を覚悟した瞬間、それは飛来した。


 空気を切り裂く銀の一矢。

 それらが正確に、クリフに突撃するゴブリンの側頭部を射貫く。


「な……なんだ、って」


 もう一体のゴブリン、そしてクリフが突然の出来事に驚き動きを止めた。

 その瞬間を狙いすまし、突撃する白銀の狼――ハティが地を蹴って、体重を乗せた前肢の一撃を見舞う。鈍い音がしてゴブリンの頸が砕けた。


 そして。

 クリフは確かに見た。


 銀色狼の背中を蹴って宙高くに跳びあがった、銀翼の少女が宙返りしながら、その手にする銀弓の弦を引くのを。

 狙いは眼下、己を見上げるアーミーコングの巨体。


「―-【月弓・月陰潜矢五連】


 セレネルーアが放つ矢が銀閃を曳き、アーミーコングへと向かう。


「バァァァァッ!!」


 しかし、アーミーコングの反応は素早かった。

 その巨体に見合わぬ速度で、己を狙う矢を振り払ったのである。

 へし折れてあらぬ方向へ飛んで行く銀の矢を、クリフはみた。


 隙だらけのセレネに殴りかかろうとアーミーコングが狙いを定めるのも。

 弾かれた矢の陰に隠れていた本命の四矢が、アーミーコングの固い毛皮も強固な骨も分厚い筋肉も貫いて、その向こうにある心臓と脳髄を射止めるのも。


 銀翼の少女が、かすかな微笑みをその口の端に浮かべたのも。


 背中の翼を一つ羽搏いて、少女は着地する。


「ぼっとしてると、次が来る」


 そうクリフに言い残して白銀の狼に跨って行ってしまった。

 その去っていく姿を見つめているクリフに、やって来た狐人と純人の男がその肩を叩いた。


「おい大丈夫か!? 怪我はしていないな!?」

「ああ……いや、射貫かれたかもしれない」

「なんだと!? どこをだ!?」

「――心臓(ハート)を」

「待ってろ、回復薬を――……いまなんて?」


 怪訝な顔をする二人を尻目に、クリフはセレネが去って行った方を見て、ぼうっとした表情で胸を押えるのだった。




  †



 双子の片割れセレネルーアが、村長宅の裏手でアーミーコングを屠った頃、もう一人の翼の少女ソーラヴルは正面側で敵の侵攻のど真ん中に飛び込んでいた。

 その手には、闘気を具現化した金色の手甲がある。


「【陽拳・黎明一閃】ッッ!!」


 黄金色の闘気に輝く拳を振り抜くと数体のゴブリンがぶっ飛んだ。


「【陽脚・日輪焔脚】ッ!!」


 金炎の回し蹴りが炸裂。そして、


「――【陽焔】ッッ!!」

 

 空中に撒き散らされた輝く火の粉が突如火勢を増し、炎熱の波となって周囲に群がるゴブリンたちを焼いた。


「まだまだァ―――ッ」


 怯んだゴブリンたちの輪の中に飛び込み、一体のゴブリンの顔面を殴り飛ばした。

 そんな金色に輝く翼を持つ少女の戦いを、フレッドとギルは瞠目しながら見ている。


「な、なんて強さだ……」


 ギルはこの村までの道中でソーラとセレネが魔獣と戦うのを見ていた。

 その時も「恐ろしく強いな、年の割には」なんて思っていた。純人、亜人問わず同世代の子どもの中では抜きんでた戦闘能力と思っていた。

 だが、目の前の少女の奮迅はどういうことか。同世代の、なんて言葉では全く足りない。

 魔獣討伐専門の高位冒険者と比しても遜色のない強さだ。

 ギルが驚愕している横で、フレッドとボスゴもまた目を見張っている。


「つ、強い……あれだけいたゴブリンが、もう半分以下だ」

「俺をノした時は完全に手加減してたんだなぁ……あの翼も出してなかったし……どうなってんだあの娘たちは」


 遠い目をしてフレッドが呟く。

 ゴブリンは種族として、決して強くはない。だが数は暴力だ。

 複数のゴブリンやオークに囲まれて、命を失う中級冒険者もいるのだ。

 なのにソーラはこの数のゴブリンをものともせず、拳に纏う闘気で一度に何体も殴り飛ばしている。

 ソーラが本気でフレッドを殴っていたならば、気絶じゃ済まないどころか永眠していたかもしれないと思うと、肘を叩き込まれた鳩尾が疼いた。


 そして視界に存在する殆どのゴブリンとアーミーコングが倒れた時、村の方から一際巨大な影が地面を踏み鳴らし、走って来た。


「あれは――軍隊大猩々(アーミーコング)大尉級(キャプテン)か!?」


 ソーラの打ち漏らしたゴブリンを倒しながらギルが叫んだ。

 その声でソーラもまた、強敵の出現に気が付いたようだった。


「嬢ちゃん、俺たちも……!」

「ダメ。ギルさんたちは他のゴブリンの相手をしてて。正直、気にしてあげられるような相手じゃなさそう」


 前に出ようとしたギルを、ソーラが制した。

 連携することも出来ないので言外に邪魔と言われれば、ギルも従うしかない。


「済まねえ、頼む」

「任せて! ……あーもう。夜だと陽光を節約して戦わないとならないのに。けど、出し惜しみできそうな相手じゃないよなぁ」


 誰にも聞こえない声で、そう呟く。

 ソーラに向かって突進してくるアーミーコングはさっき殴り倒した個体よりも二回りほど大きく、硬い体毛には禍々しい赤毛が混じりまるで毒炎を纏っているかのようだ。そしてなにより牙を生やした口を歪め、見るからに怒りに燃えていた。

 

「しょうがない、やるか。 ハァァァァァァァァッッ!!」


 覚悟を決めたソーラヴルは、腰を落して拳を構える。

 その背の翼を大きく広げて気合を込め全身に黄金色の闘気を漲らせる。

 まるで小さな太陽が生まれたかのようだ。


「グギャアアアア! バァァァアアア!! ゴアアアアアアアッッ!!」

「おおおおお、【陽拳・大日天道】!!!」


 敵を認めたアーミーコング・キャプテンと、金翼の少女が地面を蹴るのは全くの同時。

 その中間地点で、両者の拳が激突した。





更新遅くなって申し訳ございません。

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