2-18 元勇者と金と銀の娘、迎撃する
†
「――パパ? 何か来る」
「ああ。モーズ村長、ボスゴ、フレッド。皆を、村の奥の方へ。嫌な気配がする」
ぱちりと目を覚ましたソーラが、森の方を見て言った。
普段のソーラは、夜に目を覚ますことはまず無い。一度眠りに落ちてしまえば朝までぐっすりだ。
例外は二つ。
眠らずに起きているか――よほどの脅威が近づいているか。
こと、危機察知能力に関してはそこらの獣などよりも鋭いだろう。
―――グぉオオオオオオ……ンン!
獣の遠吠えが再び聞こえた。明らかに、近づいている。
結婚式に浮かれていたミーゴ村の人々たちは、モーズの指示に従い村の奥の方へと向かっていく。だが、その中でも狐人たちの慌てよう、そして顔色の悪さが目立つ。
「リオン!」
「フレッド、お前も早く避難するんだ」
「それよりも! あの鳴き声――聞いたことがある。俺たちの集落を襲った奴らにいた、獣使士の連れている魔獣だ!!」
フレッドが怒りを滲ませて叫んだ。
何人かの狐人たちは木の棒やヒビの入った剣を手に、やって来る敵を迎え撃つつもりのようだ。
だが。
「狐人たちもみんな、一緒に避難してくれ。ここは俺たち親子だけで十分だ」
「だが!」
フレッドが気色ばむ。
それを制したのはセレネだった。彼女はいつの間にか、得物の銀光を放つ弓を取り出していた。その先端部でフレッドを指して言う。
「私たちだけで十分」
「フレッドさんたちは、ミーゴ村の人たちを守ってあげて」
屈伸して身体をほぐしながら、ソーラも請け負った。
それでもなおフレッドは何か言おうとする。しかし、
「言っただろう? どうにかする、って」
そう言い切られて、フレッドはもう何も言い返せなくなる。
「ちくしょう……情けねぇ。情けねぇが、すまん、頼む!」
「「「頼まれた」」」
親子三人そろって、ビッと親指を立てる姿にフレッドは頷き――そして踵を返して避難していく。その脳裏には、彼ら親子に対する返しきれない恩の事で一杯だった。
†
「あれあれぇ~? ここに狐人たちが居るってきいたんだけど、おっかしいなぁ~?」
夜の闇の中から聞こえたのは、そんな声だった。
そこにいたのは、若い女性である。乗馬用の鞭を手に、リオンたちをねめつける。
「君たちが狐人を逃がしたのかな? ふぅん……ねぇ、狐人、どこに行ったか教えてくれない?」
「あなた、狐人の人たちに酷い事したんでしょ。教えると思う?」
ソーラが応えると、女性はけらけらと笑った。
「あーあー、聞いちゃったんだそりゃ聞いてるよねぇ。狐人のこと知ってるなら、私たちが狐人、連れて行ったってこと、そりゃ聞いてるよねぇ」
けど、と女性は続ける。
「一つだけ間違ってるわよ、お嬢ちゃん? 私たち、別に狐人に酷い事なんてしてないのよ。のよのよ? 本当よ」
「ウソ。狐人の集落を襲って沢山の人を攫った。怪我した人も死んだ人もいる」
「だってぇしかたないじゃないの。せっかく私たちが、この世の楽園に連れて行ってあげようって言うのに、抵抗するんだもの~。善意を無下にされたら、足の一本くらい捥いじゃうわよねぇ普通。ねえ?」
「…………ッ!?」
満面の笑みで同意を求められる内容の酷薄さと異常な身勝手さに、ソーラとセレネは言葉を失った。
「っていうかぁ、私がわざわざここまで来てあげたんだから、狐人の人たちは進んで出てくるべきよねぇ。そうすれば指だけで許してあげるのにねぇ~」
「そこまでにしてもらおうか。あんたの言葉は、うちの娘たちの情操教育によろしくない」
リオンが前に出た。
「それでアンタはどこの誰なんだ? ここがキザヤ王家直轄領のミーゴ村と知っているのか? その住民を連れて行くなど、反逆罪もいいところだぞ」
「うう~ん? 知るわけないじゃんそんなことぉ。キザヤ王国とかどうでもいいしぃ」
「国家ってのは、ある意味人間が持ちうる最大の暴力組織だと思うんだがな……それを怖くないと」
「だぁ~かぁ~らぁ~、知らないって言ってるじゃんそんなことぉ。決めた。私の邪魔するっていうなら、アンタら私の子の餌になってもらうわ」
女性が、手にした鞭でリオンたちを指示した。
その鞭に、魔力が宿る。
「監獣牙のバシュマコヴァが命じるわぁ~、捕らえて、食っちゃえ」
バシュマコヴァが言った次の瞬間。
森の茂みの中から、リオンたち目がけて、数十の弓矢が放たれる。
「――ッ」
セレネは飛び退いて回避し、リオンとソーラはそれらを軽々と討ち払った。
「あらあ、見かけによらずやるじゃん。けぇ~どぉ~、この子たちに勝てるかしら?」
バシュマコヴァの合図で、森の茂みから二体の魔獣が現れた。その後ろには、弓矢と短刀で武装した矮鬼族たちがいる。
「パパ、あのおっきいのは何?」
「軍隊大猩々とその小隊だ。名前の通り、軍隊の様に連携して襲ってくる厄介な相手だ。そいつらが居るってことは――ソーラ、セレネ。村人の方に行ってくれ。別動隊がいる。こいつらは囮だ」
バシュマコヴァが、リオンの言葉に反応する。
「あら博識。正解よぉ。けど、その小娘たちが行ったところで、何ができるっていうのかしらぁ~? それに、行かせるわけもないじゃないの~」
再び、ゴブリンたちの弓矢の一斉射。他にも森に隠れていた者がいるのだろう、それも含め、数十ではきかない数の矢がリオン達を襲う――が。
「はぁぁあああああ……てぇりゃあ!!」
ソーラが気合を込め、叫ぶ。
その背に現れた白い翼が、炎を纏って金色に輝いた。
そして金色の翼がはためき――爆風が広がり、その威力で飛び来る矢を弾きとばす。
「よし、行け!」
「「はいっ!」」
ソーラとセレネが背を向けて駆け出す。
その行く手を森から飛び出た数体のゴブリンが遮るが――
「邪魔」
「退いた退いたァ!」
セレネがすれ違いざま、その首を裂く。
ソーラが勢いよく殴り飛ばす。
ホルスが放った燃える羽根が顔面に突き立ち。
ハティが頸を噛み折り、一瞬で四体のゴブリンが物言わぬ骸となった。
そして出来た包囲の穴をソーラたち姉妹とその使い魔たちが駆け抜ける。
その一瞬の出来事を見ていたバシュマコヴァが、感心した顔を見せた。
「へぇ~、あのガキたち、やるじゃないの~。ゴブリンとはいえ、一撃で」
「どーも自慢の娘なもんで」
「けど。あなたは独りで、このアーミーコングとその部下とやろうっていうの? さすがにそれは自惚れと思うわぁ~。単体でも、C級冒険者チームが必要な相手よ? 小隊ならいざ知らず、中隊規模ならB級冒険者のチームが複数必要よ?」
「心配頂きどうもありがとう。でもそれはご無用ってやつさ」
リオンは、手にしていた剣をバシュマコヴァに突き付けた。
「俺一人で、十分」
「あら、あなた凄い自惚れね。じゃあ頭から食われて死んじゃえばぁ~?」
そして戦いが始まった。
というわけで、ようやく第二章メインバトルの勃発です。
楽しんで頂ければ幸い。




