2-17 村人たち、宴会する
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夕日に照らされたミーゴ村の入口、そこは即席の闘技場と化していた。
ミーゴ村の殆ど住人と難民として押し寄せて来た狐人たちが輪を成し、その中心となる空間で二人の男が殴りあっている。
ミーゴ村代表のネイト。
そして狐人代表のフレッドだ。
傍らで固唾を飲んで見守っているのは、フレッドの妹にしてネイトと互いに思いを寄せあうファニである。
ネイトはファニとの結婚を賭けて、兄フレッドとの闘いに挑んだのだ――が。
ネイトの右ストレートがフレッドの頬を撃ち抜いた。強烈な一撃にフレッドが仰け反る。
喝采は、純人たちのミーゴ村側ではなく狐人側から起きた。
「いいぞ、純人!」「ぶちのめせ!」
やんややんやと囃し立てる。
追撃に踏み込み、更に繰り出されるネイトの左拳。
しかしフレッドはするりとそれを避けて、裏拳をネイトのこめかみに見舞った。痛烈な逆撃に、日々の漁で鍛えられたネイトの足腰もガクリと落ちる。
そして喝采は、狐人側ではなくミーゴ側から沸き起こった。
「いいぞ、狐人!」「兄貴の意地を見せてみろ!」
ネイトはしかし、崩れる脚に喝をいれて踏みとどまる。手刀を振り回してフレッドの追撃を牽制、体格差を活かして頭から突撃。破城槌のような一撃を腹に食らったフレッドを、更に腰に腕を回して捕まえる。
フレッドもされるがままではない。
「くそ、この、放せ!! ファニから離れろ!!」
「うが、ぐぐぐ、放すかぁ! 離れるものかぁ!!」
ネイトの背中、そして後頭部にフレッドの肘が雨あられと落とされた。
獣人の腕力で鋭く硬い肘を撃ちつけられ、背中に激痛が走る。
「うお、おおおっ!!」
それでも痛みに耐え、フレッドを抱え上げたネイトが、地面にフレッドの背中を叩きつけた!
「ぐはぁッ!?」
衝撃に肺の中の空気を吐きだすフレッド。
ふらつきながらも力強く腕を突き上げ、勝利を宣言しようとするネイト――
「まだだ、まだ終わらんよ!」
だが、しぶとくフレッドは立ち上がる。愛する家族の、妹の為に。
狐人たちからは罵声が、そして純人たちからは歓声が上がり、熱気は最高潮に達した。
「うおおおおお!!」
「でぁああああ!!」
再びぶつかり合う男たち。
それを尻目に、ソーラが小首を傾げる。
「これ……フレッドさんが勝ったら、狐人たち路頭に迷っちゃう?」
「ソーラ。こういうの何ていうか知ってる?」
「なに、セレネ。教えて」
「茶番」
身も蓋も無い言い方に傍で聞いていたリオンが苦笑した。
やっている本人たちは真剣そのものだが、そもそも本来の目的を完全に見失っていた。
その視線の先ではネイトの猛攻が続いている。先ほどの大技のダメージで、フレッドは動きに精彩を欠いていた。
連撃から胸元に手刀を一撃し、息が詰まって身動き取れなくなったフレッドの後ろに回り込んだネイトがその胴をがっちりとクラッチ。
「ぬんがあ!!」
気合一発、反り投げ固めでフレッドの後頭部を大地に叩きつける。
「…………ッッ」
ついにフレッドは意識を飛ばし、ネイトが勝利するのだった。
†
その夜、ミーゴ村は宴会となった。
湖のほとりにある村の広場で、篝火を焚く。そしてリオンが提供した食材を料理し、ありったけの酒を持ち出しての宴会だ。
娯楽に乏しい山奥の田舎なので、騒ぐ理由がある時は村人総出となる。祝い事ならば尚更。
誰かが酒杯を掲げて叫んだ。
「よーし、ネイトが嫁を貰った祝いだ! 乾杯だ!」
「おお! 乾ッ杯!」
「「「乾杯ッッ!!」」」
もう何度目か判らない乾杯を繰り返す。
当然、その輪の中心にいるのは新婚の二人――ネイトとファニである。
ソーラによって怪我を癒されたネイト。
そして頭上の狐耳の間に小さな金冠を載せ、薄く化粧を施されたファニは寄り添い合い、幸せそうだ。
「みなさん、ありがとうございます。私たちのためにこんなしてくださって……この冠も。こんな素敵な結婚式ができるなんて、思ってませんでした」
「なあに他人行儀な事言ってんだい! ネイトの嫁ってことはあたしらの家族だよ!」
「その冠は村の嫁さんだけが被っていいんだよ」
「あたしも被ったねぇ……このヤドロクとの結婚の時に!」
かしましい女性たちが笑う一方で、狐人たちと村人の若い男たちは酒の飲み比べだ。
「……く、くそっ! 狐人って中々飲めるじゃねえか!」
「そっちこそな、純人! ……ブールってんだ」
「俺ゃガルコビよ」
赤ら顔の狐人とミーゴの村人たちが互いに認め合い、肩を抱き合う。
飲み比べや腕相撲の力比べ。そんな光景がそこかしこで見られていた。
その片隅でソーラを膝枕で寝せているリオンと、不貞腐れた顔のフレッド、そしてボスゴ、モーズ、ギル、そしてセレネルーア、ウイバリーといった面々が固まって話をしていた。
「ファニ……ああ、俺のファニが……!」
「めそめそするな。鬱陶しい」
「なんだと、お前ボスゴとか言ったな!? そもそもお前が俺たちを村に受け入れてくれていれば、今日結婚なんてことにはならなかったんだ!!」
「まさかの逆ギレ!?」
「飲み過ぎだフレッド。見ろ、あのファニの笑顔。あんなの集落出て以来じゃねえか、兄貴だったら涙をこらえて見送ってやれよ」
「ギル、貴様まで! ……ちっ、頭ではわかってるんだ。いずれこんな日が来ると……」
フレッドは酒に酔った目で遠くを見た。
脳裏に妹との思い出が駆け巡っているのだろう。
そしてふらりと立ち上がろうとする。
「待て、フレッド。どこへ行く」
「再戦を申し込む。今なら無かったことに……いや、亡き者にできるかもしれない」
「止めろ! せっかく村に受け入れてくれたのを反故にされるぞ!? おいみんな! フレッドを押さえろ!」
「「おう!!」」
「やめろ、放せ! 俺は征かねばならぬ!」
「カッコつけてもダメだ!」
ギルと他狐人たち数人がフレッドに圧し掛かる。
それを見て、リオンは肩を竦めた。
「最初見た時は、もう少し冷静な奴かと思ったが……家族のこととなると見境が無くなるな、フレッドは」
「リオンさんがそれを言いますか……」
呆れた様に、ウイバリーが言う。
冒険者の間で台頭著しいソーラとセレネだが、ウーゴの街では彼女たちの噂とセットで、親馬鹿リオンの名が知れ渡りつつある。活躍する双子をスカウトしたりちょっかいを出そうとしてリオンによってチョメチョメされたという話がちらほらあるのだ。
おそらくこの件が片付きウーゴの街に戻るころには、先のB級冒険者パーティとの一件もその噂の一つに加わっていることだろう。
「ところでモーズ村長。本当に良かったの?」
ひとりマイペースにガジガジと肉を食んでいたセレネがモーズに尋ねる。
「良かった、とは?」
「結局村長が狐人たちの受け入れを決定した」
「ほ、その事かの……さて。ワシは事実を説明したまでで、あとは陛下の御心のままよ」
「丸投げ」
「その権限を持つ者に仕事を任せたというのじゃよ、これは」
「拡大解釈が過ぎる気もするがな、村長?」
ボスゴの問いにモーズはにやりと笑った。
ネイトとフレッドの闘いのあと、モーズは皆に宣言したのである。
狐人たちが元々住んでいた集落はミーゴ村の西にある。ミーゴ村より西に他の貴族領は存在せず、すなわち国境までが王領である。故に狐人たちはミーゴの住民と同じくキザヤ王の領民であり、これを害したり排することは、王に対する反逆となる可能性がある、と。
「そもそもその国境の位置が曖昧だろうに」
「言った者勝ちじゃよ」
西に行けば蒼天連峰がそびえ立つ。
正確に言えばその稜線が、クシュウ亜大陸の東部を支配するユーフォーン魔導国との境であるとされているが、連峰の周辺はエルフたちの氏族が縄張と主張していた。
いずれにしても蒼天連峰の中腹部以上は一部を除いて強力な魔獣の住処である。地図に国境は引かれていても、そのあたりを支配下における人類組織は存在しないのである。
「もっともそれは建前で、もっと別の本音もあるぞい。昨今の川エビ漁の売れ行きのお陰で、増産したいと思っとったのじゃがな。漁士たちの数にも限りがあるし、かといって移住者を呼び込むのには時間も費用も必要じゃ」
「それか」
リオンが得心したように頷いた。
「俺が家を建ててやって食料都合してやれば、いきなり村民が五十人増えるんだもんな。手間も費用も格段に安くて済むうえ、すぐにでも働いてもらえるってなれば」
「その通りじゃ」
ほっほっほ、と笑うモーズに、セレネがジト目で、
「大人ってずるい」
と一言。
しかしモーズは気にしない。
「村長たるもの、清廉潔白だけがやり方じゃないわい」
「…………」
その言葉にボスゴは何か思うところがあるようだ。
何かをモーズに尋ねようとした時。
―――グオオオオオオオーーン
魔獣の、遠吠えが聞こえた。
途端にパチリと、ソーラが目を覚ます。
「――パパ? 何か来る」
「ああ。モーズ村長、ボスゴ、フレッド。皆を、村の奥の方へ。嫌な気配がする」
森の方を見て言うリオンに、一同は息を飲んで頷いた。
フレッド「ファニ、ファニ、ファニ……ううう」
ギル「うるせぇなぁ」
ソーラ「黙らせよっか? 物理的に」
ギル「やめて差し上げて」
次回ウソ予告
「2-18 復讐のフレッド」
こうご期待。




