2-16 漁士、叫ぶ
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狐人たちの避難場所を訪れたその翌日は、リオンたちの先導で狐人たちはミーゴ村へと移動することになった。ミーゴ村に居つくかどうかはさておいても、このまま山中で過ごすことはもうできない、というフレッドたちの判断だった。村から攫って来た人々を戻す必要もある。
なんどか魔獣の襲撃を受けたが、リオンたちとギル、そして何人かの狐人たちの若者の奮闘によって撃退。軽傷者は出たが、ソーラによってすぐに癒された。
そして夕刻になって、ようやく辿り着いたミーゴ村だったが、
「……いくらなんでも、ふざけ過ぎだろう、お前ら!!」
全員で頭を下げる狐人たち。
その上に降って来たのはミーゴ村の住民たちの罵声だった。特にボスゴを始めとする漁士衆たちは声を荒げて狐人たちを非難している。
「お前らの集落に不幸があったのは、可哀そうだと思うがな! だからと言ってミーゴ村に迷惑をかけて良いなんてことは無いはずだ、違うか!? お前ら狐人たちが村で暴れてくれたせいで、川エビ漁は滅茶苦茶だ! それなのに村に住まわせてくれ、だと!? 一体どの口がのたまっていやがる!?」
「無茶は承知の上だ! 厚かましいのも承知、だが、それ以外に俺たちにできることはないんだ! ウーゴの街ではきっと俺たちは食い物にされるだろう。頼む、どんなことでもするから、この村の片隅に置いてくれ!!」
「断る!! 貴様ら狐人は敵だ! 他ならないお前ら自身がミーゴ村を攻撃した、だったらミーゴ村の敵だ! リオンさんたちの手前、ミーゴに掛けた迷惑は目を瞑ってやろう。だがそれも、お前らが目の前にいなければの話だ。わかったら出ていけ!!」
ボスゴの言葉に、ミーゴ村の漁士たちが同意する。
リオンたちは、その様子を離れて見ていた。
「パパ、どうにかできないの?」
傍らでソーラヴルが呟く。セレネも、眉根を寄せて状況を見守っている。
「リオンさん」
ウイバリーが、リオンに話しかけてきた。
「ああ、ウイバリー。捕らえられていた狐人たちのこと、守っていてくれたんだってな」
「わたしは何も……ただ監視している村人たちの傍にいただけです」
ミーゴ村の村民に化けていた狐人たちは、一昼夜の間村の牢屋に閉じ込められていた。ウイバリーはその近くにいて、彼らに暴行を加える者がいないか見張っていたのだ。
「捕らえたのはソーラとセレネですから。どうにかする権利はリオンさんたちにある、狐人たちに手を出すのは、リオンさんたちにケンカを売るってことだと伝えただけです。それにボスゴさんも、村人たちを説得してくれましたから」
「へぇ……村のことを大切に思ってるんだな。最初に俺らに助けを求めたのもボスゴさんだったし」
その言葉を聞いて、リオンのそばにいたミーゴ村村長、モーズが応える。
「次の村長候補じゃよ、ボスゴは。じゃがまだ青いのう。公平さは大事じゃが、清濁併せ飲むことが出来るほうが良いんじゃが……」
「モーズ村長は、狐人さんたちを受け入れた方が良い、と考えているんですか?」
「その通り、ソーラちゃん。湖は広く、幸が多い。比べて村人の数は少なく、今までも注文があっても人手不足で川エビが足りないということがあった。移住してくれるという人々があっちからやってきたのだったら、多少の罰を与えて許すのも度量じゃないかの?」
「だけど、感情では納得できない」
「そうじゃな。だから人というのは厄介で、面白い」
そう言ったモーズの顔を、ソーラとセレネは不思議そうに見上げた。
にやりとするモーズの視線の先では、興奮するボスゴがさらに声を張り上げるところだった。狐人たち、とくに先頭のフレッドはずっと耐え忍び、その言葉を受け止め続けている。
流石に言い過ぎだ、とリオンたちが思い始めた頃。
「貴様ら狐人は身内じゃない、信用も信頼も出来ない。だからこの村から出ていけ!!」
「身内だったらいいのか?」
ボスゴの言葉に、割って入る者がいた。
「ネイト……?」
狐人と入れ替わられ、避難先に捕らえられていた一人である、ネイトだった。
「身内だったら信用も信頼もできるんだな、ボスゴ。だったら俺は信頼できるか?」
「あ、ああそりゃ勿論……お前は村の仲間だ。信頼もなにも、今更……」
「だったら、話は早いな」
流れが見えないまま、ボスゴは言葉を切った。
リオンたち、ミーゴ村の一同、そして狐人たち。
全員の視線を浴びながらネイトは、一人の狐人に近づいた。地べたに膝をついていたその女性の手を取り、立たせる。
「ファニ」
「ね、ネイト? 一体何を……」
「俺と結婚してくれ」
沈黙。
そして、
「「「え、ええええ――ッッ!!」」」
悲鳴に近い驚きの声が上がった。
「ちょ、ちょっとまてネイト! お前何を言ってるんだ!?」
「何って……惚れた女に求婚しているんだが」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない!! いま、どういう状況かわかってるのか」
「もちろんだ。一世一代の告白が実るかどうかの瀬戸際だ。見守ってくれるか、友よ」
「友よ、じゃねぇ!! 違うだろ! そこじゃないだろ!」
ぎゃいぎゃいと言い合うボスゴとネイト。
それをポカンと見ていたリオンに、ウイバリーが尋ねる。
「こ、これってどうなるんでしょう……」
「わからん。いざとなったら俺たちが割って入るつもりだったが――どうだろう。その必要はなさそうだが……」
そんな外野には目もくれず、ネイトとボスゴは言い合っている。
「お前っ、狐人に同情したのか!? さては誑かされたな!?」
「違うな。ファニは、攫われた俺たちの世話係を率先してやってくれた。自分も腹が減ってるくせに申し訳ないと言って、自分の食糧を分けてくれたんだ。お腹を鳴らしながら誤魔化すあの笑顔に、俺は惚れたんだ」
「ね、ネイト! それ他の人には内緒って言ったのに!」
「ああ、すまないマイハニー。だが俺は我慢できないんだ。このままだとキミとは離ればなれになってしまう。キミと離れたくないんだ」
「まいはにぃ!? お前、その髭面で!?」
「ネイト……でも……わたし……」
ネイトとファニが見つめ合う。周囲を包む空気は桃色で、二人は互い以外他にもう何も見えていない。その二人の顔が近づいて――
「待ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああったぁぁぁああああああ!!」
二人の顔を押しのける、フレッドの手。
「ファニ! おま、俺に隠れていつの間に……お兄ちゃん結婚なんて許しません!!」
「兄さん、でもわたし、ネイトの事好きなの!」
「――ファニ!!」
「ネイト!!」
「義兄さん! どうか!!」
「お前に義兄さん呼ばわりされる云われはねえ!!」
激昂していたハズのボスゴも、ミーゴ村の一同もぽかんとして突然始まった求婚劇を見ているしかない。
そしてフレッドが、ネイトに指さし叫んだ。
「ファニは俺の、唯一残った肉親だ! 弱い男に任せることなぞできん!!」
「だったら試してくれ! 俺が弱いかどうか!!」
「言ったな純人!! 勝負だ!」
「お、おいフレッド、お前、ちょっと落ち着け」
「ギル、お前には関係ない!」
「義兄さん、その勝負受けて立ァつ!」
「俺を義兄さんと呼ぶなぁ!!」
ネイトが上着を脱いだ。
漁士生活で鍛えられた肉体が、夕日の元に晒される。
フレッドもまた服を脱ぎ捨てた。
「かかってこい、純人!」
「うおおおお!」
そしてネイトが、フレッドが、互いに渾身の力を込めた拳を放ち――それが勝負開始の合図となった。
小説書いてると、「どうしてこうなった……?」ってなること、あるよね。
この回がまさにこれ。どうしてこうなった。
セレネ「ウイバリー」
ウイバリー「なに、セレネ」
セレネ「みんな興奮して見てる。軽食とか売ったら」
ウイバリー「天才」
セレネ「焼きそば―、美味しい焼きそばいかっすかー、毎度アリー」
次回ウソ予告「2-17 銀の少女と商売人少女、儲かる」
 




